5、ハナは因縁に巻き込まれている

「……まさか、ハナがなあ」

 寿郎父さんがポツリと言うと、重たい空気が流れる食卓を囲うハナ、小糸、蒼志が顔を上げた。ハナはトウモロコシの形をした箸置きに箸を戻し、寿郎を見た。

「……ねえ、父さん。選手を変えることは、できないの?」

「箒競争の選手は公平な籤で決められ、変更は認められない、というのが昔からの決まりだからな。難しいだろう」

 ハナはふうっとため息をつき、「そう……」と答えた。足元で自分のごはんを食べている黒豆は「くーん」と鳴いて、ハナの足にすり寄って来た。ハナは手を伸ばして、黒豆をなでる。

 蒼志はグイッと味噌汁を飲むと、お椀を置くのと同時に声を上げた。

「だいたい、いい加減揉め事はやめればいいんだよな。月面基地を建てようとしてるこの時代に、下らない争いをしている魔術師の一族なんて、日本中を探してもいないぞ、きっと」

「それができたら苦労しないわよ、蒼志」

 小糸がうんざりしたようにそう言うと、寿郎が「因縁一千年以上だからな」と苦笑いをした。

「そうだけど……」

悔しそうに言う蒼志と目が合うと、ハナは弱々しく笑った。


 ハナたち三日月一族が暮らす広いお屋敷の庭には、大きな三日月型の池がある。だからなのか一族の名は「三日月」だ。

 セイこと清吾郎たち桜一族は隣のお屋敷に住んでいて、その庭には大きな桜型の池がある。だからなのか一族の名は「桜」だ。

 この二つの一族は、富士山があり、太平洋を臨む静岡の地において、たった二つの魔術師の一族だ。その歴史は平安時代まで遡る。

 西に高熱の人がいれば「土に命あり 草木に心あり」と唱えながら作った魔法薬を届け、東に人や家畜を襲う妖怪が出たら「鉄壁のごとく 灯を護れ」と唱えて守護の魔法で村を守り、探し物をし、重い岩や巨木をどかし……。自分たちが暮らす輪野村だけではなく、周辺の生活を魔術で護って来た。

 そんな三日月一族と桜一族は、地域の英雄だ。誰もが彼らに憧れ、尊敬の念を抱いている。

 しかしこの二つの一族には大きな欠点がある。それはおよそ千百年もの間、猿と犬も驚愕するほどの対立を続けていることだ。魔術師としての依頼を横取りし合ったり、相手の一族の悪口を風評したり、魔術による決闘が行われ、死傷者が出ていた時代もあった。

 文明開化の音が鳴ると同時に、魔術による決闘は廃止された。ただし、両一族の仲が良好になったわけではない。いまだに彼らは対立し続けている。つまり決闘の廃止は、体裁のためなのだ。

 そのくすぶった競争心をぶつけ合う新たな対決の場が、輪野村で三年に一度行われる祭り「輪野村三年祭」の催しの一つである「箒競争」だ。箒競争の結果は、向こう三年の一族の評判を左右することになる。どちらの一族がより優秀な魔術師かを村人たちに示すのだ。そのため、宋生は「絶対に負けられない戦い」という言葉を選んだというわけだ。


 ハナにとっては、別に自分の一族が優れているかどうかなどどうでもよいことだ。ハナにとって大切なのは、人々や動植物が健やかに生きられるように、妖怪から護ることができていること。そのためこの箒競争は、イマイチ気乗りしない対決だ。まるで自分たちの力を誇示しているようで、好きにもなれない。

 それでも、負ければ今日のように一族から責められることになる。そういう意味では、真剣にならざるを得なかった。

「――変えられない以上は、与えられた役目を全うするしかない。明日から父さんと守護の魔術の訓練をしよう。ハナは魔術に長けているから、すぐに上達するだろう」

「……ありがとう。でも、父さんは仕事で忙しいだろうから、自分でやるよ」

 「練習相手ならセイがいるからね」とハナは心の中でつぶやいた。


 寿郎一家は、三日月一族のお屋敷の北にある薬草園の世話を、たった五人で任されている。また薬草園だけではなく、お屋敷を囲う生垣や、中庭にある池の水質調査、水路の整備など、毎日やることは山ほどあり、家族総出でようやく仕事が回る状況だ。

 ハナを心配する気持ちがあったとしても、実際問題として、寿郎が一緒に訓練をする時間を作るのは難しかった。

 寿郎は広い肩をガクッと落とし、「すまないな……」とつぶやいた。

「父さんが謝ることじゃないわ」

「そうだよ。むしろいつまでも揉めてる上層部が悪いんだから、うちでは誰のことも責めないことにしよう」

 蒼志はハナの肩に腕を回し、「ハナも自分を責めるなよ」と優しく言った。

「ありがとう、蒼志兄さん。じゃあ、この話はもう終わりにしよう!」

「そうね。せっかくの夕食が台無しだわ」

「わんっ!」

 黒豆が元気よく吠えると、家族に笑顔が戻った。それからは今日あったことを話したり、冗談を言ったりして、いつも通りの時間が流れて行った。

「――そういえば、今日は放課後、クラスメイトに魔術を見せてあげたの。父さんたちが、女郎蜘蛛を倒した話を聞いた男子がいて、魔術を見てみたいってせがまれちゃって」

 食事を終えたハナは、黒豆を抱いて首の下をホリホリとなでた。

「それは大変だったな。何を披露したんだ?」

「トンボ玉の魔術は有事の時しか使っちゃダメだからってことを話して、呪文の魔術を使って、チョロチョロ水を出したり、細い火を出したり」

「相手の反応は?」

「大袈裟なくらい喜んでくれたよ。でも盛り上がりすぎちゃって、帰るのが遅くなっちゃった」

 黒豆は不機嫌に「ううー」とうなり、ハナの手を甘噛みした。帰りが遅くなった日は、少しだけワガママになるのだ。ハナは「ごめんね、黒豆」と言って、自分の頬に黒豆のフワフワした頬を摺り寄せた。

「そうか、そうか。せっかく披露したんだから、喜んでくれなきゃな」

 寿郎は満足げに何度もうなずいた。

「父さんの方はどうしてたの?」

「わたしは昨日助けた神保さんを訪ねてきたよ。三つ先の村にお住まいで、今日は大事をとって奥さんと一緒に家で休んでいたそうだ。もうすっかり元気になっていたが、念のためショウガの蜂蜜漬けを渡しておいたんだ。長い間女郎蜘蛛と滝の中で格闘していたから、風邪をひきかねん」

「あれを飲めば、風邪なんてすぐにどこかに行っちゃうね!」

 寿郎父さんの優しさに、ハナはにっこりした。

 寿郎はどんなに忙しい時でも、誰かにバカにされても、家族や他人への愛情を忘れない。いつも包み込むような愛情をハナたちに与えてくれる。それだけでハナは、今日のような強烈に嫌なことがあった日でも、心から安心することができた。

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