chapter:6-3

 丈の説明と彼がヒトガタを片付ける動作を見て、ナナは理解する。

 瞬間移動ではなくといった意味を。


 瞬間移動とは文字通り移動だ。目的地を見据えて瞬時にそこに行く。

 しかし丈のは空間転移ときた。つまり移動ではなく、場所ごとの交換を意味する。

 この壁が能力を遮断するにも関わらず入ってこれたのは、ヒトガタの腹と外の空間を交換したから。


 それを踏まえて先程の三体のヒトガタ。

 それぞれが邪魔するように重なる理由は、その空間を丈が交換したということ。

 だから踏みつけて上に立てている。


「いーねーバフ効果的なスキル。トリッキーなのはバトルで度肝ぬく使い方できるし。羨まぁ」


 呑気にズレた意見を言っているが、とにかく彼は約束を守ったのだから、ナナも文句はない。

 ヒトガタの上にいる丈の傍へ歩み寄り、玲にしたのと同様に額をくっつける。

 視界がクリアになった丈は目の前のナナに「うわっ」と驚きの声をあげた。この反応も玲と全く同じである。


「うけるー。てか、壁とヒトガタって素材的には別モン?ヒトガタには能力効いたんだけど」


「ああ、それね。似てるんだけど微妙なとこで違うみたい。元々ヒトガタは戦闘訓練用のものだったみたいだしね。能力効かなかったら意味ないでしょ」


「なーる。gradeUP用のエネミー要員か。それにしてもこんなん作るなんて、すごい人がいるもんだねえ」


 何がなんだか、頭が追いつかない玲とは反対にナナは余裕そうに丈の説明に頷いている 。普段はあんな雰囲気なのに、頭の回転の速さはさすがとしかいいようがない。




 そうして一通り話し終わると、今後のことについて考えなければならないと思い、ナナは丈がこに来た目的を問う。

 彼のボスが何を命令したのかをまだ聞いていないからだ。


「それで、丈くんは何をしにここへ?通常クエ?突発イベ?もしくは強制イベ?」


 聞き方が一々ナナらしいのはご愛嬌だ。


「 んーとね、その元組織の人間だった研究者が、多分この事件に関わってる 」



「元組織の研究者か……なんなの?恨まれてんの?」


 少し眉根を寄せ、玲は正直な感想を述べた。

 その間にも丈の下で、せわしなくうごめく 三体のヒトガタ。その様子はゾンビの動きに似ていた。

 いや、ゾンビなど映画とかでしか見たことないが、とにかく好きにはなれない雰囲気である。


 組み敷かれ、未だもぞもぞと動き、時には地面を時には仲間の体を踏みつけ潰しながら、三体のヒトガタはなんとか組み敷かれた状態からはい起きる。 


 そして、一斉に後方へと飛びずさり、奥の方にある森の中へと消えていった。

 丈の能力はこのような不意打ちや移動制限がある場所には長けているが、止めを指すのには向いていないのだ。

 どこか動物的な動きを見せるヒトガタを見送りながら、丈は話を続ける。


「 んで、ウチの参謀がいうには、玲ちゃんが狙いだろう。ってさ 」


 まるで獣のような動きのヒトガタに玲が呆気にとられていると、丈がとんでもないことを言ってきた。もちろん、玲は顔を歪める。


「はぁ?ふざけんな、何で私が狙われなきゃならないんだ。何の価値もないぞ」


 吐き捨てるように告げた言葉。その言葉と重なるように周りから聞こえてくる移動音。

 先程のヒトガタだろうか?これ以上の面倒は遠慮したい玲は丈とナナの近くに寄る。

 そんな玲に丈は眉を少し下げ、穏やかな声色で諭した。


「自分の価値を安く観るもんじゃないよ?」


 自分の価値なんて。っとまるで当たり前のように言う玲にそうやんわりと告げると、 ちょうどこちらに寄ってきた玲を守るようにそばに寄り添う。



 周囲を取り囲む森の中から、先程のヒトガタのものであろう、移動音が忙しなく聞こえる。

 最初ののっぺりとした動きから、だんだんと筋肉を使うようにして効率のいい動きをし始め、そしてついには動物的な動きまでこなすようになったヒトガタ。

 学習しているというよりは、元来の機能を取り戻している。という雰囲気の方が強いが――。


 クリアになった視界で先程とは違った世界が見えるようになると、丈は何やら楽しげにいろんなものをまじまじと見る。


 そして、素早く周囲を確認する。ヒトガタと思しき動く光が……5体。2体ほど増えているが、まぁ、王もいることだしなんとかなるだろう。

 そう、いつものような余裕そうな笑みを浮かべた。




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