黒猫甘味堂のこれから 135~136話

(閑話でないですが挟みます)


 これはメイがメイドになる、ちょっと前から始まる話。



「と、言われまして」


 レイシアがカンナから「休め」と言われた話を開店前に店主に話すと、店主は一瞬頭を抱えたが、ドアの外から聞こえるガヤガヤとした熱気を感じるとすぐに現実に引き戻された。


「その話は、今日を乗り切ったら話そう。さあ、開店だ」

 店主がドアを開けると、レイシアが笑顔で挨拶をした。

「いらっしゃいませ、お嬢様方。黒猫甘味堂、開店いたします」


 「「「キャ—————!」」」と、黄色い声が街中に響いた。


 店主はすぐにふわふわパンを焼きだした。

 レイシアは優雅にお嬢様方を席にうながした。


 「一回目はここまでです。整理券をお渡しします。二回目のお客様は10時25分、三回目のお客様は10時55分。4回目のお客様は…………」


 いまや週末の黒猫甘味堂は、30分完全入れ替え制。メニューは1種類『ふわふわハニーバター生クリーム添え紅茶セット』のみ、というめちゃくちゃ強気の商売方法でしか回せなくなったのだが、それでも女の子たちは朝早くから並んでは黒猫甘味堂でお嬢様扱い扱いされるのを待ち望んでいた。



「お願いがあるの」


 一人のお客様がレイシアに声をかけた。レイシアは「いかがいたしました?」と答えた。


「みんなで話してたんいだけど、『いらっしゃいませ』ではなく『おかえりなさい』って言ってもらえないかな。私たち、ここを自分の家だと思いたいの」


 レイシアが周りを見渡すと、女の子たち全員が無言で首を縦に振るとレイシアを熱いまなざしで見つめた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


 レイシアがそう語りかけると店中が歓喜の声に包まれた。


「では、お帰りの際は『行ってらっしゃいませお嬢様』がよろしいのでしょうか」


 店内は絶叫に包まれた。


「「「それ! それでお願いします!!!!」」」


 黒猫甘味堂の人気が不動のものになった瞬間であった。



「本日はありがとうございました。それではお気をつけてお出かけください。行ってらっしゃいませお嬢様」


 最後のお客様をお見送りした。時間は午後4時半。もうじき空はオレンジ色になりそうな時間。


「今日の後片付けはいいから、少し話そうか」


レイシアを座らせ、簡単なまかないを出す店主。


「お疲れ様」

「お疲れさまでした」


「食べながら聞いて。朝の話なんだけど、確かに働きすぎかもしれないね。お昼ご飯も食べる暇ないほど忙しくなってしまったからね」


「でもこうやって夕ご飯出して頂いていますし、お給料も上げてもらいましたし。入れ替え制にしてかららくになりましたよね。メニューも聞かなくていいですし」


「そうなんだけどね。お昼1時間お店閉める?」

「いまでも入れないお客様が多いのに…………暴動起きますよ」


 店主は想像してみて、頭を抱えた。

 レイシアは、「大丈夫ですよ今のままで」そう答えた。



136話


「おかえりなさいませ。お嬢様。はいっ」


「お、おかえりなちゃいませ」

「噛んだ! おかえりなさいませお嬢様」


「おかえりなさいませ! おじょうさま!!」


 メイは特訓を受けていた。もちろん講師はレイシア。開店まで残り30分。


「多くの事は望まないわ。大きな声と笑顔。後は背筋を伸ばすこと。これだけは気を付けてね」

「はいっ!」


 メイは猫背になりそうな背中をピンと伸ばした。

 レイシアは手順を考えながらメイに指示した。


「メニュー無くしてよかった。いい、紅茶は私が担当するから、メイさんはお皿を出す事だけ集中して。そう、ゆっくりでいいから優雅に出すの」

「はいっ」


「大丈夫です。メイさんは私の黒メイド服と違って、最近流行りのピンクミニスカートフリル満載のメイド服を着ているから、私と違うキャラでOKよ。ドジっ子でも妹キャラでも高飛車お嬢様でもツンデレでも好きにしていいわ」


 レイシアはラノベの知識を総動員してキャラを作ろうとした。

 同じくラノベ読みのメイは即座に反応した。

 店主は訳が分からず途方に暮れていた。


「じゃあ、内気な妹キャラでいいですか」

「いいわ! 演じるのよ! あなたは女優よ!」


 店主は諦めてふわふわパンを焼き始めた。口を出したらだめだ。本能でそう思った。



 開店5分前 メイをその気にさせたレイシアは、並んでいるお客様に整理券を配った。そして、大声で開店前の挨拶をした。


「まもなく黒猫甘味堂開店いたします。本日は新しいメイドが私たちの仲間になりました。お嬢様方には初めての対応故、何かと不備があるかもしれませんが、新人を一緒に育てる喜びを分かち合いませんか」


 レイシアは、お客様に「新人を推す(育てる)」という新たな世界カテゴリーを提示した。それにより、ハイクオリティのレイシアのような接客を求められることがなく、多少のミスすらほほ笑ましく受け入れられた。


 メイが入ったことで、時間をずらしながら昼休憩を取りこともできるようになり、レイシアの働き方はわずかながら改善した。


 ◇


「じゃあ明日からは一人で接客お願いします」

 日曜日、2日の実践を終えたメイに向かってレイシアは言った。


「私一人……。大丈夫ですかね」


「そうね。平日は客層が違うし、メニューも多いけど……。大丈夫ですよメイさんなら」

「なにその間! フラグ立てた⁈」


「ソンナコトアリマセンヨー」

「フラグ折って! お願い! どうしたらいいの~!」


 メイはレイシアに懇願した。


「仕方ないですね。メイドの基本は『女子に優しく男に素っ気なく』です」

「女子に優しく男に素っ気なく?」


「そうです! 理由は長くなるので今度ゆっくり教えますが、『男に素っ気なく』これは大切に実行してください」

「男に素っ気なく! それがメイドの基本!」


「一週間それで乗り切ってください。週末は私がフォローします」

「分かった。頑張る」


 メイは頑張った。平日に女子が来るようになった。

 黒猫甘味堂の売り上は改善した。いや、恐ろしいほどの売り上げになった。


 その間、店主は「無理はしない様に」と言い続けていた。あまりの変化についていけないことと、案外暇で儲からない喫茶店が実は居心地がよかったという事もあり、急激な変化に戸惑っていた。


 そして、平日も女子のための世界になってしまい、常連のおっさんたちは来なくなってしまった。


 店主は一抹の寂しさをおぼえたが、いまさらどうしようもない。これからの経営方針を立て直さないといけなくなった。

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