第5話 寺の鐘
そんな父もだんだんと年老いていきました。
僕も弟も結婚して、家を出て行きました。
僕の妻も、弟の奥様も、父の事が苦手で実家に立ち寄る事は殆どなくなっていました。
けど、その日。
僕と弟は、母に呼び出されて、久しぶりに家族4人が揃った、そして最後の日になりました。
父はしばらく前から認知症が始まっていて、ヘルパーさんをつけるかどうか、母は僕らと話し合いたかったんです。
本人はそんなプライドの高い人なのだけど、1人て自動車で出掛けて、何やら違反をして警察に捕まったとか。
パトカーに乗って帰って来たので、さすがに本人もしょげてるから、今のうちに話を進めたいと。
別の部屋でこんな話をしている間、父は家族の知らないうちに持病の大動脈瘤が破裂して心肺停止状態になっていました。
マッサージをして、心臓は動き始めましたが、もう一度止まったら措置はしませんと医師にいわれ、その通り翌日父は旅立って行きました。
母はそう言った知識に疎いため、長男の僕が喪主を務めました。
こういう言い方は、故人に対し肉親が言うのもアレですが、DIYが得意で外面の良い父は近所の人に非常に好かれていて、家族葬の筈が盛大に送り出す事が出来ました。
1周忌か3回忌か忘れました。
酷い話です。
その時、母は膝の手術の為入院。
弟は、携帯電話の機種変のあれこれで連絡不能。
父の兄と妹(叔父・伯母)は日付を間違える、と言った意味不明を含む理由で、法事に参加したのは僕1人という異常事態がありました。
1番父と仲が悪かった僕が1人で、お坊さんと応対して、墓に行って塔婆を納めるという。
なんとも皮肉な事になった日の前夜の事です。
僕は1人で実家に泊まっていました。
母が1人で墓参に行けるように、菩提寺は近所を選んだんです。
仏前に備える果物籠の手配を終えて、やれやれと寝ようとした10月頭の事。
ちょっと蒸し暑かったせいか、窓を網戸にしていた覚えがあります。
携帯サイトを眺めながら、眠気が来る事をずっと待っていると、窓の外から鐘の音がする事に気が付きました。
ゴーン。
実家の近所にはお寺がありますから、今でも除夜の鐘は聞こえるそうですけど。
繰り返しますが、当日は10月初旬。
夜中に鐘を鳴らす訳がありません。
ゴーン。
ただ僕は、
「ああ、鐘が鳴っているなぁ。」
と思いながら、そのまま寝てしまいました。
明け方、さすがに冷えたので窓を閉めようと起き上がりました。
ゴーン。
ん?
こんな時間にお寺の鐘?
ようやく頭がはっきりした時には、二度と鐘の音はしませんでした。
頭をカキカキ菩提寺に行きました。
仏教では基本的に霊の存在は否定しています。
ただ、非常に歳若くてフランクな住職さんなので、夕べこんな変な事があったんですよ。
って話ました。
「確かに霊はいないって事にしてますけどね。」
御住職が言いました。
「私が毎朝、ここ(仏前)でお勤めしていると、沢山の人が後ろに座って私の経を聞いてくれてますよ。」
はぁ、そうですか。
「しばらくお父さんはあなたの夢に出てきますよ。それはお父さんが1番今も頼りにしているのはあなただからですよ。」
実際、父が夢に出てこなくなるまで数年かかりました。
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