第3話

   

「例えば頭が痛かったり熱が出たりした時、それがインフルエンザウイルスによるものならば『風邪』ではなく『インフルエンザ』と診断される。この場合、病原体もはっきりしているし、症状も対処法もわかっているので、インフルエンザとして治療できるわけですが……」

 同様に頭が痛かったり熱が出たりしても、病原体が不明で症状が少しでも異なればインフルエンザとは扱われない。正確な病名がよくわからないから『風邪』と言われる。

 白衣の青年は、そんな説明をし始めた。


「……風邪っぽい症状でも特に『風邪』と言われるのは、よくわからない病気の時。つまり『風邪』とはよくわからない病気の総称なのです」

「なるほど。インフルエンザとか肺炎とかの方が、風邪よりも重い病気だと思っていましたが……。『よくわからない病気』と言われると、風邪の方が厄介な気もしてきますね」

 一応は相手の言葉を理解した上で、適当に相槌を打ってみせると、青年はとても嬉しそうな顔になる。

「そうです! だから僕の先生などは『風邪を完全に治せる薬が出来たら、それこそノーベル賞ものだ』と言っていますよ」

 彼の「僕の先生」という言い方に、私は微妙な違和感を覚えたし、それが顔にも表れたのだろう。

 青年は頭をかくような仕草と共に、軽く苦笑いする。

「いやあ、この風邪の話は全て、先生の受け売りでしてね。僕自身は医学部じゃないけど、先生は医学部の出身ですから……」


 青年は病院の医者ではなく、大学院の博士課程に在籍する学生なのだという。

 医学部以外の学部にも、医学に関連する研究を行う研究室があり、例えば理学部もその一つ。教授や講師なども理学部に限らず様々な理系の学部から来ており、青年が所属する研究室の教授は医学部からの転任。研究一筋で病院勤務の経験はないけれど、一応は医師免許も持っているらしい。


「じゃあ、その白衣は医者の白衣じゃなくて、研究者の白衣なんですね」

「ええ、そうです。僕たち研究者にとっても、白衣は制服みたいな感じで……」

 相変わらず頭に手をやったまま、さわやかな笑顔で彼は答えていた。

 しかし……。

 たとえ制服みたいなものであっても、外出時まで白衣姿というのは、少し非常識な気がする。あるいは、病院の中庭も同じ大学の敷地内という意味で「外出」には相当しないのだろうか。

 いや、自分の大学時代を思い出しても、理系の友人たちが白衣を着るのは、あくまでも実験室の中だけ。大学の敷地内どころか、建物内の廊下を歩く時でも白衣は脱いでいたはず。

 その点この青年に対して、少し問いただしてみようかとも考えたが……。

「えっ!」

 実際に私の口から出たのは、小さな驚きの声。

 彼の足が突然スーッと消えたかと思ったら、すぐさま体中からだじゅうに広がり、あっというまに全身が消えてしまったのだ!

   

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