第6話 民宿

さて、こんな怪談なんだかホラ話なんだかよくわからない話も最後になります。


僕は大学の生協ローンで、自動車と自動二輪の免許を取りました。

アルバイトをして、スズキガンマ250というバイクを買いました。

原チャリ免許しかなかった時に、ゼロハンのガンマが欲しかったんですよ。

だったら中免取って250か400に乗ろうと。


今調べたら、僕が買った直後に製造中止になっていたとか。

ギリギリでしたね。


閑話休題。

僕は1年から所属していたサークルに加えて、友人の紹介で学内ツーリングクラブに参加させてもらえる事になりました。


そのツーリングでの出来事です。


その回は、茨城県の袋田の滝に行って、温泉で一泊する計画でした。

ただ僕は、翌日の2限にゼミがあった為、日帰りでの参加となりました。


遅刻・早退・中抜け、なんでもありな緩いところがなんとも魅力的なクラブでしたねぇ。


14時過ぎ、温泉に向かう一行と別れて、僕は山を降り始めるました。

山はそろそろ色付け始めて、雲一つない秋空の元、バイクを走らせるのは最高に気持ちが良かったです。


袋田の滝からは基本的に道1本で山を降りる事ができます。

そのまま常磐道に乗れば、夕飯までに帰宅出来る算段でした。


ところが、いつまで経っても山を降りる事が出来ません。

午前中に走って来た道です。

寄り道も脇道も一切シカトして、街道を真っ直ぐ走っている筈です。

1時間もすれば、平野に出る筈なのに。


時計はいつのまにか17時を回り、点灯が必要になりました。

やがて。一瞬の事でした。

今で言うならゲリラ豪雨というような、凄まじい大粒の雨に、タイヤが取られる様になりました。


僕はバイクは(後に車も)ノーマルでいじらないので、スリッピーな路面と、シールドを上げる事すら出来ない雨に、低速運転を余儀なくされました。


「まいったなぁ。」


雨の日のバイクにぶつぶつ言っていると、前方に白い灯りが見えて来ました。


まだはっきりと覚えています。


日本盛の白い看板。

下半分には、民宿「かさい」とありました。


僕はすっかり気持ちが折れていたので、その看板の下を左に曲がります。

玉砂利の上を、バイクを押していくと、森の中に農家の様な建物が見えてきました。


「ごめんください。」

「はい?」


玄関の中は直ぐレジが置いてあって、主人と思しき人が帳場に座ってテレビを見ていました。


「いや、雨に振られてしまいましてね。危ないからもう走るのやめようと思うのですが、部屋って空いてますか?」

「はい、空いてるというか、空っぽです。ただ予約客いないから、食事とか大したもの用意できませんよ。」

「あ、それはもう。カップ麺でもあれはいいですよ。」


まぁその割には、川魚(多分鮎)の塩焼きにお漬物とお味噌汁を出して貰って、僕的には大変満足しました。


客室は離れ、というか、昔の作業場を壁で区切って畳を敷いただけのものでした。


まぁ飛び込みだし、聞いた値段だと民宿でも相当安い部類だと思った記憶があります。

1日中走って、雨にも濡れて、疲れたんでしょう。

お風呂を頂いたあとは、泥の様に熟睡しました。


そのうち。

開けっぱなしにしていた障子から、月明かりが顔に当たっている事に目が覚めました。


「雨、止んだんだ。」


月明かりが邪魔になったので、障子を閉めに布団から出ました。


ふと、下を見ると、庭にモンペ姿のお婆さんがいます。

鎌で草刈りをしているようです。


こんな真夜中に、なんで草刈ってるんだろ。


ちゃっかちゃっか刈っては、時々腰を伸ばしてトントンと叩いています。


変だなぁ、とは思ったけど、よそ様の家の事だし、そのまま障子を閉めて、改めて朝まで寝ました。


おにぎりとお漬物だけ、その割にあんなに美味しい塩結びを食べた事ない質素で豪華な朝食をいただき、お勘定をすることにしました。


その時、夕べは気が付かなかったのですが、帳場の奥は仏間になっていて、遺影がズラリと並んでいました。

その中にいたんですよ。

夕べのお婆さんが。


いや、顔を見たわけじゃないですよ。

でもなんかわかりました。

何故かわかりました。

あのお婆さんが草刈りしてたんだ。


今でも働いてんのかなぁ。


不思議なんですけど、その時はな〜んにも怖くなかったです。

あぁ、働き者のお婆さんなんだなぁって変に感心したのを覚えてます。


更に不思議な事がありまして。

あれだけ走っても降りられなかった山を、ものの10分くらいで降りる事ができました。

おかげでゼミにも間に合いました。


も一つ不思議なのは。

「いや、こんな事あったんだよ。」

って、後日クラブ内で話した後、みんな手再訪してみたんだけど、民宿「かさい」には辿りつけませんでした。


でも、今でも僕の手元にあるんですよ。

「かさい」の印鑑が押してあるコクヨの領収書が。


単に暗いから道を間違えただけなのか、今となってはわかりません。

ただ僕は、霊体験というよりは、説明不可な不思議な体験をしがちのようです。


全て僕の脳みその暴走で片付くのかも知れませんがね。

また、僕ないし妻や家族が変な体験をしたら投稿しますね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

身近な怪異譚 @compo878744

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る