In.1 平凡魔法使いが、知らなかった話


 ウルバスが、食堂で特別なプリンを待ってワクワクしているころ、ギルドマスターの部屋では、ウルバスのあずかり知らぬ話がされていた




「ロアンタークの奴、よりにもよってウルバスに手を出したか



 まあ、あれだけ好き勝手やってたら、そう遠くないうちに、今回みたいにバカな事件を引き起こしただろうが


 しかし、あいつは運が良かったみたいだな

 もし、ウルバスが少しでも怪我を負っていれば、実家は取り潰しの上で、あいつ自身も死刑が確定だったろうに」



「家名がロンディーニ・・・あの子がロヴィンセル大公家の血縁であることは明らかだね


 おそらく、先々代の大公の4男であり、近衛騎士として活躍し、一代貴族の地位に就いたウェルバス様の孫、と言ったところだろうか


 だけど、あの様子だと彼は、このことを知らなさそうだよね」




「まあ、仕方ない


 ウルバスがウェルバス様に合ったことなんぞ有り得ない

 それに、あいつの親は、ウェルバス様の次女のお嬢様だからな


 長女は、センチュリアル商会の会長に嫁いでいるし、長男もロヴィンセル大公家の寄子の家に婿入りしてる

 当然、その子供たちの名前と顔も広く知られている


 だが、ウルバスはそうではない

 それに、あの歳の子どもにしては大人びた言動をしているが、それでも隠しきれないくらいには田舎っ子の雰囲気がある

 その事を考えると、社交界嫌いで有名だったあの娘のことだ

 田舎に篭って、平民として生活していてもおかしくはない

 ウルバスの親が、あの娘であることはもはや一目瞭然だ


 それに、あの娘のことだ、ウルバスに自分が貴族の、しかも、大公家なんていう、とんでもない血を引いているだなんて、教えてすらいないのだろう」



「まぁ、そうだろうね

 あの人ならやりかねないような気がする


 ただ、その割には、彼にロンディーニを名乗らせたまま旅出させているのは迂闊だと思うのだけど・・・



 あっ、そうだ

 急に話題変えるんだけど、彼のスキルは魔導士系みたいだよ


 戦闘用の魔法が使えて、その上〈魔法陣化〉のアーツも使える


 この国における、魔導士の地位を考えれば、バカ貴族一人なんて簡単に処分されるだろうね





 ところで閣下、私に何か隠していることがあるのではないのでしょうか?」



「!?

 な、何のことだかさっぱりだ」



「はぁー

 あのね、閣下


 いや、バルバロッサおじちゃん


 何年、私がおじちゃんのことを見てきたと思っているの

 一目見れば、直ぐに分かるよ


 それに、おじちゃんが私に隠し事なんて、できた試しがないでしょ!」



「ぅぐっ、た、確かにそうだ


 だがしかし、このことは迂闊に言いふらす訳にはいかないんだ」



「私、被害者


 彼がデサトフィアで冒険者になる以上、おじちゃんが隠し事してると、私が被害を被るの!

 冒険者ギルドのグランドマスターとしても、デサトフィア辺境伯家当主の妹としても!」




「うぐッ!


 それは・・・そうだな

 だが、聞いて後悔するなよ?



 昨日の夜のことだ

 ヴィンディオル殿下から、一通の緊急連絡が来た

 内容は、自分たちのパーティにいるメンバーの1人を追放する、という話だった



 最後まで読んだ結果、分かったことは、対象の名前が、ウルバス・ロンディーニであること


 表向きの理由は、実力不足であるから


 本当の理由は、デサトフィアのどこかにある魔導王の遺産を探させるため

 それと、ウルバスはスキルがまだ発現していないため、魔族に合わせたくないから


 ウルバスの性格や信条を考慮すると、追放された後、冒険者ギルドの本部に向かう可能性が高いため、見かけたら気に掛けて欲しいとの事だった


 そして、申し送りとして付いてたメッセージには、ウルバス・ロンディーニは

 ユリーカ・アノンの弟子であることと、

 その存在が、現ロヴィンセル大公にも認知されていること、

 それから、父親が16年前にエストレイマ王国に吸収されたロッセンガル王国の最期の国王を務めた赤子王ゼフィール・ロッセンガルであるということが書かれていた」




「!?


 お、おじちゃん!?

 そ、それって、冗談か何かだよねぇ!?」



「安心しろ、俺も最初は冗談だと思った

 だが、冗談であれば、急ぎで連絡するような事柄でもないだろう?

 殿下の性格を考えれば、自ずとこの内容が事実であると分かる」



「うぅ、確かにそうだけど


 ユリーカ様の弟子・・・そうだよねぇ

 勇者のパーティに所属していたんだから、魔法を習う上で一番理想的なのはユリーカ様かぁ


 いいなぁ、羨ましい」



「はぁ、何言ってんだ

 お前さんの方が、ユリーカ様より5、6歳くらいは歳上だろうが

 ったく、ほんの4、5年くらい前まで、姉貴ぶっていたやつのセリフとは思えんな」



「うぅぅ

 所詮、貴族の本家と分家の関係なんて、こんなものだよ


 幼い頃は、家格なんて関係なく、歳上が歳下の面倒を見ることが当たり前

 それなのに少し成長したら、身分差が、出身家の立場がすべてになる


 デサトフィア辺境伯家は、アノン大公家から大切な土地の一部を拝領して貴族になったことを起点とする一族

 だから、他の分家よりは高い地位と権力を持っているけど、それ以上に本家への忠誠心を誓っている

 だから私も、冒険者ギルドのグランドマスターの地位に就いていなければ、今頃はユリーカ様か、弟君のエウレンラトル様の専属メイドになってたはずなのにぃ


 なんで私が15歳になったその日に、先代グランドマスターは引退しちゃったの?

 あの人まだ、30過ぎたばかりじゃない」



「あいつにも思うところがあったんだろうよ」



「むぅー

 兄さんに文句言ってやるんだから!」



「っておいおい、今から領主邸に行くのか?」



「当たり前よ!


 っと、そうだ

 ウルバス君は、食堂に帰しておいたから、おじちゃん、彼を早めに迎えに行ってあげてよ」



「分かった、分かった」


「それじゃ」



 その日からしばらくの間、領主邸では壮絶な兄妹喧嘩が発生したとか、してないとか、といったような噂が囁かれていた

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