4、ハナは大勢にぐるりと囲まれる
「――た、ただいま、ハナが、帰りましたあ」
ハナは、夕焼けに染まる腕木門によろよろと近づいて行った。
結局あの後、理仁だけではなく、他のクラスの生徒にも魔術を見せてほしいとせがまれてしまい、一時間以上も魔術を披露することになってしまった。
そのため、大急ぎで川辺へ向かったが、すでにセイは家に帰っていた。いつも背中を預けている岩のそばに、紫色のカキツバタの花びらが置いてあった。セイの置き土産だ。ハナはそっと花びらを拾い上げ、セーラー服の胸ポケットの中に入れた。家に帰ったら押し花にしようと決めて。
「……はあ。待ち合わせ行けなくて悪かったなあ。明日、ちゃんとセイに謝らなきゃ」
門を通り抜けると、上に取り付けられた金色の鐘がカーンと鋭く鳴った。その途端、お屋敷の中に建つ家という家の中から、箒に跨った三日月一族がビュンビュンと勢いよく飛び出してきた。
「な、なに?」
蜂の巣をつついたような光景に驚いているうちに、ハナは三日月一族の大人たちにぐるりと囲まれていた。
「ハナ。お前のできそこないぶりにはほとほとうんざりしていたが、今日からはそれを見逃せないぞ」
そう言ったのは、ハナの正面に仁王立ちをする三日月宋生だ。
宋生は三日月一族の現当主で、寿郎父さんの一番上の兄だ。ただし、その寿郎父さんは輪の中にはいない。
「……と、突然なんでしょう、当主様」
「今日、輪野村三年祭の箒競争に出場する選手が選出された。一人は我が娘の三日月あざみ、二人目は平助の娘である三日月千恵、そして三人目はお前、三日月ハナだ」
宋生の言葉を合図に、その場にいた全員がガクッと肩を落とした。
「……はあ」
ハナがポカンとして答えると、宋生は目をカッと開いて怒鳴りだした。
「『はあ』とは何事だ! 良いか。箒競争は、三日月一族と桜一族にとって最も重要な戦いであり、絶対に負けられない戦いなのだぞ。なのにお前と来たら、まるで他人事のような顔をしおって。家族そろってだらしがないな、お前たちは!」
「でも、わたしは箒では……」
「わかっている。しかし公正な籤で決まった結果だ。覆ることはない。だが、負ける気も毛頭ない! そこでだ、ハナ。守護の魔術を使って、桜一族の妨害からあざみと千恵を護ること。それをお前の仕事とする。良いな!」
鋭い目でにらまれたハナは「……はい」と弱弱しく答えた。
「お前が当日までに飛べるようになる、なんて夢のようなことは起こらないんだ。せめて与えた役割をしっかり果たしなさい!」
宋生が羽織の裾を翻して箒に跨ると、他の者たちも箒に乗り、それぞれの家へ帰っていった。
最後まで残っていたのは、前当主であり、ハナの祖父である顕真だった。初夏にも関わらず、しっかりと着物と羽織を着て、鋭い目を光らせる顕真は、黙ったままハナを見つめてくる。ハナがおずおずと見つめ返すと、何も言わずに去っていった。
「ただいま蒼志が帰りました。……っと、ハナ。ハナも今帰ったところか?」
ポンと肩を叩かれたハナは、ハッとして振り返った。蒼志の不思議そうな顔と目が合う。
「……あ、蒼志兄さん」
「ひどい顔だぞ! どうしてこんなところに立ってたんだ?」
蒼志は鞄を放り投げて、ハナの肩を優しく抱いた。
「……兄さん、わ、わたし、箒競争の選手に、なったんだって」
「……ええっ!」
蒼志の叫び声に、北の裏山からやまびこが「ええ!」と答えた。
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