6、ハナは親友と敵同士になる
次の日の放課後、ハナとセイは、待ち合わせ場所であり、二人の秘密の場所である巨大な岩が鎮座する小川にいた。この小川は、北の山にある湧き水を源泉にした流れる川から外れてできていて、青々としたセリや、紫色の金平糖のような花をつけたミゾソバが揺れている。
なぜ二人の秘密の場所が小川なのか。それは、川辺には人気が無いからだ。
輪野村には「森の中の水辺には河童の住処があるため、決して一人では近寄ってはならない」という言い伝えがある。そのため村人たちは魔術師の一族の先祖たちが村まで引いた水路を使って生活をしている。どうしても手つかずの水辺に近寄らなければならない場合は、晴れの日の、日の高い正午に、数人でまとまって行くという決まりがある。
『つまり、人気のない水辺は、こっそり会う必要がある俺たちにとって、絶好の場所ってことだ』
『わたしたちなら、もし河童が出ても戦えるものね!』
五年前のこの会話によって、ふたりの秘密の待ち合わせ場所はこの小川に決まった。
ふたりが今いる辺りは流れが弱く、川幅も狭いため、流されて溺れる心配もない。その上、河童が出る気配もなかった。
ハナが「はい」と言って香り袋を差し出すと、セイは「ありがと」といって、香り袋を体にグイグイと押し付けたり、顔の周りで振ったりした。川辺には少なからず蚊が飛んでいるが、乾燥させたヨモギとセイヨウハッカが入ったこの香り袋を持っていると、刺される確率は下がるのだ。
ハナは香り袋を腕や首にこすりつけながら、チラッとセイを盗み見た。心なしか元気がないように見える。今朝会った時も、声に覇気がなかった。嫌な予感を拭うように、ハナは明るい調子で話し出した。
「聞いて、セイ。わたし、箒競争の選手に選ばれちゃったの。運がないでしょう。当主様にもすごい目で睨まれちゃった。でもね、父さんたちが……」
ハナが話し終える前に、セイは目を見開いて、ハナの肩をガシッと掴んだ。
「ハ、ハナも?」
「えっ! 『も』ってことは、ひょっとして……」
セイはじっくりとうなずいてから答えた。
「……俺も、箒競争の選手になったんだ」
ハナの悲鳴に近い「ええ!」という叫び声に、すぐそばでやまびこが「ええ!」と答えた。
ハナとセイは互いの腕にしがみ付き、しばらくの間、見つめ合っていた。
とめどなく流れる川のシャラシャラという音と、カエルの鳴き声がとぎれとぎれに響き渡る。
「……わ、わたしたち、正真正銘の、敵になったってこと?」
「……そう、なるな」
言葉にした途端、二人の足は踏ん張ることをやめてしまった。ハナもセイも、体の右側からバシャンッと川の中へ倒れた。香り袋は川に乗って流れていき、半そでのセーラー服と半そでのシャツはみるみるうちに川の水を吸い込み、どんどん重たくなっていく。顔も髪もびしょぬれだ。それでもハナとセイは、起き上がる気力がわいてこなかった。
しばらくして、もう濡れているところはない、というくらい濡れてしまうと、ふたりはようやく起き上がった。川の水の冷たさで、夏にも関わらず体がブルブルと震え出す。
「と、とりあえず、火に当たろう。乾燥の魔術はそれからだ」
ハナは小刻みに震える顔を、何とか縦に振った。
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