3、ハナは妖怪退治の話をする

「ねえ、三日月一族の人たち、旅の人を女郎蜘蛛から助けたんでしょう」

「北伊豆の方の滝でしょう? 妖怪ってあんなきれいなところにもいるのね」

「女郎蜘蛛って、岩みたいに大きな蜘蛛でしょう。想像しただけで怖い……」

「魔術を使ったってことだよね?」

「SNSで話題だぜ! 空から颯爽と現れて、あっという間に女郎蜘蛛を退治したって!」

 差し出されたスマートフォンの画面には、川辺にひっくり返った女郎蜘蛛の姿が映し出されている。無数の足の関節が無残に伸びたり、切り刻まれている光景は、小さな画面の中のことだとしても不気味だ。

 教室に入った途端、蟻が甘いものに群がる様にクラスメイトに囲まれたハナは目をパチパチさせた。

「わ、わたしは、一緒に行ってないけど、父さんが、当主様たちと助けに行ってたよ」

「三日月の人はみんな勇気があるのね。かっこいい!」

 一番の仲良しである雪が、讃えるようにハナの両手をにぎった。

 ――わたしは何もしてないんだけどな。

 ハナはそう思いながらも、「ありがとう」と答えて顔をうつむかせた。

「なあなあ、ハナも魔術が使えるんだろう。今日の放課後、ちょっとだけ見せてくれよ」

 そう言ったのは、理仁だ。理仁は一年半前に、この輪野高校へ転入してきた。以前暮らしていた町の近辺には魔術師がいなかったため、クラスで一番魔術に興味津々なのだ。湧き水のように澄んだ瞳で、ズイズイとハナに詰め寄ってくる。

「有事の時以外は、あまり使っちゃいけないんだけど……」

「そうよ、理仁。無理言わないの」と雪。

 しかし理仁は食い下がり、ガバッと頭まで下げてきた。

「頼むよ、ハナ! 俺、まだ一回もちゃんと魔術を見たことないんだ。前回の輪野村三年祭も参加できてないしさ。昨日もよっぽど北伊豆まで見に行こうかと思ったんだけど、親父にダメって言われて」

 ハナは背中がゾクリとした。魔術を使えない人が、魔術や妖怪見たさに妖怪の出た現場へ行くことはよくあることだ。SNSでは毎日のように妖怪の動画が上がっている。その度に、ハナの父親たちは大急ぎで救出へ向かっている。

 そんな危険なことを、自分のクラスメイトがやろうとしていたなんて。うまく止めなければ、大惨事を生む可能性がある。

 ハナはふうっとため息をつき、「わかった」と答えた。すかさず雪が「ハナ、良いの?」と心配そうに尋ねてくる。ハナは「めんどうだから」と目くばせをした。

「少しだけね。でも、見せてあげるから、もう妖怪に近寄ろうとしちゃだめだよ。本当に危ないから」

「やった! ありがとう、ハナ!」

 理仁はその場でぴょこぴょこと飛び跳ねて喜んだ。ハナの忠告は、あまり耳に届いていないようだった。

「C組の桜にも頼んだんだけど、全然ダメでさあ。アイツ頭固いよな」

 C組の桜と言えば清吾郎のことだ。

 ――セイってばうまくかわしたんだ。羨ましい。

 セイを悪く言われたことに腹が立ったハナは、「ふつうは簡単に見せるものじゃないから」と少し意地悪を言ってやった。

「ねえ、女郎蜘蛛みたいに大きな妖怪ってどうやって倒すの?」

 派手なグループの莉乃がワクワクしながら尋ねてくる。高校に入学してから三か月余り、今まではほとんど話したことがないというのに。

「えっ。そうだな。かわいそうだけど、たぶん動きを止めるために、足を切断するんじゃないかな。理仁の写真もそうでしょう」

「ああ、気持ち悪いよなあ」

 理仁は舌を出して、吐き気を催しているような仕草をした。

「でもそれだけじゃダメだよね。蜘蛛は糸を吐くもん」

「妖怪が技を使えなくするには、光を当てると良いんだ。だから、発光の魔術とかを浴びせるんだと思うよ。太陽と同じくらいの光量があるから」

「へえ! やっぱり本物の話は違うなあ。この前、妖怪退治のユーチューバーの動画見たんだけど、そんなこと言ってなかったぜ」

 そういう存在ならハナも知っている。そして、ハナたちは、そういった自警団のような存在にも困らされていた。自ら妖怪のもとへ突っ込んでいき、結局手に負えなくなって、ハナの家族に頼ることになるからだ。

 ハナは「危ないから、参考にしないでね」と苦笑いをした。

「それから、絶対に妖怪のいるところには行かないでね。今言ったような魔術が使えない限り、まず倒せない相手だから」

 その後も、授業が始まるまでハナは妖怪退治の話をさせられることになった。ハナとしては、この話をすることでみんなが妖怪を怖いと思って、興味が無くなれば良いと思っていた。しかしクラスメイトの目は、話をするごとにドンドン輝きを増しているような気がした。

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