第2話 母からの知らせ
私は普通の主婦だ、と思う。
小学生の一人娘がいて夫も普通のサラリーマンだ。
裕福では全然ないけれど、娘の習い事や自宅用の教材などは問題なく購入できている。
私は在宅のパートだがWebライターをしていて、毎月15万円ほどの収入はある。
何を持って普通というのか、など面倒臭いことを言わずに進めれば私は本当に普通の主婦だ。
年齢はちょうど40歳。娘が10歳だし、夫は45歳なのでまあ何となくわかりやすい感じの家族構成ではある。
でもおそらくこの話には私の家族構成はそこまで重要ではないと思う。必要ならまた補足させてください。
生意気なところに腹は立つが愛する娘と、ユーモアと思いやりがあるところを愛している夫。
この2人に関する不満はほとんどなく(2人は私に対してあるかもしれないが)、またこの話は私の家族の身に起こったことでもない。
知らせがあった日、私はいつも通り自宅のマンションで仕事をしていた。
実家の母から電話がかかってきて「祖母が亡くなった」と聞いたとき、まだ午前中だったと思う。
長らく介護施設に入っていた母方の祖母はもう97歳だった。
だからいつ何があってもおかしくない、と思いつつも、驚くほど早く、そして自然に涙が出てしまった。
私の娘が産まれる時「頑張って」と声をかけてくれたこと。お宮参りにもきてくれたこと。
呆けてしまってもたまに私のことを思い出してくれたこと。美味しかった祖母の手料理の数々。
そんなことがパッと頭によぎったからだと思う。
母は葬儀の日取りをまた知らせるといって慌ただしく電話を切った。私が泣いていることには全く気づいていなかったと思う。
電話が切れたその途端、すぐ涙は止まった。
なぜなら実家へいく算段をしなければいけない。そんなごく現実的な考えが頭の中を駆け巡っているからだ。
娘の学校や私の仕事。夫への相談。結構かかる交通費にお香典。太ったせいで入らない確率が高くなった喪服と、古くなった黒いパンプス。
そんなことが頭に浮かんでは消える。
そういえば母は無理して来なくても良い、と言っていたなと思い返す。行かないという選択肢もあるのかなぁとなんとなく思っていた。
そんなことを考えながら夫へ電話した。
私は都内に住んでいるが、実家は遠方にある。
東北にある県の小さな市。
祖母の家(母の実家)がある町はそこからさらに車で30分ほどの距離だった。
都内からは当然新幹線を使う。
娘を連れて行くのか。夫は行けるのか。コール音が鳴っている間に、目まぐるしく考えが移ろう。
実は数日前に娘からうつったひどい風邪が治りかけたばかりで、その日もなんとなく怠かった。
そんな状態で新幹線に乗るんだ、と考えるととても気が重くなっていく。
夫はすぐ電話に出てくれた。
「お別れはきちんとした方が良い。娘は連れて行っても良いと思うが、習い事があるし娘も病み上がりだろう。実家はもう寒いだろうから、今回は1人で行っても良いのでは?」と夫らしい至極まともな意見をくれた。
私はそこへ何か意見をプラスすることもなかった。「それもそうだな」と夫の意見に素直に同意しつつ電話を手短に済ませる。
やっぱり行かないといけないよね。
置いていくというと娘が文句を言いそうだな、と思いながら仕事をしているとまた母から電話がかかる。
遠方から参列する私の従兄弟たちも皆、妻子を連れずに1人で来る様子だと知らせてきた。(従兄弟たちはなぜか私を除いて男性ばかりなのだ)
母は兄弟姉妹の多い人で、5人いるうちの末っ子だった。
そう言われてみるとけっこう末っ子感の強い人で、甘やかされて育ったきらいがある。
長兄・姉・次兄・三兄ときて母である。三兄にあたる伯父は20年ほど前に病気で亡くなってしまっていた。
その時の母の悲しみようもすごかったが、より可愛がってくれた祖父が亡くなった時の方が悲しみは深そうだったし、今回は最後の砦でもあった祖母だ。
誰でもそうだろうが、彼女の悲しみは彼女に優しさをくれた人に対してほど深くなる。
亡くなった三兄は仕事の忙しい人で、あまり兄弟姉妹との交流はなかったようだった。私も子どもの頃に数度会ったきりだ。
今回母は号泣すること必至だし、そんな母の様子も容易に想像できた。
今現在最も母を甘やかしてくれているのは歳の離れた長姉だが、他の伯父たちの甘やかし加減もそう変わらない。
祖母は呆けてしまったが、母に愛情をくれる人たちはまだまだいるのである。
母は幸せな人だなと思う。
そう、伯母も伯父たちも優しい人たちで、私のこともとても可愛がってくれる。
昔も今もずっと、だ。
私の娘や夫にも気を配ってくれるし、様子を知りたがってくれる。
善良かつ愛情深い伯母と伯父たちなのである。
反対に私と母の関係といえば…である。
傍目にはとても良好だろう。しかし私は母に対して思うところは少なからずある。
そういう母娘はきっと多いのかもしれない。
自分も同じ「母親」という立場になってみると、昔母が私にしたこと・して欲しかったこと・言わないで欲しかったことなどがつらつらと浮かぶのだ。良くも悪くも。しかも折に触れて。
仲良くなったママ友も同じようなことを言っていた。
親という立場になると親に対して色々と深く考えてしまうものなのだろう。
ただ。父方の祖母と同居していた母の苦労を思わないでもない。
10年ほど前に亡くなった祖母。一緒に暮らしていてもどこか掴み所がなく、愛想がない不思議な人だった。
とりあえずのところ。
私と母に関しては、結局のところつかず離れずがベストだしこれからもそうだろう。物理的な距離があることも、結果として良かったのだ。
母からの思いやりも愛情も感じるけれど、鬱陶しさなどもあり。
父は昨年胃がんを患ったことからか、持ち前のわがままと頑固に拍車がかかっているが娘の私にはまだまだ甘い。
冷たい言い方をする、と思われるだろうが今私にとっての家族は娘と夫だけで、父母はただ単に父母である、としか感じられなかった。
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