6.the tower - 2
迷子の少女と一緒に入ったお店は、とにかく店内の広さと座席数の多さが目立っていた。
用意されているテーブルは、個人向けから複数人で囲むソファの卓まで。
それぞれの配置の感覚は
そして客層も彼らが受け取っている料理のジャンルも、幅の広さと量の多少が大きくあり、その代わりにどれも値段の高さを感じさせない。
ここはいわゆる大衆食堂。
安く早く、そして値段相応のソコソコの味。
そんな
「やっぱりコッチの方が性に合う」
「何か言いましたか?」
「別に。ほら、ここで注文できるよ」
そこは開店時から途切れ知らずの
並んでいる人の多くは手慣れた者ばかり。
自分の番となるとそれほど悩まずに機械を操作し、トントンと発券を済ませる人が大半で、五分とかからずに私たちの番まで回ってきた。
逆に不安なのはここからだ。
まだ私の
そんな子が初めての場所で、いまいち分かっていない物を扱える訳もなく。
「あのぉー」
「食べたい物言って。私がやるから」
「ありがとうございます。えっとそれじゃあ……」
予想通り。券売機に触れようとするも、その手は途中で止まり
端から分かっていた事なので、私の注文に少女のものも含めて券売機の端末に手早く入力していく。
その後に支払いとして端末の読み取り部分に右手をかざすと、機械からカードが出てくるので、手に持ってカウンターへ行けば注文は終わりだ。
「すごいです、お姉さん」
「何が」
「あの列に並んでいる人たちと、同じことをできるのがです。見た目からは全然想像できなくて」
「この塔にしばらく住んでいれば、貴女もその内できるようになるよ」
そんな雑談を交わしながらカウンターへ向かうと、チラリと見えるのは
戦場と化しているフロアからは次々と料理が運び出されており、それほど待つことなくカードと注文の品を交換した私たちは、トレーを持って席を探す。
見つけたのは、ちょうど二人分で空いた長机の一角。
二人組が去ったタイミングで足早に私がトレーを置き、
この一連の流れに少し懐かしさを感じつつ、少女と対面で座ることになった私は、我ながらこれで良いのかと、目の前の注文した品に目を向ける。
頼んだ物は実にシンプル。
ラズベリーのジャムを塗った薄切りのトースト一枚と、
食が細い方とはいえ少なすぎたかと思いもしたが、それよりも反対側の少女が揃えた光景に目が行ってしまう。
「それ、本当に食べきれるの」
「平気です。むしろこれぐらい食べないと、わたし身にならないみたいで」
食券機を扱ったときも、二人で食事を始めてからも。
ずっと気になっていた少女の頼んだ料理の量。
大きめに切り分けられたライ麦パン、ふんだんに皿へ盛られた秋野菜のサラダ、具が多めの湯気立つシチュー。
デザートにはフレジエを添えて、飲み物はハニージャンジャーティー。
少女の持つ雰囲気からすると、私と同様に小食かと思いきや全くの見当違い。
彼女の話からすると今の丸みのある体つき以上にはなりにくい体質らしいが、なら
「まあいいわ。それよりも貴女は──」
「マリアナイトです」
苦みを残さない
温かさが
「マリアナイト……カレンデュラ。マリアって呼んでください、お姉さん」
名前を告げる少女、マリアナイトは太陽みたいに笑っていた。
無邪気で悪意のない朗らかな表情。
髪色と変わらない
ラストネームを名乗る際の一瞬の迷い。
マリアナイトの明るさがあるからこそ
「よろしく、マリア。私はユノ・サファステラよ」
「お姉さん。ユノさんって言うんですか」
「えっ、ええ」
この少女の何に
馬鹿な考えは捨てようと自然に努めた私の返しに、マリアナイトの反応は予想とは外れたものだった。
食いついたのは名前の部分だけ。
そして混じり気のない少女の瞳が私の全体を捉え、目を合わせ、そのさらに奥を
数拍。彼女から目を離せなかった私にマリアナイトが見せたのは、
「そうですか。ユノさん、お姉さんはユノさんなんですね。ふふっ」
「な、なに。その反応」
「会えて嬉しいです、ユノさん」
私の名前を聞いてからというもの、嬉々として食事を再開してしまい、質問に応じてくれなくなってしまったマリアナイト。
訳が分からず私には
こんな子が、
そう自分に言い聞かせて、勝手に積まれていた理屈を崩し、心の奥底の泥沼に沈めて。
ミルクを入れた
「マリア。口の周りにクリームがついてる」
「んっ。──……わぷっ」
そんな彼女がつけたクリームをテーブルナプキンで拭うと、記憶の欠片が
当時私たちにとって貴重だった安いパンを、ボロボロとこぼしてしまう食べ方が下手なノエルのことを。
だからかな──
「ありがとう、ユノさん」
「どういたしまして、マリア」
はにかむマリアナイトを見ていると、妹がいたらこうだったのかなって。
もう背が伸びてしまった弟分を思い浮かべながら、つい考えてしまうのだった。
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