第3話 実家へ

新幹線で実家に向かうことを学校から帰った娘に話した。

明日娘が学校から帰った後に行くことや、私は金曜の昼過ぎには帰ること(この日は火曜だった)ことを話すと、存外すんなり納得した。

活発で陽気なタイプだが本も大好きで、年齢の割には難しいものを読んでいる子だ。感受性も強い方かもしれない。

今小学四年生だが、二年生の時に愛犬を亡くしてかなり落ち込んだ。彼女なりに考えて「お別れの場」にはあまり行きたくなかったのかもしれない。

彼女が曽祖母と愛犬を同列に考えたとしても、それはまあ仕方ないと思う。

愛犬は私たちの家族であったし、祖母は彼女にとってはあまり会ったことのないひいおばあちゃんだったのだから。


娘と話しながら考える。

誰だってお別れの場には気が進まないものだが、今回祖母は97歳のいわゆる大往生である。「大往生」はそんなに悲しいことではないのではないか。

そうであるならば。何故こんなにも私は気が進まないのだろう、と。

娘を置いて行くからだろうか。まだ体が本調子ではないからだろうか。

その日の夕飯の用意をしながらこのことについて幾度か考えたが、明日帰省するという急な予定が入ったことでバタバタとしていてその日はそのまま寝てしまった。


水曜の朝。学校へ行く娘に、「私が帰るまでいるんだよね」と念を押された。

もちろんいるから心配しないで帰ってくるように話しつつ、落ち着かない気持ちで朝のコーヒーを飲んだ。夫の出社は早く、娘の登校より先だった。

その日は会社へ明日以降の休みの連絡を入れつつ、いつも通り仕事を進める。

午後は娘の帰りを待ち、習い事のピアノへ送り出してから最寄り駅に向かう予定だ。

娘が学校から帰ると、私がいない間のことについて言い含める。彼女も口うるさい私がいないことにちょっと喜んでいるような、寂しいようなことを素直に口にしていた。


娘のピアノ教室が終わった後の迎えは夫が行ってくれることになっており、そのつもりで早めに帰宅してきた夫はついでだと言って車で私を駅まで送ってくれた。

「お義父さんお義母さんによろしく」という彼の言葉を助手席で聞きつつ、「行きたくないなぁ」と思わず言ってしまった。

彼は私の発言に少し驚いた様子を見せつつ、「おばあちゃんに、ちゃんとお別れをしておいでよ」といつもと同じ調子で話す。

そうだった、彼は超絶おばあちゃんっ子だった。

彼の祖母が亡くなった時、私たちはまだお付き合いを始めたばかりだったが彼の落ち込みはかなりのものだった。

今でも「大好きだったおばあちゃん」について懐かしそうに話すことがある。


葬儀に向かう人の気分が明るいわけはないだろうが、なぜ自分がこんなにも気が重たいのかがわからないままに電車に乗って東京駅へ向かう。

新幹線を降りて実家へ着いたのは午後11時ごろだった。

父が迎えにくると言っていたが、遅い時間だったので来なくて良いと言って駅からタクシーを拾う。

新幹線で過ごす時間は長いのだが、仕事をしていてあっという間だった。

父母だけの暮らしの割に実家にはものが多い。しかし綺麗好きな二人の性格で、こざっぱりとはしている。

父と母はもう寝巻き姿だった。私も風呂に入って寝室へ行くというと、二人も疲れているだろうからそれがいいと話す。

それでも翌日の葬儀のことや、親戚たちについてなどを3人で少し話した。

そして風呂に入って実家の客間で眠る。

いつも夫と一緒にダブルベッドで寝ている身としては、布団に一人は新鮮味があったことをなぜか今やたらに思い出す。


翌朝は忙しかった。

葬儀は昼からだが、一番年長の伯父が皆に10時ごろには集まるように言っていたからだ。年を取るとせっかちに拍車がかかるらしい。

朝食後、案の定きつい喪服を身につけながら、私はストッキングの替えがないことに気づいた。

母は健康のためにもっと痩せないといけない、などと私に小言を言いつつあれやこれやと持っていく荷物をまとめている。

コンビニかどこかでストッキングの予備が欲しいと思いつつ、母の小言を聞き流していた。

とりあえず喪服がきつかった。着られない程ではないが、着ているのが不快なくらいではある。

若い時よりも背中にミシッと肉がついたことを突きつけられるような感触だった。

だからこの時私は、葬儀が終わった後に祖母の家ですぐに着替えられるように、セーターとスカートを持ったはずだ。

母もそうしていて、父は着替えは面倒だと言って持たなかった。と思う。

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