店主の決断 199話
この一年、本当にいろいろあった。
妻が亡くなってから、細々と常連のおっさんたち相手に続けてきた黒猫甘味堂。妻としていた時とは客層も変わり、そろそろ潮時かなと思っていたところにレイシアちゃんがお客様として入ってきた。
あの子は妻が派遣した妖精かなにかなのではないだろうか?
そう思ってしまうほど、変わった子だった。
妻との思い出のメニュー『ふたりの失敗パン』を食べた彼女は、あっという間に改良を始め、素晴らしいお菓子に変えてしまった。お店のお客様もおっさんたちが消え、女の子だらけになった。
やがて大勢の人、貴族のオヤマー様や老舗商会のカミヤ商会まで巻き込んで、新店舗へ引っ越すことになった。店名も『メイド喫茶黒猫甘味堂』と変わり、従業員もレイシアちゃんの思い付きで料理人まで含めて、全て女の子が採用された。
あれ? 僕の居場所なくない?
もともと妻と開いていた店舗は、ご祝儀代わりに実家から貰ったもの。今はサチちゃんの住居と研修施設として利用しているのだけれど。
◇
「レイシアちゃん、相談があるんだけど」
僕は、彼女にこれからの事を相談した。彼女は快く応援してくれた。
◇
12月1日。日曜日だけれどお店は臨時休業。レイシアちゃんとサチちゃんのお別れパーティーを従業員全員で行った。
「黒猫様がいなくなるなんて!」
「さみしいです!」
「学園での勉強、頑張ってください!」
「姉猫様!」
「もっと一緒にいたかったです」
別れを惜しむバイトたち。それでも、お別れ会は楽しく過ぎて行った。
「では、これからの事について発表します!」
レイシアちゃんが、今後のお店の体制について説明を始めた。
「現店長はオーナーとして店長を引退します。明日からはメイさんがメイド喫茶黒猫甘味堂の店長になります」
お店中が驚きの声と拍手の嵐。メイちゃんは目をクリクリしながら驚いている。
「メイさん。私たちはあなたに店長として必要なことは全て、いえ、それ以上の事を教え込みました。大丈夫。このお店を託せるのはあなただけです。自信をもって下さい」
レイシアちゃんとサチさんがメイちゃんに語り掛ける。メイちゃんが立ち上がり挨拶をした。
「わかりました。……明日から店長になりますメイです。みんな、盛り上げていくよ—————」
「「「おおぉぉぉ—————」」」
信用のおけるバイトリーダーだった彼女は、すぐに受け入れられた。
「副店長はランさん。リーダーはリンさんとルルさんにお願いします」
「「はい!!」」
新体制を発表し終わり、最後にこう言った。
「私とサチは黒猫甘味堂を卒業いたしますが、月に一度ほどシークレットでメイドとしてどちらかがお手伝いに参ります。楽しみに待っていてください」
そう言うと、会場のボルテージが一気に上がった。最後まで驚かされる経営手腕。全員のやる気を一気に引き上げた。
その後、僕と2人はみんなに記念の小物をプレゼントした。
◇
さて、その後の僕はどうしたか。
もともと開いていた「黒猫甘味堂」を再開することにした。もちろんメイドは入れずに僕一人で。
サチさんは相変わらずここに住んでいる。僕は日中しかいないし、彼女は夜しかいないから何も問題はない。昼の内に仕込んでおいたふわふわパンの粉を、朝のうちにメイド喫茶の方に持って行ってくれるので助かっている。
お客は昔みたいにおっさんだけ。それはそれで心地よかったりする。
レイシアちゃんがお祝い代わりに新メニューを開発した。ふわふわパンを半分に折り、あいだに野菜と濃いめに味付けをした肉団子を挟む『バグットパン』。栄養バランスと腹持ちのいいことで、常連客に受けがいい。レイシアちゃんはさっそく特許を取りに行った。
「この店でしか販売しないから特許料が回収できないよ」
オヤマー様から宣伝しないように言われているので心配になったが、レイシアちゃんは「これは、未来への投資なのでいいんです」と言って特許の誓約書を嬉しそうに見せてくれた。
たまに、サチさんが店を手伝ってくれる。ありがたいのだが、常連のおっさんに「ここに住んでいるんだろう。嫁に貰え」とからかわれるのが面倒くさい。
妻との店が再開できて本当に良かった。
それにしても…………
商業ギルドの通帳に溜まっていくメイド喫茶黒猫甘味堂のオーナー手当と特許料。凄いことになっているんだけど……どうしよう。
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