15、ハナはセイの提案に感激する
放課の鐘が鳴ると、ハナとセイはいつも通り小川に集まった。
セイの顔を見ると、孤独感で冷えたハナの心は少し和らいだ。
「お待たせ、セイ」
「待ってないよ。俺もちょうど来たところだ」
セイはスクッと立ち上がり、得意げにクイッと口の端を上げて笑った。
「良い方法を思いついたぞ、ハナ。俺たちが、みんなから退治されない方法」
「えっ! 本当に!」
ハナがセイにしがみ付くと、セイは力強くうなずいた。
「今ここには箒が無いから、この枝を箒に見立てるな」
セイが手に取ったのは、二人の身長よりも長く、ちょうどよく手の平に収まる太さの枝だ。
「この枝を、両手でしっかり握って、両足でしっかり挟んで、あたかも箒に跨って飛んでいるように見せるんだ。ちょっと練習が必要になるけど、良い案だろ?」
「良い案どころじゃないよ! セイって天才だね! しっかり練習すれば、箒に乗って飛んでるように見えると思う!」
「そうだよな! そしたらもう勝手なことを言われたり、やらされたりしなくなるよ、きっと」
二人はさっそく箒に見立てる枝をもう一本探した。しかしこの辺りには精霊の住処があるため、木々は力強く、滅多な風では枝が折れたり、曲がったりしない。そこで、セイが道中で見つけた唯一の一本を使い、交替で練習することにした。
「まずは俺からやってみるな」
「わたしは念のため、セイの真下に守護の魔術を用意しておくね。慣れないことをして、落ちたら大変だから」
「ありがとう、頼むよ」
セイは両手でしっかりと枝を握り、両足でギュッと枝を挟んだ。
「行くぞ。せーのっ!」
足の裏でグンッと地面を蹴る。すると、セイの体は枝と一緒に宙へ上がった。
ハナもセイも成功かと思ったが、それは間違いだった。突然、セイの体がグラグラと揺れ出した。
「だ、大丈夫、セイ?」
「あ、ああ。枝が、重いんだっ」
「枝が重い?」
浮遊する力を得たセイの体に対して、枝は浮遊する力を持っていない。そのため、枝は地球の重力によって、地上に戻ろうとするのだ。体が上昇するごとに、枝は重く感じられ、支えている手も足も震えはじめた。
「ほ、ほんとに、大丈夫、セイ? 無理せず降りてね」
「あ、ああ。何とか立て直してみる……」
セイは一度グッと体をこわばらせて宙で静止した。落ち着いて枝を持ち直し、枝を足に挟んでみる。その姿は少々不格好だが、確かに箒で飛ぶ他の魔術師たちと大差無いように見えた。蒼志や小糸も、今のセイと同じくらい不安定なことはよくある。
「この姿勢を常に保ちながら、速さを出すのか。……言い出したのは俺だけど、けっこう大変そうだな」
「練習する時間はたっぷりあるから大丈夫だよ」
ハナは守護の魔術をもう一つ増やしてから、ジッとセイを見つめた。
セイは今、枝の手前の三分の一あたりに座っている。そのため、お尻の後ろからはかなり長く枝が飛び出ていて、その部分がぐらぐらと揺れている。ハナはあそこが不安定の原因になっているような気がした。
「ねえ、セイ。うまく言えないんだけど」
「なんでも言ってみてくれよ」
「うん。お尻の後ろから出てる枝がすごく重そうなんだ、下に傾いちゃってて。だから、もう少し枝の中心に座った方が良いかもしれない」
「なるほど。それじゃあ、少し場所を変えてから飛んでみるから、他にも気がついたことがあったら、どんどん言ってくれ」
「任せて!」
枝を持ち直したセイは、体をがっちりと固定し、頭と首を少しだけ前に倒した。上半身が少し前に進んだかと思うと、下半身はその場に居座り続けた。顔面から地面へ墜落しそうになり、セイは慌てて体を後ろに戻した。
「鉄壁のごとく 灯を護れ!」
ハナがそうささやくと、セイの下に三つ目の盾のような形の守護の魔術が現れた。
今度は、セイは腰をクイッと後ろから前に動かした。すると体全体がゆっくりと動き出した。
「最初は体の中心を前に進めるような感じだな」
「頭だけ動かしちゃだめってことね」
速さを出すため、セイは体を前に倒した。すると、きちんと速さを出し、そろって前へ進んだ。
「もうすっかり慣れた?」
「まさか。でも、想像よりは難しくなさそうだ」
「やった! がんばろう、セイ!」
それからハナとセイは、何度も交代をして練習を続けた。セイの動きを見ていたおかげで、ハナは最初からうまく乗ることができた。
しかし一つだけ注意することがあった。それは、「あくまでも箒は持っているだけで、一緒に浮いているわけではない」ということだ。
普通の魔術師たちは自身ではなく箒に魔術をかけ、自分の身を箒に預けて飛んでいる。
一方でハナとセイは、体に浮遊する魔術がかかっているため、この箒に見立てた枝は、手足から離れた途端に、地へと戻っていってしまう。その意識を持ち続けられず、何度も枝を落としてしまった。
それでもハナとセイのやる気が失せてしまうことはなかった。
自分を取り囲む全ての人から不気味だと思われることへの恐怖心は、練習を続けているとどんどん小さくなっていった。それが二人を何度も失敗から奮い立たせたのだ。
また、良い考えも次々に浮かんできて、使う箒は、普通の竹箒よりも少し短い方が軽いため、持っているのが楽そうだということになった。
着地に失敗したハナは、汚れた袴の膝をパンパンと払った。
「もう一回やって良い、セイ?」
「ああ。日が沈むまで、何度でもやろう、ハナ!」
「――ただいまハナが帰りまし……、あ、父さん!」
「おお、ハナ、おかえり」
鐘の下でぶつかりそうになると、寿郎の腕は優しくハナを受け止めた。
「遅かったな。寄り道か?」
「うん、ちょっとね。父さんこそ、どこか行くの?」
寿郎は手に持っているカゴから、小さな小瓶を取り出した。
「八夜さんが高熱で大変だそうで、急いで薬を届けに行くところなんだ」
「そうなの! ジャマしてごめんなさい!」
「大丈夫さ。この薬を飲めばすぐに良くなるからね」
寿郎はハナの頭をなで、丘を駆けおりていった。
ハナは小さくなっていく寿郎の背中を見送りながら、ふと思った。
父さんのためにも、箒競争を頑張らなくちゃ、と。
ハナが箒では飛べないとわかったのは、五歳の時だ。魔術師の子どもたちは、三歳で初めて箒を持たされ、五歳までの二年間で飛び方を学ぶ。いくら練習をしてもハナの体が宙に浮かないところを見ると、一族の厳しい目はハナだけではなく寿郎にも向けるようになった。
「父親が飛べないばかりに、とうとう飛べない子どもが生まれてしまった」
「やっぱりただの人間と結婚したのが間違いだったのよ」
「伝統ある三日月一族の顔に泥を塗って」
家族の中で誰よりも強く非難の言葉を浴びているのは寿郎だ。しかし寿郎は、そのことを決して家族に話そうとはしなかった。
むしろいつもにこやかに過ごしていて、村人からも好かれている。そのため、三日月一族の治療師としての仕事は、たいてい寿郎のところに舞い込んでくるのだ。
「……父さんだって、つらいはずなんだから、しっかりしなきゃ」
ハナはギュッと拳を握りしめ、家へ駆けて行った。
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