無責任な言葉

学生作家志望

時間をかけていけば

死にたい、死にたい。


そう思って他の人に相談をする。でも、返ってくる言葉は


「生きていればなんとかなる」という言葉一つだけだった。


と、こんなことをネットでよく目にする。


最近になって、「自殺」が社会の大きな問題の1つと捉えられるようになってきたと思う。


もちろんそれは身近な学校でも1つの話題になることが多くなってきた。


そう…身近になったんだ。「自殺」というのが本当に近くに存在しているんだ。


自殺配信、自殺動画、自殺画像、こんなのが当たり前に100万も超える数で見られているんだ。


一昔前まではそうじゃなかったかもしれない。

だが今は、人が死んでいく瞬間を簡単に見る事が出来てしまうようになったのだ。


どんどん近付いて、そしてまた一人、また一人と自ら命を絶っていく。


そして絶望しきった人間がSNSでその姿を見て、また一人…


…これはあくまでも持論だが、人というのは自分にとってマイナスなものほど影響されやすく、プラスなものほど影響されにくいんじゃないかと思う。


というより、本来人が行わないマイナスの事が、その人の中ではプラスに変わってしまうという場合がよくあると思う。


特に「自殺」はその典型的な例で、人生が楽しい人ほど自殺なんてマイナスなことだと意識をするが、人生が辛い人ほど早く楽になりたいと思って「自殺」をプラスに意識してしまう部分があるんだと思う。


だからこそ、「生きてればなんとかなる」のような言葉も全て無責任に感じてしまうのだ。


信頼している友達に相談。信頼している先生に相談。信頼している親に相談………


残酷だが、どんな人に相談をしようと結局人は、人の言葉1つではすぐに変わることは出来ないと思う。


そもそも人の行動や言動だけですぐに変われるなら自殺を考えるほど深刻な状況ではないはずだ。


本当に辛い…死にたいと思うからこそ、誰にどんな言葉を吐かれようと「無責任」というマイナスに予測変換してしまう。


人が人を変えることはかなり難しい、出来たとしてもそれは1年や2年経った後からプラスだったんだと自分の心の中で変換できてからだ。


そう、最終的には自分の中で解決して終わる。


変わるには、自分の中で考え方とかを変えるしか方法は無い。


それが成功すれば人は段々と変わっていき、あの時相談したあの人が吐いていた言葉がポジティブな意味だったんだと認識するようになる。


…やっとその時、その人に感謝をしたくなるものなのだ。


これはあくまでも人が立ち直る事が出来た場合の話で、それがずっとマイナスなままになってしまって亡くなる人も多数いる。


優しさとか厳しさとか、何をしたってその人の辛さを理解することも救うことも無理な話だ。


…それでも、時間をかければその人を救うことは不可能じゃないはずだ。


美味しいご飯を奢るとか、いい景色見るとか、そんなんでいい。無理に名言なんて言おうとしなくていいんだ。


少しずつ、少しずつプラスに変換させることは可能だから。


いつか全部プラスに捉えられるようになったら、


「毎日楽しい!ありがとう、本当に生きててよかった!」


って今度は自分の小さな支えになってくれるはずだから















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