8、ハナは普通とは異なる?
『ハナ。妖怪が妖怪たる所以は何だと思う?』
四歳のハナは、ブリキのジョウロをブンブン振りながら考えた。
『んー。こわいこと?』
『ははっ。確かに妖怪は怖い者が多いが、少し違うな』
寿郎はハナのサラサラした髪を優しくなでた。
『妖怪が妖怪たる所以。それは、普通とは異なる、ということだ。例えば、目や足の数が極端に多かったり、正しい位置についていなかったり。あとは、我々魔術師は竹箒に跨り、呪文を唱えることで空を飛べるようになるだろう? しかし妖怪は身一つで飛ぶことができるんだ』
『へえ! すごいのね、妖怪って』
寿郎はまた笑って、「そうなんだ」と答えた。
『とにかく、普通とは異なるものは妖怪だと思い、警戒して当たりなさい。わかったね』
『はあい、父さん』
「普通とは異なる」
この言葉は、ハナと、同じ話を母親からされたセイの心に、深く刻み込まれた。
「――靴下が無くても大丈夫か、ハナ? ローファーってすぐに踵が痛くなるって聞いたけど」
ハナは片足だけ靴下を履き、グイッとローファーに足を入れた。
「ちっとも問題ないよ! ほら、見て」
ハナはスクッと立ち上がり、その場でピョンピョンと跳ねてみせた。セイはまだ少し申し訳なさそうにしながら、ハナが取り返してくれた靴下に足を通した。
「……それにしても、カラスのせいですっかり話が反れちゃったけどさ」
「うん」
「妨害のために魔術を使うくらいなら、言った方がいいのかな。わたしたちが、本当は空を飛べるって」
「……でも、それって俺たちが、普通じゃないって、言われて、みんなから退治されるかもしれない、ってこと、だよな」
ふたりは痛い程唇をかみしめて黙りこんだ。
箒も持たず、呪文も唱えずに、空を飛ぶことができる。
ふたりがこの事実に気が付いたのは、三年前のことだ。
今日と同じように秘密の川辺で遊んでいると、突風が吹き、ハナの靴下が吹き飛ばされてしまった。慌ててその場で飛び跳ねると、ふたりの足は地面を離れ、体が宙に浮かび上がったのだ。
大喜びもつかの間。他の魔術師とは異なる、「普通とは違う」飛び方に、ハナとセイは真っ青になった。
そして今も、ふたりはまた顔を青くして見つめ合っている。
突然強い風が吹いた。ハナが顔を上げると、墨を溶かしたような暗い色の雲が牛歩のような速さで流れてきている。
「……とりあえず、雨が降る前に、帰ろうか」
「……そうだね。まあ、さっきまで濡れてたから、雨で濡れても気にならないけどね」
ハナがおどけると、セイも少しだけ笑った。
「わたしが先に帰るね。また明日、話の続きをしよう」
「うん。気を付けてな。それと、もし靴下のこと怒られたら、言ってくれよ。慰めることしかできないけど……」
「もうっ。セイったら気にし過ぎだよ! 大丈夫だから、心配しないで。また明日ね」
「ああ、ハナ。また明日」
笑顔で手を振り、ハナは杉の木の影で咲いているドクダミを踏まないように気を付けながら街道へ出た。元来た学校に続く方を見ると、寿郎が歩いてくるのが見えた。
「父さん!」と叫んで走りだすと、靴下を履いていない足がローファーの中で擦れ、ズキッと痛んだ。
「おや、ハナじゃないか。おかえり。寄り道かい?」
「うん。そこに野生の良いドクダミが咲いてたから見てたんだ」
ハナはニコッと笑って答えた。
「父さんこそ、おかえりなさい。どこ行ってたの?」
「山爺に人が襲われてな。退治に行って、襲われていた人を家まで送った帰りだ」
「お疲れさま。父さんも誰も怪我してない?」
「ああ。みんな怪我なく終われたぞ」
「それならよかった!」
寿郎の袴の腰ひもには、トンボ玉を入れるための三日月柄の袋がぶら下がっている。中身はほとんど入っていないようで、風に乗ってぷらぷらと揺れている。
「ねえ。帰ったら、わたしがトンボ玉もらってこようか? 女郎蜘蛛と山爺の退治ですっかり無くなってるし、父さんも疲れたでしょう」
「ありがとう。それじゃ、お願いしようか」
寿郎は袋を腰ひもから外し、ハナに手渡した。
「……ねえ、父さん」
「なんだい、ハナ?」
「山爺ってどんな妖怪だったっけ?」
「一目で一本足の妖怪だよ。それがどうかしたか?」
「うーん。それってさ、普通じゃないってことになるんだよね」
「そうだな。妖怪の定義としては」
「それじゃあ、人間でひとつ目だったり、一本足の人はどうなると思う?」
寿郎はピタッと足を止め、険しい表情でハナを見つめてきた。怒っているというよりは、困惑しているように見える。
「……妖怪とは言えないな」
「そうだよね。それならさ、昔教えてくれた、『普通とは異なる』ことが妖怪の印だって話もちょっと違ってくるよね」
そうだったら良いのに、という願いを込めてそう言ってみる。すると、すぐに寿郎は「そうだな」と答えた。そう答えた寿郎の顔には、安堵の微笑みが浮かんでいるように、ハナには見えた。
「常に考えを改めることは大事だな。今、ハナに教わったよ」
「もう十六だからね。ちょっとは大人になったでしょう」
寿郎は強くうなずくと、ハナの肩に腕を回してきた。ハナも背伸びをして、寿郎の肩に腕を回した。
――父さんになら、本当のことを話しても、わたしを拒否したりしないかもしれない。
ハナは少しだけ軽くなった足で、父と肩を並べて家路を辿った。
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