24、ハナは空を飛ぶ

 その場にいた全員が、村の入り口に立ち並ぶ二本の松の木の方を見た。その真下に松よりも大きな鬼が現れ、倒れた小糸の上に乗り上げていた。

「何だってまた鬼が!」

「トンボ玉は発動しなかったのか!」

「寿郎と蒼志はどこだ!」

「いやだ、こっちに来ないわよね」

 この場には、二百人以上の由緒正しき魔術師がいる。それにもかかわらず、何も言わずに走り出したのは紅だけだ。

 ハナはあまりの衝撃でぼう然としながら、小糸と鬼を見つめた。

 血のように赤い鬼が爪を立て、小糸の白い肌をつかんでいる。目は爛々とし、分厚い唇からはよだれが滴り落ちている。その唇からぬるりと現れた長い舌が小糸の頬を舐めた瞬間、ハナは全身の毛がぶわっと逆立つのを感じた。

「いやだ! 小糸姉さん!」

 ハナは薬草箒を投げ出し、グッと地面を踏み込んだ。すると、ハナの体は稲妻のような速さで空を駆けた。

「待て、ハナ! 危ないって!」

 セイも箒を捨て、ハナに続いて飛び上がった。

 ふたりはこれまで出したことがないほどの速さで空を飛んだ。そして、先を飛んでいた紅を追い抜き、あっという間に鬼の前に躍り出た。

「小糸姉さんを離しなさい!」

 ハナは袂からトンボ玉を三つ取り出し、「開!」と叫んで放り投げた。すると、巨大な滝のような水が鬼の横っ面に襲い掛かり、鬼は小糸の上から流された。

 すかさずセイが小糸を救い上げ、空に上昇する。

「大丈夫ですか、小糸さん」

「あ、あ、ありがとう……」

 小糸は恐怖でぶるぶる震えながら、セイの着物にしがみ付いた。

 その時、ようやく寿郎と蒼志が走って来た。しかし、その後ろには、またもや鬼が二体も!

「ハナ、小糸! 逃げなさい!」

「お前もだ、清吾郎!」

 寿郎と蒼志は必死に叫びながら鬼の攻撃をかいくぐっている。

「父さん、わたしが倒すわ!」

 追いついた紅が呪文を唱えるためにスウッと息を吸うと、寿郎が「待ってくれ!」と叫んだ。

 寿郎は地面をグンッと蹴り、ビュンッと空へ上昇した。その手に箒は握られていない。

「えっ!」

 ハナがぽかんとしている間に、寿郎は三体の鬼に向かって、一つずつトンボ玉を投げつけた。

「開っ!」

 シュパンッという独特な炸裂音と共にガラス玉が弾け、緑色の粉が鬼に降りかかる。すると、興奮して巨大化していた鬼は、みるみるうちに小さくなり、やがて毬ほどの大きさまで小さくなっていった。

 遠くで歓声が上がった。一族の者たちは寿郎が鬼を退治したと思ったのだろう。しかし実際は、小さくなっただけだ。ハナについて走って来ていた黒豆は、小さくなった鬼をジッと見つめている。その姿は女郎蜘蛛の動きを止めた時の勇ましい姿とよく似ていた。

 黒豆に任せておけば鬼は大丈夫かもしれない、そう考えたハナは小糸とセイの方へ駆けて行った。

「だ、大丈夫? 小糸姉さん」

「ええ。ありがとう、ハナ。助けてくれて」

「よかった……」

 ハナは涙をこらえ、強く小糸を抱きしめた。小糸はハナの頭をなでながら、チラッとセイを見上げた。

「それに清吾郎も、ありがとう。助けてくれて」

 セイはにっこりしてうなずいた。

「……父さん、今のってヨモギの粉よね?」

 紅がそっと尋ね、寿郎も「ああ」と声を潜めて答えた時、宋生と義雄が村人を引きつれてやって来た。

「おい、寿郎。鬼はどうなった」と宋生。

「……今、退治しました」

 寿郎は小さくなった鬼と黒豆を隠す様に立って答える。すると、宋生は小ばかにしたような目で寿郎を見つめ、ため息交じりに言った。

「ウソだな。お前は昔からウソが下手だ」

「退治をしていないということか? どういうことだ、三日月の! 相手は妖怪だぞ! 倒すべき相手だ!」

 義雄はここぞとばかりに声を張り上げ、両手を広げた。

「それは、わかっています。しかし……」

 寿郎が言葉に詰まると、矢のような勢いのある声が上がった。

「いえ。待ってください」

 そう言ったのは、右手を上げた紅だ。全員が一斉に紅の方を見ると、義雄も吸った息をゴクッと飲み込んだ。

「その考え、改めて頂く必要がありますわ、義雄さん」

「何だ突然、三日月の」

「わたしは、首都魔術師大学に通っている三日月紅です。我が校には、多くの優秀な魔術師が毎日のように来訪されますが、その中には、西洋の最新の情報を携えた魔術師もいらっしゃいます。そして、その中で今最も注目されているアイルランドの魔術師であるニーヴ・マリー様が、新たな報告を持ってきてくださいました」

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