六章 メイド長の忠告 373話

「それで? 相談したい事とはなんでしょう。サチ」


 旦那様にレイシア様が商人と帰ってくると報告を終えたサチが、個人的な相談があると私の所に来たのは3分前。

 なかなか話を切り出さないサチに、私は早く話すように強く言葉を投げかけた。


「は、はい。あの……ですね。プロポーズをされまして……」


「はぁ? 誰が? 誰に?」


「え〜とですね……。プロポーズされたのは私です」


「ええっ! だ……どなたからですか? えっ、サチがプロポーズを……?」


 予想外でした。以前のお見合いで結婚など夢にも見ないと言っていたサチが、恥じらいながらプロポーズの報告をしてくるとは。


「相手の方は……エル様です。今は黒猫甘味堂というお店の店主をなさっています。レイシア様とオズワルド様が店舗を増やそうと躍起になっているお店の店主です」


 レイシア様とオズワルド様が存じ上げている方ですか。身元は大丈夫みたいですね。レイシア様にも話を伺わないといけませんわね。


「それで? サチはどのようにしたいのでしょうか。私に相談したいと言う事は、断る気はないと言う事なのでしょう? まあ、お茶でも入れましょうか。長くなりそうですから」


 私はメイドにお茶を入れてくるように頼んだ。気がついていますわよ。ドアの外で聞き耳を立てているのは。噂話はほどほどにするのですよ。



「なるほど。経緯は分かりました」


 惚気なのか報告なのかごちゃ混ぜのような甘ったるい話。私は甘さを飲み干すように紅茶を飲んだ。


「そうですね。まずはおめでとうと言う事かしら。よかったわねサチ」

「はい。メイド長にそう言って頂けるとは思いませんでした」


「そうね。私もあなたの幸せを妨害する気はありませんよ。それでもこのプロポーズをあなたが受けるにはいくつかの障害がありますわね。ターナー家のメイドとして私からの条件もあります。あなたはターナー式メイド術の相伝者の証、ウエディングケーキナイフを託されたものなのですから」


 あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのですよ。まあでも、甘いだけでは幸せになれないのですから。


「まだ、お付き合いもはじめていないのですね。返事も行っていない。それはよい行動でした。まあ、どうしていいのか分からずにずるずると返事を先延ばししただけなのでしょうけどね。お相手も黙って待ってくださる良い方なのか優柔不断なだけなのか」


「うぐっ」


「おかしな息は吐かないように。まあ、先に私に報告したことは褒めてあげましょう。そうですわね。まず確認しましょうか。お相手の方はあなたが孤児院出身と言う事は分かっておられるのでしょうか?」


「……知らないです」

「でしょうね」


 わたしはため息をついた。サチは言葉が出ないみたいですね。ターナーでは孤児であっても神父様のおかげで差別はほとんどされないのですが……いえ、それでもどこかでまだ残ってはいますけど、他領に比べたらないにも等しい。それほど他領では孤児であった事が汚点にしかならないのです。サチもそれは分かっているみたいですね。どこまでかは分かりませんが。


「サチ? あなたはどうしたいのですか? 孤児だったと告白して付き合える相手なのでしょうか? お話を伺うとお相手は貴族出身の方。お身内の方がサチことを調べたらすぐに孤児出身と分かりますわよ。そうなった時、お相手の態度は変わりませんか?」


「……エル様は、孤児出身とか、そんなこと気にしない人です」


「……恋は盲目といいますから。そんなに信用していいのですか? お断りすれば調査などされずに、今のまま幸せに暮らせますわよ」


 言いたくないけど言っておかないと。愛とか恋だけでは現実は乗り越えられないのですよ。黙ったままですね。考えていなかった? いけませんね、それでは。


「そうですか。どうなっても受け止める覚悟だけはお持ちなさい。では、メイド長としてサチに言います。あなたはレイシア様の侍従メイドです。結婚と懐妊はレイシア様がご卒業なさるまで自重するように。そのくらいは待たせなさい。レイシアさまのために」


 まあ、三年位待てないような相手なら別れた方がいいというものです。


「できれば、卒業後もレイシア様の側に置きたいのですが。レイシア様が王都に残るのならそのまま侍従メイドとして働きなさい。ターナーに戻るのなら……。お相手ごと引っ越ししてきませんか? お付き合いする条件に織り交ぜなさい」


 あら? サチが真面目に考え始めましたわ。


「ターナー式メイド術に関しましては、レイシア様が平民後も侍従メイドとして付き合うのか戻るかで扱いが変わります。レイシア様に付き合うのであれば私達も新たな相伝者を作らなければいけません。今孤児の中から素質のありそうな子を二人引き取って仕込んでいる最中です。その時はウエディングケーキナイフを返却するように。いいですね」


 サチがいろいろと考え始めた。いいですよ。あなたの一生を変える問題です。いくらでも付き合ってあげましょう。それにしてもプロポーズですか。若いっていいですわね。悩みなさい。


 とりあえず、お相手の身辺を調べないといけませんわね。レイシア様にも影響が出ることですし。

 仕方がありません。ポエムに協力を仰ぎましょう。


 立ち聞きしているメイドに、新しいお茶を入れさせますか。明日は噂の的ですよ、覚悟しておきなさい、サチ。

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