八章 場違い 194話
「旦那様、ご準備はよろしいでしょうか」
執事が儂を呼びに来た。これから、レイシアが働いている喫茶店にいかねばならぬ。まだ小さいのに偉いものだ。仕事終わりには上質な料理を振舞ってやろう。
儂は馬車に乗って貴族街から平民の住む下町に向かった。
◇
「こちらから、歩いて下さいませ。旦那様」
広場で止めた馬車から、ポエムの言葉に従って儂は降りた。
下町を歩く。もう何十年行っていないことか。雑踏とした町並はあいも変わらず活気に満ちている。懐かしいな。
「そこの角を曲がりますと行列ができております。こちらの整理券をお持ちになり最後尾へ並んで下さい。30分程経つと番号が呼ばれますのでお入り下さい」
「儂一人でか?!」
「もちろんです。レイシア様からお一人でとおっしゃられましたので。もちろん安全面は私以下3名で見張らせておりますのでご安心下さいませ。では」
そう言うとポエムはスッと姿を消した。
ポツンと一人取り残された。こんな状況は近年無い。いつも執事や従者、業者の者や利害関係だらけの者に囲まれた生活。息苦しい毎日。
儂は新鮮な空気を大きく吸っては一度吐いて、レイシアのいる店へ向かった。
◇
「何あれ」
「場違いよね〜」
「似合わないわ、ここには」
ひそひそと、だか儂に届く声で少女たちは話をしている。怪訝そうな眼差しで……。
居づらい……。しかし儂はレイシアと約束したのだ。……聞いただけだが。もしやポエム、嵌めたのか!
儂は姿勢を崩さず、気にもしていない様に20分ほど耐えた。
店の中から、大勢の女の子達が出てきた。前のお客だろうか。儂をみながらクスクスと笑ったり、不審者を見るように避けて行ったり。
儂が何をしたというのだ。
鬱々とした気分になりながらも、儂は耐えていた。
最後にメイドが出てきた。メイドは少女達に向かって声をかけた。
「まもなくご案内いたします。整理券の順番に並んでお待ち下さい」
儂は7番か。ちょうど真ん中……。居づらい! 儂のところだけ前と後ろに大きなスペースができた。
避けられている!
儂は、今までの人生の中で一番の疎外感を感じていた。
「あら、レイシア様のお祖父様でしょうか?」
列を確認していたメイドが儂に話しかけた。
「ああ。レイシアに誘われたのでな寄ってみたのだ」
儂がそう言うと、周りがざわめいた。
「レイシアって黒猫様の?」
「黒猫様のお祖父様?」
「黒じい様?」
よく分からん言葉が聞こえてきた。
「レイシア様からお話は伺っております。まもなくお入り頂けますので、今しばらくお待ち下さい」
メイドはそう言うと、列の整理に戻りやがて店に入っていった。
いつの間にか、前後に空いていた空間は無くなり、周りの女子に囲まれていた。
「あの……黒、いえ、レイシアさんのお祖父様ですか?」
「ああ」
「「「きゃ――――――」」」
「あ、あの、レイシア様の小さい頃ってどうでした?」
「レイシア様、お家ではどのように」
「レイシア様の好きなものは!」
叫び声が上がったかと思うと質問攻めにされた。
「儂は外祖父だからな。あまりあえなくて普段の様子はよく分からん」
「小さい頃? 礼儀正しく賢かったな」
「好きなもの。本が好きだったよ」
答えるたびに、歓声が上がる。何なんだ、この状況は!
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
メイドがドアを開けて声をかけるまで質問は続いた。
◇
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
お客が入るたび、同じ挨拶が行われる。いらっしゃいませだろう? なぜおかえりなさいませ?
儂の番になった。
「「おかえりなさいませ。お嬢……様?」」
白と茶色のメイド服を着た者達が、戸惑いながら儂をお嬢様と呼ぶ。先に入っていた娘さんたちが固まっている。変な空気が流れる。
「こういう時は旦那様と言うのですよ、ランさんリンさん。いらっしゃいませお祖父様、カウンターへどうぞ」
おお、レイシア! メイド服?
「お給仕はメイドの仕事ですよね。どうぞお座り下さい」
言われるがままイスに腰掛けた。
◇
レイシアは一生懸命に働いていた。基本的には、裏で店長と料理を作っている。時々、メイドの手伝いをしながら。
「はい、お祖父様お待たせしました。私が作ったんですよ。どうぞ召し上がれ」
にこにこしながら、皿とティーカップを並べた。
「お茶を注ぎますね」
そう言うと、慣れた手つきで紅茶を注いだ。
儂は、見たこともないデザートにフォークを刺した。
柔らかい。
一瞬へこんだその菓子は、すぐにフォークを受け入れ刺さった。ナイフで切り口に運ぶ。
甘く柔らかいそれは、口の中で踊るように噛み切れる。バターの塩気とはちみつの甘さが心地よい。ふわふわの食感が新しい!
数回噛んだだけで喉に流れていく。
口直しの紅茶を飲むど、これがまた旨い。けして上等の茶葉ではないのに、苦味が抑えられた紅茶は口の中に残った甘さをあらいながし、魅惑的な芳香だけを残した。
「いかがですか?」
「旨い! 何だこれは!」
「それは、後で教えますよ。夕食ご一緒するのですよね」
「ああ。そのつもりだが」
「では後ほど。ごゆっくりお
そう言って仕事に戻っていった。
レイシアよ。
この女子だらけの空間で、どうやって寛げというのだ……。
儂は肩身を狭くしながら、『ふわふわハニーバター、生クリーム添え紅茶セット』なるものを食した。
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