第4話

   

 目の前で人が一人消えてしまったわけだが、それで私が唖然としていたのは、わずかな時間に過ぎなかった。

「ああ、そういうことか……」

 むしろ私は、妙に納得していたのだ。

 きっと彼は幽霊だったのだろう、と。


 研究に未練を残して死んだ……みたいな事情があるかどうかは別にしても、とにかく「研究者」というのが彼のアイデンティティ。だからどこに現れる時も白衣姿の幽霊なのだろう。そう考えれば「病院の中庭なのに白衣?」という先ほどの疑問も解消するではないか。

 彼が私に話しかけてきたのも、この場で彼を認識できるのが私だけだったからだ。そもそも私は霊感が人一倍強く、霊気に当てられて体が震えることもしばしばだった。

 今も実際、彼が消えたら私の震えはピタッと収まっている。私の気分が悪くなったのも、彼の存在が原因なのは明白だった。


「最初はお節介にも感じたけど、話してみれば、優しい感じの好青年だったわね。外見も悪くなかったし……」

 彼のことを思い返して、しみじみと呟いてしまう。

「……せっかくなら、生きてるうちに会いたかったな」

 しかし、感慨にひたっていられる場合ではなかった。この場で彼を認識できるのは私だけだったのだから……。


「何かしら、あれ?」

「独り言、ぶつぶつ言ってたみたいだけど……」

 中庭を歩くほかの者たちの目には、あの青年は全く見えていなかった。彼と私の会話も、私の発言部分しか耳に入らなかったのだ。

 だから私に向けられる好奇の視線は、いっそう激しいものとなっていた。


 恥ずかしさで若干顔を赤らめながら、同時に何だか少し馬鹿らしくもなって、私はベンチから立ち上がり……。

 駅へ向かって、足早に歩き始めるのだった。

   

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