17、ハナは緑の薬草箒を作る

 家に帰ると、雨が上がったことで箒競争の練習が再開された。

 ろくに休憩も取らずに夕食まで練習させられたが、ハナは、いつも通り薬草園の手入れをし、緑の薬草箒のための薬草を集めて、倉庫から竹を二本とってから、部屋へ戻った。

「――さて、洞に夜灯りっ」

 両手に薬草を持ったまま唱えると、書きもの机の上に置かれた、LEDライトのスタンドライトが灯った。「洞に夜灯り」という呪文は、もともと火を灯すための魔術だ。しかし石油ランプや様々な電球が普及してからは、灯りを付けることにも使えるようになったのだ。

 ハナは机の上に薬草を下すと、机の上に丸めておいてある紐で、着物の裾をたすき掛けして、イスに座った。

「今までで一番の薬草箒を作らなきゃね! さあ、まずはヨモギにウイキョウ、クルマバソウ、クマツヅラ、ビロウドモウズイカそれからカミツレ、キンセンカ」

 一つひとつの薬草の名前を呼びながら右手で取って、左手に預けていく。

「魔除けや厄除けに効く薬草ばかりだから、きっとわたしとセイを護ってくれるね」

 黒豆はうれしそうに「わんっ」と鳴いた。

 ハナは薬草でいっぱいの左手に竹を持つと、右手だけを使い、エニシダの枝でぐるりと束ねた。最後に堅結びして、ゆっくりと手を離す。薬草はしっかりと竹の先に巻かれ、ゆらゆらと揺れた。

「うん。いい感じ! 見て、黒豆」

 黒豆はまるでその道のプロのような目でジッと箒を見てから、元気よく「わんっ」と鳴いた。黒豆の審査を通過したようだ。

「それじゃあ、この調子でセイの分も作っちゃおう」

 ハナは手を動かしながら、どうやってこの箒を持って行くか、どうやって隠しておくかを考えようとした。しかし練習の疲れと、お腹がいっぱいなせいで、急激に眠たくなり、頭は全く働かなかった。そのうち、小糸に風呂の順番を告げられ、二人分の箒を毛布で隠してから風呂へ向かった。黒豆も一緒に入るわけではないが、ハナの後についてきた。


 風呂から出ると、台所の方からうっすらと甘い香りが漂って来た。眠たい目をこすりながら台所をのぞくと、ロウソクの火に囲まれた寿郎が何か作業をしていた。その足元には黒豆の姿も見える。

「なにしてるの、父さん?」

 台所に入って行くと、ハナに気が付いた黒豆が一直線に駆けてきた。ハナは黒豆を抱き上げ、寿郎の向かい側に立った。

「ああ、ハナ。桑の実の薬膳酒と、ビワの砂糖漬けを作ってるんだ」

 広々とした調理台の上に並んだ二つの竹製のザルには、赤黒い桑の実と、淡い黄色のビワが乗っている。ハナは台所の隅に置かれた丸いイスを引きずってきて、寿郎の正面に座った。

「さっき残りを確認したらどちらも減っていてな。こりゃいかん、と思って」

「でも父さんも疲れてるでしょう。手伝うよ」

「今はハナの方が疲れてるだろう。いいから休んでなさい。そうだ、明日は枝豆を茹でようか」

「疲労回復に効くから?」

「そう。ちゃんと覚えてて偉いな」

 調理台の上には、二つのザルの他に、大きな瓶に詰められた砂糖と焼酎、それから熱消毒された形の異なる空の瓶が大量に並んでいる。その中に、細長い筒状の瓶を見つけると、ハナはハッと息をのんだ。

「……ねえ、父さん。ここにある瓶、全部使うの?」

「いや。一番具合が良いのはどれか考えてるところだ。この瓶なんかは店では良いかと思ったんだが、桑の実とビワには向いてないよな」

 そう言って寿郎が手に持ったのは、ハナが狙いを定めた細長い筒状の瓶だ。

「高麗人参のはちみつ漬けには使えそうだが、今のところは材料もないし。こいつは倉庫行きだな」

「それなら、わたしが借りてもいい?」

 ハナはパッと立ち上がり、調理台に身乗り出した。

「構わないが、何に使うんだ?」

「今、授業で植物の観察をしてるんだ。光合成のこととか、勉強してて。それで、わたしが家で薬草を育ててるって言ったら、先生がぜひ見たいって言ってくれて、緑の薬草箒を持って行くことになったの。でも、学校まで安全に持って行く方法が無いから、困ってたんだ」

 まるで台本を読んでいるかのように話す自分に、ハナは自分でも驚いた。しかも真っ直ぐに寿郎を見つめたまま話しているのだ。

 ――きっと、空が飛べることも、セイと仲良しだってこともずっと隠してるから、どんどんウソがうまくなっちゃったんだろうな。

ハナはそんな自分に、少しだけ悲しくなった。

「そうか。もちろん使って良いぞ。緑の箒はできているのか?」

「うん。さっき二本完成させたところ」


 筒を二本持って部屋へ戻ると、ハナはさっそく毛布をかけておいた緑の薬草箒を取り出した。柄の方からゆっくりと中に入れていく。箒は、まるであつらえたようにぴたりと瓶の中に収まった。

「うわあ! ぴったり!」

 ハナは蓋をしながらその場で飛び跳ねた。

 緑の薬草箒が二本並ぶと、ハナは軽やかな足取りでベッドに入った。開け放っておいた窓から差し込む星明りで、ガラスの筒がキラリと光る。

「よおし、完璧! セイ、喜んでくれるといいな……」

 そう呟くと、ハナは一瞬にして夢の世界へ落ちて行った。

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