第三部まとめ

二章 法衣子女、初めてのお茶会 387~388話

 ガタゴト ガタゴト ガタゴト ガタゴト


 レイシア様が仕立てられた馬車に揺られながら、私たちは学園から大通りを進む。本来のお茶会はそれぞれが馬車を仕立てホストの家まで行かなければいけないのだけど。レイシア様は「分かりにくい場所ですので、学園に集合しましょう。私が馬車をよういしますので」と、私たちを気遣って言ってくれた。馬車なんか私達には高くてどうしようと思っていたから。


 そう。私達は全員お茶会に行くのは初めてなの。誰一人呼ばれたことがないのだからどうしていいのかよく分かっていない。お茶会自体は授業で練習しているのを見学しているから分からなくもないと思っているんだけど、お家への行き方なんて聞いてないから! レイシア様の気遣いにほっとしていたんだ。

 余所行きのドレス着るのだって一苦労なのよ。法衣貴族専用の女子寮で、メイドコースの子に頼み込んで着せてもらったんだから。よそ行きのドレスは一人じゃ着られないから。調子に乗って髪をアップにしたり、薄くだけどメイクをして貰ったり。手土産も持って行かなくちゃいけないから、かなりの散財だわ。これでつまらなかったらどうしよう。お茶会初めてだし。主催者がレイシア様だし……。


 レイシア様はいろいろ変わった方。2年生なのに1年生の授業に出ているし、奨学生?だし。なにかよく分からないけど、お金が無くて授業料を払っていないらしい。そのためか、高位貴族の中で浮いている。今回のお茶会も高位貴族の出席はなし。法衣貴族の中でも「出ない方がいいわよ」という人たちが大半。それでも私が参加に踏み切ったのは、一度でもいいからお茶会を体験したいという小さい頃からのあこがれと、お茶会のスペシャルゲストが、なんと、あの、『無欲の聖女と無自覚な王子』の作者イリア・ノベライツ様なのよ! 学園の最上級生じゃないかと噂されているけど、誰も知らない覆面学生作家のイリア・ノベライツ様! 去年『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』も良かった。あの本でファンになったの。そのイリア・ノベライツ様がサインをして下さる! これは何としてでも行かないと! と前のめりでお茶会の出席を申し込んだ。私達を入れて15人が参加。みんなお茶会初めての子たち。お茶会呼ばれるような子は、わざわざ来ないわよね。


 みんな緊張しているのか、馬車の中は静かだった。ガタゴトと車輪の音と、カツコツという馬のひずめの音だけが響いている。


「あれ、どこに行くの? ここから先平民街よね」


 隣の子が小声で私に聞いた。平民街へは一度門で止まってチェックを受ける。御者は慣れた調子で門番と話しすぐに馬車を出した。


 馬車の中がざわつく。誰かが御者に「ここ、平民街ですよね」と聞いた。


「ご安心を。まもなく着きますから」


 まもなく着くと言っても平民街よね。初めて来るけど大丈夫なの? どうしてこんな所に? 不安でいっぱいになりながらも私たちはどうすることも出来なかった。


 ごちゃごちゃとした街並みを抜けて一軒のお店の前で馬車が止まった。お店の前にはカラフルなメイド服を着た少女たちが整列していた。


「ようこそ私のお茶会へ。さあ、お入りください。みなさん、お客様をご案内して」

「「「はい」」」


 私たちは一人ひとりにメイドがついてエスコートをしてくれた。え? お茶会って一テーブルに一人メイドがいれば十分なのじゃなかったっけ?


「ええ。そのつもりでしたが、皆さんやる気が強すぎて断れなかったのです」


 レイシア様が困ったようにつぶやいた。


 中に入ると音楽が聞こえる。弦楽三重奏のゆったりとしたメロディが心地よく奏でられていた。席に座るとお茶とクッキーが配られた。全員にいきわたったタイミングで、レイシア様が正面に立ち音楽を止めた。


「ようこそ。私のお茶会へ。私も初めてのお茶会なので至らない所があるかもしれませんが、今日は楽しんで頂ければ幸いです。いろいろと用意いたしましたので、ごゆっくりおくつろぎください。では、皆様の幸せを願ってお茶会を始めます」


 軽快なファンファーレ代わりの音楽が流れた。レイシア様は挨拶のため席を回り始めた。


「さあ、お茶が冷める前にお口づけを。おかわりとメインのお菓子は後ほどお出し致しますのでお楽しみに」


 わたしは、クッキーを一つ摘み口に入れた。


「おいしい」


 あちらこちらで「おいしい」の声があがった。ほんのりとした甘さのクッキーなんて初めて。それにサクサクしている。なにこの口当たり。甘くないのに濃厚なバターの味が何とも言えずにおいしい。そしてこのジャムは何? 食べたことがない味。


「ジャムですか? それはターナー領の名物、サクランボのジャムです」

「サクランボですって!」


 どうしたんだろう? 向こうで大声をだした子がいた。


「サクランボのジャムって……。もしかしてお兄様が言っていた、去年商人コースで一瓶金貨1枚で売られたサクランボのジャム⁉」

「ええ。そんなこともありましたわね」


「……もしかしてレイシア様って、やさぐ」

「その名前はやめましょうね」


 レイシア様がにっこりと……にらんだ? コクコクと首を振り黙り込んだみたい。

 でも、金貨1枚って……そんな高級品なの、このジャム。


「なにかお値段で緊張している方がいるみたいですが心配しないで下さいね。私の出身領の特産品で、今年の試作品ですから。売り物ではないので値段は気にしなくて大丈夫ですよ」


 大丈夫じゃないよ! お金がないんじゃなかったの? それとも高位貴族って私達と金銭感覚が違うの?


「残されたら捨てなくてはいけません。せっかくですから全て食べて下さいね」


 そう言われてしまえば食べざるを得ない。というか食べたい。食べる! まあ落ち着こう。紅茶を一口……。おいしい! 紅茶ってこんなにおいしいの!

 クッキーと紅茶を交互に口にしていたら、レイシア様が私たちのテーブルに来た。


「ようこそいらっしゃいませ、サーヤ様、シリア様、セーヌ様」

「名前、覚えていて下さっているのですか?」

「当たり前です。お茶会ですから」


 ニコニコと笑顔で応えるレイシア様。私達は手土産をレイシア様に差しだし、レイシア様はお礼を言いながら受け取るとメイドに正面のテーブルに運ばせた。


「レイシア様。ここはレイシア様のお住まいなのですか?」


 私は思い切って聞いてみた。


「ここですか? ここは普段は喫茶店なのですよ。メイさん」

「はいレイシア様、お呼びでしょうか」


 音もなくメイドが現れた。


「こちらがこのお店の店長のメイさんです。説明してあげて」


 メイドがにこやかに私を見てお辞儀をした。


「初めましてお嬢様。このお店は女性のためのくつろぎのお店、メイド喫茶黒猫甘味堂です。従業員は全てメイドとして、お客様のお嬢様方に尽くすという夢のような喫茶店です。衣装、料理、お店の内装、全てレイシア様の監修のもと作られたお店です。我々はレイシア様を神と崇め」

「もういいわメイさん。落ち着こうか」

「これからがいい所ですのに」


 ブツブツ言いながらメイさんが下がっていった。


「一年生の時に小さな喫茶店でアルバイトをしていたら、いつの間にかこんな大きなお店になったの」


 アルバイト! 何しているのですかレイシア様。それに「こんな大きくなっちゃったっての」って何? 高位貴族ってみんなこうなの? 気がつくとレイシア様は他のテーブルに移っていた。



388話

 レイシア様はテーブルを周りながら会話を引き出していった。おかげで普段は話す事もない方々と仲良くなることができたわ。このお茶会に来ているほとんどの人は読書好き。そう、ゲストにつられて参加した人が大半だから。話は自然に好きな小説や作家様のお話になった。


「ねえ、学園には選ばれた方しか入れない秘密の読書サークル『貴婦人の集い』というものがあるそうよ」

「貴婦人の集いですか?」

「そうらしいわ。きっと高位のお嬢様の集まりなのでしょうね」


 同じテーブルに座った子たちとそんな話をしていたら、メイドが新しいお茶を持ってきた。今度のお茶うけはドライフルーツ?


「濃いめに入れたお茶にたっぷりと温めたミルクを注いだミルクティーです。お好みでお砂糖をどうぞ」


 ミルクティーを一口飲んだ。濃厚なミルクの味と香り立つ紅茶がお互いを引き立て合わせている。砂糖を一匙入れてかき回した。


 これ、そのままでお菓子じゃないの! そう声をあげたくなるほどのおいしさ。こんな紅茶を飲んだら、甘いだけのお菓子なんて食べられなくなっちゃう。ドライフルーツを口に入れると、独特の酸味が口の中を爽やかに引き締めた。そしてまた紅茶を飲むと、口に広がったブドウの香りがミルクティーの新たな魅力を引き出した。


 誰一人声を出さすにミルクティーを飲んでいる。声を出さないんじゃない。出せないんだわ。静かに、しかしあっという間に紅茶がなくなった。


「それでは、ここでゲストをお呼びいたします。イリア・ノベライツ様こちらへ」


 レイシア様が声をかけると、メイドにエスコートされた美しい女性が入ってきた。この方がイリア・ノベライツ様? シンプルなドレスが知的な大人の雰囲気を醸し出している。素敵! 


「ごきげんよう。イリア・ノベライツです」


 特徴的な声で挨拶をすると来賓用のイスに座った。


「イリア・ノベライツ様は無口な方なのです。今日は私のために特別に来ていただけましたが、普段はこういった席には出てこない内向的な性格の方なの。その分作品はとても冗舌になるのですね。今日はみなさまがお持ちになった本にサインをして下さいます。。本をお持ちでない方のために、こちらで物販もしています。幻のデビュー作忘れたい黒歴史や、発行部数が少ない貴重な人気が無くて売れ残っている本もございます」


 なんですって! 即売会までおこなわれるの! 地方では中々回ってこないイリア様の貴重本が! お金いくら持っているかな? お茶会の準備で大分使ったから……。でも、本は買えるときに買わないと! 二度と出会えないわ!


 私は急いで販売コーナーに行ってはどこまで買えるかお財布と相談しながら本を選んだ。あ、あの子全部買っている! うらめし……いえ、うらやましいですね。なけなしのお金を全部つぎ込んで2冊買うとサイン会の行列に並んだ。


 イリア様はサインをしては握手をしていた。


「ファンです! うれしい!」

「ありがとう」


「無欲の聖女と無自覚な王子、最高でした」

「ありがとう」


「わたしも先生のような作家を目指しているんです!」

「がんばってね」


「嬉しいです! もう手は洗いません」

「いや、洗おうよ」


 イリア様は握手と共に優しく声をかけていた。大人の振る舞いなのでしょうか。ステキすぎます! 私の番がやってきました。ドキドキしながら買ったばかりの本と持ってきた本5冊を差しだした。

 スラスラとサインをしてくれて手が差しだされた。え? 私が握手してもいいの? 本当に? おずおずと手を差しだすと優しく握ってくれた。


「あの……ずっとファンです!」

「ありがとう」


 キャー! 生声! 生握手! 頭の中がふわふわしているよ。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫れす。好きです!」

「ふふ。ありがとう」


 私はメイドに連れられて席まで戻っていた。握手会も終わり、イリア様は笑顔で手を振りながら去っていった。


 どこのテーブルも、イリア様の素晴らしさについて話が盛り上がっていた。授業が一緒と言ってもあまり接点のなかった者同士が、イリア様と読書好きの縁でつながっていったの。


 いつの間にかテーブルの上には新しいお菓子と紅茶が置かれていた。レイシア様が全員に語ったの。


「お楽しみの皆様に、最後のお菓子と茶を配らせて頂きました。メイド喫茶黒猫甘味堂の看板商品、『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』です。珍しいお菓子ですがフォークとナイフでお召し上がりください」


 フォークを当てるとフニャっと沈みながら突き刺さる。なにこれ? お菓子って硬いものじゃないの? すっとお菓子にナイフを入れると抵抗なく切れていく。蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がる。柔らかな生地はふわふわとした口当たりと、ハチミツを吸ってしっとりとした口当たりの二つの食感。なにこれ! おいしすぎる! 生クリームをつけてもう一口。砂糖の甘さとクリームの濃厚さが蜂蜜の香りを抑え口の中を軽くする。バターの塩気が心地良い。高位貴族のお菓子ってこんなに凄いの!


「こちらのお菓子はこのお店で出されているものです。平民の食べ物ですがお口に合いますでしょうか」


 平民のお菓子ですって?! おかしくない? 私がたまに食べられるお菓子より平民のお菓子のほうがおいしいなんて!


「紅茶とセットで2000リーフになります」


 えっ? 2000リーフ? 紅茶とセットで小銀貨2枚なの? 嘘でしょ! そんなに安く売っているの?


「このお菓子、テイクアウトはできますか?」


 端のテーブルに坐っている子が大きな声で聞いた。


「申し訳ございません。こちらはこの女の子の夢のお店黒猫甘味堂で、温かいまま食べていただくために、オーナーとレイシア様が研究に研究を重ねて作られた逸品。特別感を味わっていただくため、お持ち帰りはご遠慮してもらっております」


 店長さんがていねいにお断りをした。……ってレイシア様、このお菓子レイシア様が発明したのですか?!


「レイシア様、お時間です」

「あら、もうそんな時間? 皆さま、楽しい時間は早く過ぎるものですね。暗くなる前に皆さまを学園まで送り届けるために、今日のお茶会はここまでにしたいと思います。いかがでしょうか。楽しんでいただけましたか?


 会場から拍手が巻き起こった。いつまでも続く拍手を、レイシア様は手を上げて止めた。


「お土産にクッキーを用意いたしました。さすがにジャムはつけられませんが、シンプルなクッキーもおいしいですよ」


 メイドさんからクッキーの入った袋を手渡された。


「20枚入りですので、お友達やご家族と一緒に召し上がって下さいね」


 20枚も入っているの! いくらするのよ! だめ、友達になんか上げられない。だって最初に出たクッキーでしょう。おいしいに決まっている!



 帰りの馬車の中は来るときとは違い、みんな興奮しながら話しまくっていた。


「ねえ、貴婦人の集いを真似してここにいるみんなで新しい読書サークルを作らない?」


「いいわね」

「すてき」

「そうしましょう」


 馬車の中でサークルを作ることが決定した。学園についたら他の馬車に乗っている子達にも誘いをかけよう。


 本当にお茶会に来てよかった。こんなに本好きな方たちと巡り合え友達になれたし、夢のような空間でおいしお菓子も頂けたし。イリア様は美しくて素敵でしたし。


 またお茶会開いてくださいませんか、レイシア様。

 私は心の中でレイシア様を拝んだ。



 寮に帰ると手伝ってくれた子達が押し寄せて話を聞きに来た。もちろん来てくれないとドレスも脱ぐことができないからありがたいんだけど……。


 素適なお店、おいしいお菓子、そんな話をしていた時、メイルがクッキーを見つけた。


「これがそのクッキー? 1枚ちょうだい!」


 止める間もなくクッキーを頬張ったメイルは「なにこれ、おいしー」と、大声を出した。


「わたしも」

「わたしももらうね」

「1枚ちょうだい!」


 やめてー、私のクッキーが……。


「こんなおいしいクッキー食べてきたの!」

「わたしも行けばよかった〜」


 ああ、私のクッキー。


「これお土産でしょ。あなたはもっとおいしいお菓子食べたんだよね」


 はいそうですね。でも、全部食べなくても……。



 レイシア様、法衣貴族は軽々しく高位貴族に話しかけてはいけないこと知っていますよね。もしお声をかけて頂ければ、読書サークル「子猫たちのおやつ」にお誘いできるのですが。

 それから、私達だけで平民街にある黒猫甘味堂にはたどり着くことはできませんでした。平民街に行くには勇気が足りないのです。場所もあやふやにしか覚えていないのです。


 レイシア様、お願いです。またお茶会を開いて下さい! 私達は他のお菓子では満足できない体になってしまったのですよ!

 責任取って下さいませ〜!

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