2、ハナはセイと森で会う

 杉の木が生えた森を進み、小川の流れるシャラシャラという爽やかな音が聞こえてくると、セーラー服を着たハナは一層歩みを早めた。そして柳の木よりも大きな岩のそばに人影を見つけると、足場の悪い苔むした道をダーッと走っていった。

「おはよう、セイ!」

 岩に寄りかかって座っていた少年は、パッと顔を上げ、にっこりと笑った。

「おはよう、ハナ」

「待たせてごめんね。暑かったでしょう?」

「さっき来たところだから大丈夫だよ」

 セイはそう言って、川に浸していた足を上げると、「温かき光と風」とささやいた。すると、セイの濡れていた足や制服の黒いズボンは一瞬で乾いた。

セイは岩に寄り掛かったまま、桜の刺繍が入った靴下とスニーカーを手早く履いた。

「お待たせ。行こうか、ハナ」

「うんっ」

 二人は歩きやすく整備された街道には出ずに、木々を避けながら緑色の道を進んで学校を目指した。

「昨日、シソの収穫してたよな? 朝見た時は、三日月の畑の四分の一がちゃんと紫色だったのに、夕方にはすっかり無くなってて驚いたよ」

「父さんと蒼志兄さんと小糸姉さんと一緒に収穫したの。採ったシソはシソジュースにしたり、瓶に入れて保存したりしたの」

「いいなあ、シソジュース! でも、小春さんは参加できなかったんだな」

「うん。臨月だから、最近具合が悪いことが多いの。気分が悪いんだって」

「それならハコベが効くんだよな?」

 ハナは得意げにニッと笑って「そうっ」と答えた。

「わたしがしょっちゅう歌ってるから、セイも覚えちゃったね」

「ハナの声はきれいだから、自然と耳に入ってくるんだよ」

「ふふふ、ありがとう」

 夢中になって話をしながら歩いて行くと、やがて小高い丘の上に建つ、木造建築の高校の校舎が見えてきた。天辺についた鈍色の鐘が、ゴーンゴーンと鳴って、予鈴を告げている。

「おっと、ちょっとのんびりしすぎたな」

 ハナよりも目が悪いセイは、数歩前に進んでいき、額に右手を当てて目を細めた。

 ハナはセイの背中を、ジッと見つめた。

 ――もうお別れだなんて、早すぎる。時間が、止まればいいのに。

 くるりとふり返ったセイは、眉を八の字に下げていた。その顔を見て、セイも自分と同じ気持ちだとわかると、ハナの寂しさは少し和らいだ。

「……しょうがない。急ぐか、ハナ」

「……そうね。また放課後に会いましょう、セイ」

 セイはコクッとうなずくと、うっすらと色づいたホタルブクロが連なって咲くあたりを超えて、一足先に街道へ出た。セイの姿が遠ざかると、ハナも街道へ出た。

 すぐに追いつける位置にセイがいる。しかし、ハナは声をかけることができない。それは、ハナが「三日月華」であり、セイが「桜清吾郎」であるが故だ。

「……もっと堂々と一緒にいられたらいいのにね」

 小さく見えるセイの背中に、ハナはそっとささやいた。セイはふり返らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る