20、ハナは妖怪と一芝居打つ

 それからふたりは、真菰が生えた川辺に座り、川に足を浸して話をした。授業のことや、昨日の夕食のこと、小春のお腹の様子、他愛もないことだ。それでも、こんなにゆっくりと話したのは初めてのことで、ふたりは心から楽しいと思った。

 喉が渇くと、ふたりは少し上流の方へ歩いて行き、手を使って水を飲んだ。山の川の水は、夏でも冷たい。特にこの辺りの川の水は味も柔らかくておいしく、いくらでも飲むことができた。

 時々、ふたりの頭上を烏天狗に仕えるカラスが飛んで行った。ハナはその度に、「わたしの靴下は参考になりました?」と尋ねたが、カラスは一鳴きもせずに飛んで行ってしまった。

「天狗たちはどう思ってるんだろうな、この頃の妖怪の多さのこと」

 天狗は森や山などに住んでいて、その数は数十体にもなる。妖怪が目に余る行動をすると、人間を助けてくれることもあると言われているが、近年では滅多に姿を現さなくなった。それは偏に、人間が森や山を開拓したことが原因だと言われている。

「とりあえずケガ人だけで済んでるから、特に何も思ってないかもね。妖怪だけが悪さをするわけじゃないもん」

「なるほど。耳が痛い話だな」

 セイは苦笑いをして、はんぺんのような形の石をピュッと川に投げた。石はポンポーンと跳ねて、水の中に消えていった。


 川から上がったふたりは、大きな岩に背を預け、空を見上げた。太陽はかなり高いところまで上っている。もうじき河童が現れ、ふたりは川に沈められる、という演技をすることになる。そして河童から逃れて、学校へ来たふりをするのだ。

「ちょっと後ろめたい気もするけど、きっとうまくいくよね」

「うん。俺も、成功する予感しかないっ」

ふたりは顔を見合わせて笑いあった。

「ねえ、セイ。わたし、変かもしれないけど、いつか、妖怪とちゃんと話してみたいって思うんだ」

「妖怪と?」

「うん。さっきの河童さんのことをずっと考えてたの。悪い河童さんではないと思うけど、真相はわからないでしょう。それなら、ちゃんと話をしてみたいな、と思って。幸い言葉が通じるみたいだし」

「確かに、声が不思議な響きってだけで、話すのはすごくうまかったな」

「そうでしょう。だから、河童さんだけじゃなく、カラスさん、天狗さん、女郎蜘蛛さん、それに、うちを襲った鬼さんとも話してみたいなと思ったんだ」

「鬼とも?」

「うん。知ってるかもしれないけど、昨日の騒動で家が壊れたのって、うちだけだったの。それって鬼が何かうちに用があったかもしれないって考えられない?」

「たまたまとも言えるけど、まあ、完全に否定はできないな」

「でしょう。もし何か正当な理由があってうちに来てたのなら、話を聞きたいなと思ったの。それにね、鬼に襲われても、不思議と鬼を怖いとは思わなかったんだ。わたしが怖いのは、鬼じゃなくて、襲われることで大切な人たちが傷つくことなんだよ」

 セイは優しい笑顔で「ハナらしいな」とささやく。

「だから話がしたいんだ。そしたら、お互い誤解していることがあって、それを解決すれば、傷つけあわずに済むかもしれないでしょう。知らない相手を悪く言いたくないのは、妖怪が相手でも同じだから」

「良い考えだな。実は俺も、昔から考えてたんだ」

「本当にっ」

「うん。妖怪ってみんながみんな悪さをするわけじゃないだろ。座敷童とか、山彦とか、悪さをしない上に、かわいい良い奴らもいるし。だったら、見た目がちょっと怖い奴らも、話してみたら意外と良い奴だったりして、なんて考えてた。妖怪を退治する家に生まれた身としては、誰にも言えなかったけど」

「わたしたち、また同じこと考えてたんだね」

 こんな風変りな考えが一致していたなんて。ふたりは嬉しくなり、にっこりと笑い合った。

「それに、わたしたち、妖怪に近いのかもしれないし、分かり合えるかもね」

「どうせ普通とは違うもんな」

 セイが意地の悪い笑みを浮かべると、ハナも真似をして「うんっ」と答えた。

それと同時に、もう聞き慣れた水を裂く音が鳴り響き、河童が現れた。

 河童は、ハナの方にゆっくりと長い手を伸ばしてきた。セイは一歩ハナから離れ、ジッと見守る。河童の手が、ハナの制服のスカートをグイッと引っ張った。

「うわあ!」

 ハナは悲鳴を上げながら、バシャーンッと川の中に倒れた。バシャバシャともがくが、河童が川の中に沈むにつれて、ハナの体も沈んでいく。

「ハナッ!」

 セイはダッと走り出し、ハナの手を掴んだ。

「颯よ 剣になれ!」

 セイが叫ぶと同時に、河童の手に刃のような形をした風がバシッと当たった。悲鳴を上げた河童の手の力が弱まると、セイは力いっぱいハナを引っ張った。

 ふたりはゼイゼイ呼吸をしながら岸へ向かって走る。

「寿郎と同じ匂いだ。親子だな」

「えっ!」

 ハナがふり返った時、すでに河童はいなくなっていた。河童の声は笑っているように聞こえた。

「……寿郎父さんと、知り合いなのかな」

「確かに言ったもんな、『寿郎』って」

 ふたりはしばらくの間、その場に立ち尽くした。

 一度だけ河童を呼んでみたが、河童が姿を現すことはなかった。

「帰っちゃったな」

「うん。でもやっぱり良い河童さんだったね」

「魔術を使わされるとは思わなかったけどな。さて、学校に行こうか。小一時間河童と格闘して、その後少し体が楽になるまで森にいたってことにしよう」

「そうだね。あ、それから、薬草箒はここに置いて行こう。ここで練習するんだもん」

 そこで、ふたりは岩の後ろに穴を掘り、薬草箒が入った筒を土の中に埋めた。上にはミゾソバの花を二つ並べて置いた。


 学校へ着くと、血相を変えた先生や生徒に取り囲まれることになった。

 遅刻の原因が妖怪だとわかると、川に近寄ったお咎めどころか、大げさすぎるほど心配された。昨晩の妖怪騒動は学校にも知られていて、妖怪に対する警戒が強くなっていたのだ。

 職員室で経緯を聞かれたり、救護室で怪我がないか確認を受けたりする間も、ハナとセイはずっと隣に座っていた。

 今日はいつもよりもずっと長く一緒にいられる。

 このことが、ハナもセイも嬉しかった。

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