23、ハナは箒競争に出場する

「――さあ、広場に移動するぞ。いよいよ決戦だ」

 一族全員が、魔術で火を灯した三日月柄の丸型ちょうちんを一つ持った。

 当主の宋生を先頭に、箒を持ったあざみと千恵、ハナと黒豆が後に続き、その後ろを残りの一族がついて歩き出した。一番後ろを歩くのは、顕真とその妻の瑠璃子だ。

 ぞろぞろと門から出ると、ちょうど桜一族も門から出てきたところだった。

 それぞれの紋付き袴に身を包んだ三日月宋生と桜義雄は、決闘を前にしたオオカミのような目で互いをにらみ合う。一族たちもみんな同じようににらみ合う。

 その中で、ハナとセイだけは、お互いをジッと見つめ合った。そっとほほえみあうと、二人とも後ろからさっさと歩くように背中を押された。


 無言でにらみ合ったまま屋台の建ち並ぶ村を歩いて行くと、日の光の下でも煌々と光っている提灯が並んだ広場が見えてきた。村長である宋生が手を上げると、村人たちから歓声が上がった。その中には、ハナとセイのクラスメイトもいる。

「叔父さま!」

 人ごみをかき分けながら現れたのは紅だ。

「紅、間に合ったのか」

 宋生は紅との再会に顔をほころばせた。

「ただいま戻りましたわ。なんとか間に合ってよかったです。……あ、ハナ!」

 紅は、宋生とのあいさつもそこそこに、ハナの方に向かってきた。

「おかえりなさい、紅姉さん」

「ただいま。ああ、ハナの羽織姿が見れてよかった。帯飾りも良く似合ってるし、髪型もわたしとおそろいね。とっても素敵よ」

「紅姉さん、わたしは?」

 あざみが口をとがらせると、紅はあざみの肩にそっと手を乗せて、「素敵よ」とほほえんだ。

 一族の中で群を抜いて優秀な魔術師である紅だけは、宋生からも、生意気やあざみや瓜やユリからも好かれている。

 それに、紅の笑顔には、その場の空気が柔らかくする力がある。二つの一族の間に流れていたピリピリした空気も、ふんわりとゆるんだような気がした。

「もうじき競争が始まるんだから、後にしたらどうだ」

 一部の不機嫌な桜一族が声を上げた。

「あ、そうですね。ジャマしてごめんなさい」

「いいさ。紅も列に加わりなさい」

 紅はハナに「がんばってね」と言って、列の一番後ろについた。

 紅姉さんもきっと驚くわ、今日のわたしとセイを見たら。

 ハナは誰にも気づかれないようにニヤリと得意げに笑った。



「――おーい、ハナ! がんばれよ!」

 広場に着くと、甚平に身を包んだ理仁がブンブン手を振って来た。そばには兄弟や友人の姿もある。ハナはヒラヒラと手を振り返した。

「おい、ヘマするなよ、清吾郎」

 意地悪そうな声にふりかえると、セイが三人の兄たちに囲まれていた。

「浩二郎兄さんの言う通りだぞ。まあ、お前の魔術が無くても、俺たちは何とかなるけどな」

「余計なことを言うな、沙太郎。こいつの怠惰がひどくなるだろ」

 源一郎は、セイの肩をドンッと強く叩いた。セイは少しぐらついただけで、ニコッと笑って「しっかりやるよ」と答えた。

 その笑顔を見て、ハナはハッとした。あれは本物の笑顔ではないと、ハナにはわかった。

 ――セイもいろんなことを飲みこんで、無理して笑ってる。それを誰よりも知ってるのはわたしなのに、わたしばっかり弱音を吐いちゃった。

「……次にふたりで会った時は、セイの話をたくさん聞こう」

 ハナはポツリとつぶやき、右手で羽織の中の緑の薬草箒に触れた。手に吸い付くような柔らかい竹の感覚に、安心を覚える。

「ハナッ。しっかりやってよね」

 あざみにそう言われ、ハナはパッと箒を離した。

「これは、絶対に負けられない戦いなんだから。あんたに足引っ張られたら、たまったもんじゃないのよ」

 ハナはあざみをまっすぐに見つめ、ニコッと笑った。

「大丈夫だよ、あざみ。わたしにとっても『絶対に負けられない』なのは同じだから」

 あざみはバカにしたように鼻で笑い、鏡を持っている母親の方にすたすたと立ち去って行った。



「それでは位置について、よーいっ……」

 ポンッ!

 魔術による発砲音が鳴ると、箒にまたがったあざみ、千恵、源一郎、沙太郎は、一斉に飛んでいった。

 ワーワー、キャーキャーと歓声が上がる。その中で、ハナとセイは出発地点に立ち尽くす。

 それに気がついた宋生と義雄が、一斉に怒鳴り声を上げた。

「ハナ! 何をしているんだ! 早く追いかけろ!」

「ふざけているのか、清吾郎! さっさと走れ!」

 一族の者たちからも怒号が飛び始める。

 注目は充分だ。

 ハナとセイは羽織に縫い付けた緑の薬草箒をグイッと引っ張った。ビッと糸が切れると、ふたりは箒を両手と両足でしっかりと掴んだ。そしてグッと足をふみ込み、ビュンッと空に飛び上がった。

 地上からどよめきが起こるだろう、と思っていた。しかし実際は、水を打ったようになった。

 ただ一声だけ、紅の「まあ!」という声が響き渡る。その声を合図に、ハナとセイは宙で足を曲げて、グンッと伸ばした。すると、ふたりの体は、矢のように勢いよく空を駆け出した。

「叔父さま、見た? ハナが飛んでますわ!」

 紅の泣き声が聞こえてきたと思うと、三日月一族も桜一族も、村の人々も、その場にいた全員がハナとセイを追って走り出した。

「どうなってる?」

「できそこないのふたりが飛んでるなんて」

「ウソでしょう! 信じられない!」

「すごく速いわ!」

 どんな言葉にもふり返らずにどんどん飛んでいくと、妨害をしようと待ち構えていた一族の者たちも驚いて、ふたりを追いかけ始めた。

 十メートルもない位置に、競り合う四つの箒の穂先が見える。

「ハナ! 兄さんたちだ!」

「うん! 見えてる! 追い越そう!」

 もう一度足を曲げてグンッと勢いよく伸ばす。すると速さが増して、強い風を起こしながらあざみたちを追い抜いた。四人の小さな悲鳴が上がる。

「このまま行こう、セイ! 一等になろう!」

「ああ、やってやろう、ハナ!」


 村を一周して広場に到着した時、広場には誰もいなかった。

 走った後のように息が切れているハナとセイは、空に浮かんだまま、ギュッと抱きしめ合った。

「やったね、セイ!」

「おれたちが一等だ!」

「わんわんわんっ!」

 ハナたちを必死に追いかけていた黒豆も、飛び跳ねて大喜びだ。

「黒豆も応援ありがとう!」

「待て!」

 そう叫んだ宋生の後に続いて、人がぞろぞろと広場に押し寄せてきた。

 はあはあという乱れた呼吸が広場のあちこちから聞こえて来る。

「ど、どうして飛んでいるんだ。すべて、説明しろ、ハナ」

 宋生に続いて義雄も「お前もだ、清吾郎」と言った。

 ふたりは箒を落とさないように注意深く降下し、村人たちの前に降り立った。すかさず黒豆がハナの足元にすり寄る。

 ハナは箒を握り締め、ゴクリとツバを飲み込んで口を開いた。

「……わたしたち、この緑の薬草箒に乗ったら飛べたんです」

「本当か! いつわかったんだ」

「一週間前です」

「なるほど。確かに箒であることには間違いないし、お前たち家族は薬草を世話しているから、こういうことが起こっても不思議はないだろう。ひとまずおめでとう」

 宋生はハナの目を見てニコッとした。ハナは小さく頭を下げ、「ありがとうございます」とささやく。

「……しかしなぜ、桜の子がそれを? 桜にはない文化のはずだぞ」

 宋生はじろりと義雄を睨みつけた。

 盗用の目を向けられていることに気がついた義雄は、ギロリと宋生を睨み返し、同じくらい鋭い目で清吾郎を睨みつけた。

「清吾郎、なぜお前までそれを使っているんだ!」

「俺とハナが友達だから、ハナが俺の分も作ってくれたんだ!」

 セイが義雄に負けない程の大声で言い返すと、義雄は驚きで目を見開いた。家族の前でセイがこんなにも大きな声を出したのは、初めてのことだったのだ。

「俺たちは、ずっと友達で、飛べないっていう同じ悩みを抱えてた。それで色々試行錯誤をして、この薬草箒にたどり着いたんだ。俺たちはこれで飛べるようになったんだよ」

 セイは「本当は無くても飛べるけど」という言葉は飲みこんだ。

「父さんはずっと、俺が飛べたらって、言ってただろ。だから飛べるようになったんだよ。これで満足だろ?」

「満足なわけがあるか! 三日月などに手を借りて!」

「お前もだぞ、ハナ! なぜ桜なんかのために大事な薬草を使った! 三日月一族の恥だ、お前は!」

 宋生と義雄の怒りは激しさを増し、顔は唐辛子のように真っ赤になっていく。しかしハナとセイは、遥かに大きく、怒りをまき散らすふたりのことを怖いとは思わなかった。互いのことを友達だと言えたことが、ハナとセイを強くさせてくれていた。

「おい! お前らだっておかしいと思うだろう! 桜なんぞと関係を持って!」

 宋生の言葉に、平助も「その通りだ!」と言って、前へ出てきた。

「お前は三日月一族の裏切り者だ!」

 この言葉を合図に、あちこちからハナとセイへの非難の声が上がり始めた。

「わたしなんて追い抜かされて怪我をしそうになったのよ!」とあざみ。

「俺たちに隠し事なんていい度胸だな」と沙太郎。

「ちょっとやめてください!」

 紅が止めに入ろうとしたその時、「きゃあ!」と遠くから悲鳴が上がった。

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