黒猫甘味堂のこれから③店長137話

 いつの間にか女の子だらけになった。お客様も店員も……。

 この店で男って僕だけじゃないか?

 あれ? 僕の店ってこんなんだったっけ。


 お客さんも少なくなって、もうやめようかと思っていた3ヶ月前。閉店間際の店に一人の女の子がやってきた。レイシアちゃんだ。

 学園時代の、僕と付き合う前の悩んでいた妻のようでつい話をきいた。


 儚げな感じが妻を思いださせた。甘い菓子が苦手な所も……。僕は妻が好きだった、二人の失敗パンを食べさせた。


 そこから、レイシアちゃんは豹変したんだった!


 思い出した! いつの間にかこの店の経営ってレイシアちゃんのペースで変わっていったんだった。この2か月、僕はパンを焼いているだけの毎日!


 たまに来ていたメイちゃんはバイトとして従業員になり、常連だったご近所さんは女の子のパワーに負けてこなくなった。


 いつの間にか、バイトもさらに二人、ランちゃんとリンちゃんも混ざり、お店は全てレイシアちゃんの指示で動くようになった。


 ………………僕いらなくない?


 でも、そうだ。今まで忘れていたけど、妻がやりたかったお店ってこんな感じだったのかもしれない。女の子が元気を取り戻せる喫茶店。妻が亡くなってからお客さんが減り、変わってしまったお店を当たり前に受け入れていたのは僕だ。


 妻がやりたかったお店は、おっさんがだらだら過ごす店じゃなかったはずだ。

 僕は悲しみにとらわれて、そんなことすら忘れてしまっていたんだ。



 僕は妻を忘れようとしていたんじゃないか……?



 レイシアちゃんのおかけで、やっと妻が亡くなった現実を受け入れることができたのかもしれない。



 お店は大繁盛。レイシアちゃんをバイトリーダーにしてバイト代を上げた。他の子達のバイト代も少しずつ上げている。バイトが増えたので休憩時間や働く時間を短くするなど労働条件も良くなったはずだ。


 でもまだ感謝が足りない。僕の時間を動かしてくれたレイシアちゃんには本当に感謝している。なにか感謝を形に……。



「欲しいものですか? ではふわふわパンのレシピ、教えて下さい」


 ふわふわパンのレシピ⁉ あれは妻と僕との大切な……。いや、いつまでも留まってはいけないのかもしれない。思い出に縋りつくのはやめよう。


「他の人には話さないでね。それならいいよ」


「本当ですか!」


「ああ」


 僕はレシピを教えた。


「すごい。重曹がこんな役割を果たすなんて……。これは特許ものだわ」


 なにかブツブツつぶやいている。と思ったら勢いよく僕に言った。


「店長! 特許です! 特許取りましょう! 取らなきゃだめです! 大発見です!!」


 初めてパンを食べさせた時のような興奮ぐあい。僕は慌てて止めた。


「いや、いいから! 特許とか取れないから!」


 レイシアちゃんはしつこく食い下がったが、僕はとにかく断った。


 「ふわふわパンはいつでも好きに作っていいから」と許可を出して、なんとかその場を収めた。



 …………僕は、(特許を取っておけばあんなことにはならなかった)と後々後悔することになるのだが、それはまた別のお話。

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