7、ハナとセイには秘密がある
震えながらも手早くスギの木の枝や葉を集めると、ハナは「温かき希望を ここに現せ」と唱えた。すると、枝や葉にパッと火が付き、木をくべていくと、たちまち大きな火になった。
「……いくら驚いたからって、川に浸かったまま動かなくなっちゃうなんて」
ハナは三日月の刺繍が入った靴下とローファーを脱ぎ、両手を火にかざしながらクスクス笑った。石のように固まって川に浸かった自分を想像すると、笑わずにはいられなかった。セイも、クスクスと笑い出す。
「本当に衝撃を受けると、人間は石みたいになっちゃうんだな。気を付けなきゃ」
「二人一緒だったからよかったけど、一人じゃ危ないものね」
「うん。……えっと、話を戻すけど。ハナは選手になって、どうすることにしたんだ?」
「父さんも選手の変更はできないっていうし、当主様が守護の魔術で、他の選手を護れって言ったから、それに従うよ。『飛べないことになってるわたし』は、それしかできないから」
セイは安心したように「そうか」と答え、唇をかんだ。何かを言い淀んでいる顔だ。
また嫌な予感がする。ハナは恐る恐る口を開いた。
「……セイは? なんて言われたの?」
セイは唇をかんだまま、しばらく黙っていた。
ハナは自分の心臓の音を聞きながら、じっと待った。
半そでのセーラー服の襟の先が少しだけ乾いてきた時、セイがようやく唇を放した。
「……父さ……当主様に、勝負は、源一郎兄さんと沙太郎兄さんに任せて、……おれは、三日月一族を、妨害しろって」
ハナはハッと息を飲んだ。
セイは、ハナとは正反対の要求をされたのだ、しかも実の父親に。
「……ぼ、妨害ってことは、煙幕とか、制御不全とかの魔術を使うってことだよね?」
「……うん。飛べないんだから、それくらいの仕事をしてもらわないと、って。……でも、俺、魔術を、悪いことに使いたくないよ」
セイは顔をグシャグシャにして、赤々と燃える火をジッと見つめた。セイの目が、火で焼かれたように赤くなる。そんなセイを見て、ハナも泣き出したくなった。
その時、「カア」と間の抜けた声が上がった。ハナがバッと声の方を見ると、カラスが一羽、セイの桜の刺繍が入った靴下を咥えて佇んでいた。黒い羽の中に十二本の赤い羽根が混じっている。烏天狗に仕えるカラスだ。
「なあんだ、カラスさんね。申し訳ないけど、その靴下は諦めてください。セイが怒られちゃう」
ハナが手を伸ばすと、カラスは「へえ」と、挑発的な顔をした。そしてバサッと翼を広げ、空に飛び上がった。
「やだ! ダメだって言ったでしょう!」
ハナは叫びながら立ち上がり、グンッと地面を蹴った。するとビュンッという音とともに、ハナの体は宙に浮かび上がった。
すぐにカラスに追いついたハナは、セイの靴下をグイッと引っ張った。カラスは「カア!」と驚きの声を上げる。
「返してください! わたしの靴下ならあげますから!」
力いっぱい引っ張るが、カラスもくちばしをギリギリと鳴らしながら力を強め、ちっとも靴下を離さそうとしない。ハナはぷくっと頬を膨らませ、地上にいるセイに叫んだ。
「セイ! わたしの靴下を持って来て!」
「わ、わかった」
自分の靴下と引き換えに、ハナの靴下を渡すだなんて。セイは悔しい気持ちで歯ぎしりをしながら、ハナの靴下を持って、地面をグンッと蹴った。するとセイの体も宙に浮かび、ハナとカラスの元へグングンと飛んで行った。
「ほら、靴下だ。これでいいだろう」
セイは、一反木綿のように真っ白い靴下をふりふりと振った。
カラスはジッと三日月の靴下を見つめると、パッと桜の靴下を離し、代わりにセイの手から靴下を奪って飛んで行った。
「ありがとう、セイ。助かったわ」
「礼を言うのは俺の方だろう。よかったのか、靴下」
「わたしは靴下を無くしたぐらいじゃ怒られないもの。セイが当主様に怒られる理由が無くなってよかった!」
ハナがにっこりしたところで、セイは急に「あっ!」と声を上げた。
「お礼はまた改めて、降りてから言うよ。今はとにかく降りよう! 誰かに見られたら……」
「あ、そうだね! 急ごう!」
ふたりは足の方に手を伸ばした。すると、体は宙でクルリと回り、そのまま手を下に、足を上にして、地面の方へ降りて行った。
ヤナギの木がぐったりと葉を垂らす川辺に降り立った時、ふたりの体はネコのような四足の体勢だった。
「……見られてないよね?」
「……たぶん。誰の声も聞こえてこないし」
ふたりはそろって大きなため息をついた。
一族から「空を飛べないできそこないだ」と思われているハナとセイは、本当は空を飛ぶことができるのだ。何も持たず、何も唱えずとも。
これはハナとセイだけの秘密だ。
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