7.the tower - 3

 私とマリアナイトが昼食を終えるのに、そう時間はかからなかった。

 そして食後の談笑をしている時間も、私たちのいる食堂にはない。


 周りを見回すと分かるのは、ここへ来たときと変わらない客の回転率。

 落ち着きなく人が入れ替わり、席は空いたそばから埋まっていく。


 それが理解できたのなら、この場に居続けるのは暗黙あんもくのルールを破るも同然。


 珈琲コーヒーの最後の一口を飲み干した私は、満腹の余韻よいんを楽しんでいるマリアナイトに声をかけた。


「マリア。食べ終わったのなら、早く行くよ」

「えっ、でも……」

「席が空くのを待ってる人がいっぱいいるから」


 少女がこういった庶民的しょみんてきな場所に慣れていないのは、初めて見たときから分かっていた。

 だから余計な問答になりそうなら、少し無理矢理な方法を取ろうかと考えるも、周囲に目を配ったマリアナイトは素直に頷くのだった。


「そうですよね。分かりました」


 彼女の同意があってから、店外へ出れたのはすぐだった。

 店内に向かう流れはバラバラで緩やかだったのに対し、その逆は迷いがなく勢いがあり、たどたどしいマリアナイトも流れにまれて早足気味に見えた。


 そこから先、少女と出会った通路は一時間もない別れから何も変化はない。

 右も左も人だらけ。


 その光景をまた目にしたせいか、私のそでがまたしても引っ張られる感覚があった。

 自然と手が出たのだろう。少女に振り返ったらキョトンとした顔をしていて、自分の手がまた同じものを掴んでいると気が付いたら、気恥ずかしそうに頬に赤みをつけて笑っていた。


「それで。貴女はあそこで何をしていたの」


 とりあえず店先で話し込むのも迷惑めいわくであり、歩きながらマリアナイトが迷子になっていた理由を問いただしていく。


 ただし私自身、この問いかけをしなくても事情はだいたい想像がついていた。


 ここ──世界樹のごとき巨塔の通称。私や周囲の人たちと同じローブを着ていて、かつ言うまでもない初めて来たであろう振る舞い。

 その出自が貴族令嬢れいじょうだとして。親の都合かお忍びか、それとも別の要件か。


 背景がどうであれ、この塔へここ数日で来た新人ということに疑いようはない。


「そうです。聞いてください、ユノさん。わたし、友達と一緒に講義室へ行ったんです。ちゃんと着きました。でもちょっとお腹が空いてしまって、何か買おうと部屋から出たら……そもそもお店の場所を知らないことに気がついたんです」

「そしてそのまま、行き先も帰り道も分からなくなったと」

「はい」


 大したことのない迷子の真相に、自信満々に頷くマリアナイト。

 なんの深みもない正真正銘しょうめいの迷子を見つけてしまった私は、哀れみを抱くよりも、この子とその友達に言い様のない不安を感じてしまう。


 きっとどちらも天然で、仮にその友達が代わりに買い物に出ても同じ結果になっていそうだ。


「呆れた。まあいいわ。私もその講義室に用があるから、一緒に行きましょう」

「ユノさんもですか。偶然ですね」

「そうね」


 私としては予定は何も変わっていない。

 講義室に向かうのは、昨夜の仮面舞踏会マスカレイドの延長線だ。


 だから向かう足はこのまま真っ直ぐで、円弧えんこを描く通路を人の波に乗りながら進んでいく。


 そうすると、ふと流れが分散する地点に辿り着き、開けた空間の先に見えるものにマリアナイトは声をこぼす。


「扉がありますね」

「見れば分かるでしょう。というより貴女もここへ来るのに、この扉を使った筈でしょう」

「えっ、そうなんですか!?」

「……本当、どうやって来たの」


 道中の記憶が花畑へ飛んでいる少女に、これ以上反応する気力が私から失せ始めていた。

 いつまでも付き合っていると身が持たないと、見覚えのない扉に興味を示すマリアナイトをよそに扉を操作していく。

 制御盤せいぎょばんに私の手をかざすだけで扉は開き、中にあるのは圧迫感はあるも、入ってみれば意外と広さを感じる小さな部屋。


 この扉は簡潔かんけつに言ってしまえばエレベーターだ。

 ただし上下に動き、階層を気軽に移動するためのものではない。


 いわゆる転移装置。空間と空間を繋ぎ、塔にあるほぼ全ての設備にアクセスするための機械だ。


「それでユノさん。中に入りましたけど、後はどうするんですか」

「もう着いたわ」

「もうですか」

「何でちょっと残念そうなの」


 あっちを見たり、こっちを見たり。

 転移装置に入ってから物珍しそうに首を動かしている少女だったが、私があっさりと機械を動かしてしまったせいか、もっと見ていたかったと肩を落としてしまう。


 しかし、よく見ていたかったというのは無理な注文だ。

 転移装置の操作は実に簡単。扉が閉まった後、壁にある制御盤せいぎょばんに目的地をハッキリと意識しながら触れれば、ものの一秒で空間がつながるのだ。


 観察する時間も、面白い動作をすることもない。


「ほら、マリア。早く行かないと、友達が待っているんでしょう」


 扉が開くと、数秒前とは違う通路の光景が広がっていた。


 人の往来はない。それどころか数えるほどしか人はいなく、声も空気を静かでおごそかすら感じる。

 一歩踏み出すだけで身が引き締まり、浮かべていた笑みも沈んでいってしまいそうで。


 でも、後ろの少女よりも先にこの塔へ踏み入った者として、私はすそを引っ張られることなくか細い手を握った。


「学院へようこそ。歓迎するよ、新入生」


 そう。この塔は学院と呼ばれている。

 国の首都としての機能を持ちながら、魔法﹅﹅を修めるための教育機関も兼ねた世界最大最古の魔法学校。


 今日から少女も、私と同じ魔法を学ぶ者。

 だから先輩として先導せんどうを切ろうとする私に、マリアナイトは呆気に取られて、可笑おかしくなって、前を向くのだった。

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