副店長ランの調整 368話
しっかりしないといけない!
そう思ったのは、メイド喫茶黒猫甘味堂ができる前、小さな喫茶店で働いていた時。
メイ先輩が忙しさのあまり倒れてしまい、お店が回らなくなった所をレイシア様に助けてもらったの。あの時初めてサチ様にお会いしたっけ。
サチ様が言い間違えて自分のことを「アニキ」って言ったものだから『兄猫様』とも呼ばれるようになったんだっけ。ふふっ。
あの時、ちゃんとできなかったことを反省したわ。メイ先輩におんぶにだっこではいけないんだって。先輩が店長としてメイド喫茶黒猫甘味堂がオープンした時、私が副店長に任命された。店長の頑張りから見たら、私の頑張りなんて大したことない。早く先輩に近づきたい。そう思って仕事を頑張って来たの。
あのね。メイ先輩って推しに弱いの。最推しはもちろんレイシア様。レイシア様がお店に来られた時は、メイ先輩ホントにポンコツになっちゃうの。それまでキビキビとお店を回していたのが嘘のようにダメダメに。そんなんじゃレイシア様からあきれられちゃうよ。そう思いながら休憩にしてあげているの。だって幸せそうなんだもん。同期のリンちゃんとほほ笑ましく眺めては、おじゃましないようにしているのよ。
小説家のイリア・ノベライツ様も推しの一人。レイシア様から紹介して頂いたの。レイシア様のお茶会でゲストに来たときも、先輩はポンコツになりかけたわ。
そして、もう一人の推しが少女歌劇団。ナノ様筆頭にした箱推し。
少女歌劇団って言うのは、数年前に突如現れた劇団なの。
貴族街ではオペラとか言うものがあるらしいんだけど、それを簡単にしたお芝居? 歌と演技を混ぜたような新しいお芝居を、下町で行う劇団ができたの。
年に二週間しか公演が行われないんだけど、その時はその話題で持ちきりになってしまう、そんな劇団が『少女歌劇団』。女性だけの出演者で行われるお芝居は、私達女性の憧れを凝縮したようなキラキラとした夢の世界を作り出し一気に話題をさらった。
お客様の9割が女性という、メイド喫茶黒猫甘味堂のような、女性の憧れになっている劇団。
そのメイ先輩の推しが目の前にいたのよ。しかもセリフを言ったのよ。みんなが大好きなあのセリフを!
「クリスティーヌ。君の美しい瞳は、薄汚い僕の罪を照らす太陽のようだ」
推しを前にして、ポンコツになった先輩をリンに任せ、浮足立った従業員たちの気持ちを引き締めた。これからお店が始まるのよ! みんなしっかりしようね。
みんなが開店準備を始めたのを確認してから、キジネコさんこと少女歌劇団のナノ様を連れて、メイ先輩のもとに今後の事を相談しに向かった。
◇
「落ち着きましたか、店長」
私はメイ先輩の様子を確認し、リンを現場に戻させた。
「え、ええ。さっきは取り乱して……ぶおわっ」
私の後ろに付いてきたキジネコさんことナノさんを見つけて吹き出した。先輩ったら、ホントに推しに弱い。ナノ様でなくキジネコさんとして対応して下さい。
「店長、真面目にやりますよ。ではキジネコさん。名前はナーシャさんでしたよね」
「ええ。ナノというのは芸名です。ナーシャが本名ですよ」
「どどど……どうしてもナノ様がこの店で働いておられるのですか! あれだけの人気劇団のトップなのに」
落ち着いて下さい、先輩!
「ああ。人気劇団と言っても、毎回赤字公演なんですよ」
「「はあぁ〜?」」
「セットや衣装、大道具小道具、脚本料やスタッフへの支払い、楽団への支払い、劇場の使用料、広告宣伝費……。チケット代上げるだけ上げてもまだまだ足りないのよね。まあさ、仕事でなく趣味でやっているから仕方ないんだけど」
たしかに。あれだけの豪華な舞台を維持するのはお金がかかることでしょう。私には分からない世界です。
「だから、公演は年に一度しかできないんだよ。1年間かけてみんなでお金を貯めて、練習して公演する。これがやっとの貧乏劇団さ。貴族街でできるようになれば、パトロンやスポンサーがつくかもしれないんだけれどね。あっちはみんなお貴族様のお抱えだからね」
そうなのですか。そんなに儲かる仕事ではないのですね。
「では、どうして最初から仰らなかったのですか?」
「趣味があるってことは、特別に言うほどの事ではないですよね」
たしかに。
「この店は本当に条件がいい。お給料もしっかりしているし。うちの劇団員何人かいるよ。めが猫とか、ヒロインだし」
めが猫さん? メガネ掛けてるから一部のお客様に人気のある眼鏡っ娘の?
「ああ。バレないように伊達メガネ掛けているんだよ」
先輩が興奮しだした。とりあえず落ち着かせよう。
「はい、店長は深呼吸して、そう、スーハースーハー。……それで、なぜ急にナノ様だと告白したのですか? 今まで内緒にしていたのに」
キジネコさんは、背筋を伸ばしてナノ様のオーラをまとった。先輩も私も緊張している。役者ってすごい!
「店長。劇団の主催者としてお願いがあります」
「は、はいっ! 何でしょう」
先輩、落ち着いて!
「私達劇団員を、執事喫茶で雇って頂けませんか」
「「はいぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙――――?」」
「さっきも言った通りなんだよ。私達にはお金が無いんだ。他の劇団員もこのメイド喫茶黒猫甘味堂で働きたがっているんだけど、中々募集しないよね。でも、新店舗、それも執事喫茶? 誰もどうしていいのか分からないみたいだし、私達には男役をするノウハウと演技力がある。みんなで行くなら拠点をオヤマーに移すだけで済むし、王都からも遠くないから好都合なの。家賃や物価も安そうだしね」
たしかに! 執事になってもらうのに、役者がいたら上手くいくよね。演技指導とかもできそうだから、新人さんが入っても上手く教育してもらえそうだし。先輩は? うわっ! 推しからの提案で全身震えているよ! どうするの? 先輩!
「わっっっ、私としましては、さっ、最高の条件なのだけど……」
声が上擦ってますよ、先輩!
「新店舗に関しては、私の一存ではなんとも言えないわ。一度レイシア様に聞いてみないと。レイシア他、出資者様たちに問い合わせて見ましょう」
先輩! さすがです! 店長として対応できましたね。
「では、店長はレイシア様に手紙を書いて下さい。私が持っていきます。キジネコさんは、今日はお休みにして下さい。明日みなさんに事情を説明して、改めて働いてもらいます」
「ああ。ありがとうございます」
「いいですね、店長」
「そうね、そうしましょう」
「ではこれで。解散です」
キジネコさんは帰って、先輩は手紙を書き始めた。
執事喫茶、楽しいことになりそうです。
その後、私が執事喫茶の店長に指名されるのだけど、それはまだ先のお話。
でも……
私は、本当は、執事喫茶にお客として行きたかったのよ〜!
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