異世界にて生きる者

櫻城 那奈菜

かごめかごめ

実につまらない。

親に、教師に、上司に、社会に、抑圧されて生きてきた。

それでも直向きに努力を重ねてきた自信はある。

……それで、その結果が、このザマか―――


資格の試験の為、久方ぶりに訪れた東京。

その路地裏で頭から血を流し、夕立の雨粒を横たわって全身に浴びる。

正直意識は殆どないが、それでも想うことはある。


あの子供達は無事逃げられただろうか。

正直手を出すつもりはなかった。実際あんな子等を今まで幾人も見ないふりをしてきた。

なぜ今回は甲高い悲鳴と、無責任な『助けて』、そんな一声を聞き入れて関わってしまったのか。


……きっと、もうどうでも良かったのかもしれない。

私には、この面倒事に関わらないことで守りたいものなど特にない、そんなことに齢30になってようやっと気づいたからなのかもしれない。

あぁ、きっと……なのだろう。


掠れる目で今一度辺りを捉える。

曲がった鉄棒、踏み抜いたコンクリート、幾つか食らったが奪い取った拳銃、倒れ伏した社会に潜む畜生共。


私、まあまあイケてたんだなぁ。

正直、少し楽しかったし。


あぁ、人生最後に解るなんて、ついていない。

そうだ。人は、暴力で殆どの面倒事に対処できるのだ。


あぁもうダメだ。意識が、生命が、飛んでゆく。

でも、今日はなかなかに満足した。

少なくとも笑って逝けるぐらいは、な―――






◇◇◇◇◇






気がつけば荒野に立っていた。

意味がわからん。

夢か現か幻か。

まぁ1度自分が死んだのは解る。

ともすればどのような状態であれ、意識が呼び起こされた事は望外の喜びだ。


……喜び、本当にそうか?

つまらん人生がまた続くだけでは。


いや、違うか。

結構は私の選択の結果が故の事。

ならば折角の機会だ。

今度は―――






行き着く全ての街に、やっと見慣れてきた若い頃と同じ私の似顔絵が貼り付けられている。

生死問わず、銀星貨400枚。

大した悪党だ。


だが断言しておこう。

どんな事情があろうと、私の目の前で可愛らしい少女を害そうとする方が悪い。

いや、悪いと言うと語弊があるか。

ならば、気に入らん。

その後もそうだ。

10にも満たぬ子供を引っ張り出して殺しを命じる。

(尚、殺害宣告を受けたのは私)

それも鞭と恐怖と罪悪で躾てあるような子供だった。

あぁ、気に入らん。


私の隣には、人にしか見えないあの時と変わらぬ、見た目18ぐらいの少女と、だいぶ背が伸び、体もそれらしくなりギリギリ高校生にも見えなくもない少女がいる。

あれから5年。まぁ、そういうことだ。






クソがっ、やられた。

魔法についてもっと学んでおくべきだった。

目の前で元魔導兵の少女の足元に陣が広がり、一拍後には何も存在していなかった。

転送だか召喚でピックアップされたらしい。

自然に笑えるようになり、様々な感情や記憶がやっと戻った矢先なんだぞ。

俺に魔法は使えない。

しかし呪いは使えた。

おかげであの子のいる方向は解る。

あの子は最後に何と言った?


『お兄さん、今までありが―』


あんにゃろう、こうなる事を予見してやがったな。

動揺が少なすぎた。

それでいて、多少なりとも心を開いているであろう俺に助けを求めない。

心遣いは解る。判断も常識的とも言えるし。まぁ美徳なのかもしれない。


だが私は……俺はなァ、決めてんだよ。

この地に落ちたその日に、こころのままに、思うが儘に、自分を貫いて生きるってなぁ。

慣習、伝統、常識、善悪。

それら一切は俺の行動の指針にも、判断材料にもならない。

ずっと姿の変わらぬ少女の制止も、いつの間にか増えた莫迦共の声も同じだ。

俺を決められるのは俺だけだ。






あぁ、間に合わなかった。

あの子と初めてあった都の門に辿り着いた時、感じた。

それでも門を消し飛ばし、五月蝿い歓声のする中央部へ走る。

この地で会った時より随分の可愛らしくなったあの子の、未だ鮮血が流れる首が、躰が、下衆共に辱められるのが見えた。


「――――――」


声にもならない声を上げる。

両の手首を裂き、俺の血を撒き散らす。

呪いに命を込めて。




広場はあの子の躰以外の全てが消え去った。

下衆も汚物も驕った王侯貴族も刃も石畳も土も空間も。

あの子以外の全てを否定した。

土も汚れも祓われたあの子の躰と首を繋げる。

一際美しい魂は簡単に見つけることが出来た。


これならいける。

世に知られる蘇生魔法は完璧ではない。

この世界で完璧な蘇生ができるのはただ一人。

居場所は知れている。

冥府の王に会いに行こう。


「その必要はない」


何故か後ろにいた。


「世界と生命を完全に消し去るとはな」

「真龍やお前たちからすれば容易いことだろうに」

「そうかもしれぬが魔力も殆ど宿さぬ、お前にはまず不可能だと思っていた」

「そうだろうな。……頼めるか」

「対価は?」

「俺の生命」

「欠損品など等価にもならん」

「……」

「灰炉の娘―」

「断る」

「……最後まで話を聞け阿呆。娘の寄生核を寄越せ」

「……恐らく問題は無いだろうが本人次第だ」

「妻にも頼む、万が一もない」

「なら呼んでくる」

「いや運んでやる、近くに寄れ」






冥府の王の支配地。

命咲き乱れる麗しの地。

聳え立つ世界樹。

残念ながらその葉に蘇生効果はないが、王の部下達は世界樹を通して世界中の樹木から情報を得ている。

なんとも恐ろしい諜報装置だ。


「お兄さん」


元魔導兵の女の子、ノーイの声が聞こえる。

王の御業は完璧だ。

まぁそのせいで死の直前までの記憶も感情も鮮明らしいが、今こうして笑ってくれている。


ノーイの後ろから、髪と眼の色が変わった、かつて不変だった少女が追いかけていた。

きっとこれからは成長して、髪も伸びるし爪も伸びるし、生けるものの面倒臭い所を体感していくであろう。

いや、思い出すのか。


ノーイは王妃曰く精霊の血が流れているらしい。

成長期の彼女はこの王領ティル・ナ・ノーグにおいて一日で人間の一月程度成長するらしい。

精霊らしく一定ラインで体の成長は止まるが。

今は2人の少女に見た目として年の差は感じられない。

背丈も共に俺の肩ぐらいはある。

そんな二人は今日は純白の衣を纏っている。


「くっくっ、お兄さんも呼ばれるのも今日までだな」

「そうですよ、ノーイ。今日からは私達の旦那様です」


あぁ前の生では望みもしなかった。

俺が誰かと共に歩むなんて。


王の配下、世界樹の化身の司会進行役が俺たちを呼ぶ声が聞こえる。

今日この日、人の世を離れ、この地で俺たちは誓いの式を挙げる。






◇◇◇◇◇


【冥府の使者】【呪い人】【気分屋】

カゴメ・ソウイン(宗院 籠目)


魔神暦207‐279?


世迷い人としてオルト王国に現れる。

オルト王国の継承型魔導兵器【アウロスペル】及び当代継承者(名前は不明)を奪取、拉致する。

またこの時オルト王国所属の宮廷魔導師にして大公家養子、ノーイ・エル・ジャーヴォルも拉致する。

以後、アウロスペルとノーイはカゴメ・ソウインに付き従う。後に王国上層部の両名への待遇が明かされ自ら離反したと判明する。当時は洗脳又は隷属の魔術が疑われていた。

その後オルト王国から東方の永久中立国家ホルンメシアを目指し東進。オルト国内においては先々で、当時聖伐派に弾圧されていた親魔派を解放、先導した。

ホルンメシア道中の国々では英雄、及び救済的な行動が多く見られる。

スルーシタ連合国では名誉伯爵位を賜る。

ホルンメシアでは呪われた霊峰、現在のドラグハウル連峰を解放。真龍の盟友として知られる。

魔神暦209年オズガル神聖国で勃発した【三魔王乱戦】後の【五つ巴残虐戦】に参加。

太陽王、至光帝、黒犬、六道騎士など当時名の知れた英雄達のみならず、後の覇王フィル、雷神ミカ、嗜虐王リョナ・センモンも参戦していた。

当時【気分屋】と呼ばれていたカゴメは魔王ペンタトロス勢力として参戦するも意見の相違から離脱。リョナ・センモンと合流。傭兵を指揮し魔王ペンタトロスを打ち破る。更には他勢力相手にも立ち回り、魔王センチピート、黒犬、後の雷神ミカを捕虜とした。

特に雷神ミカとはこの時の因縁により、以降幾度となく交戦、交流することとなる。

また嗜虐王リョナ・センモンとも、以後交流があったとされるが真偽は不明。

魔神暦214年紫月18日 【オルト王国滅亡の日】

未明、ホルンメシア首都郊外のカゴメの邸宅に賊が侵攻。

同時に首都でも暴動が勃発。

これ等を鎮圧するもノーイがオルト王国に拿捕される。

単身奪還に走るも、叛逆罪が適応されノーイは処刑が執行された。

その後ノーイの遺体を持ち去ると同時にオルト王国の首都を消し去る。現在の碧毒湖となる。

瓦礫すら残らない大穴に後の世に五大王の一人として恐れられる冥府の主、【冥王】ミッドナイトが降臨。オルト王国全域の生きとし生けるもの全てを冥府へと落とした。

以降、冥王の現世での拠点、霧の島ティル・ナ・ノーグに定住する。

また冥王に臣従し、ノーイは蘇生され、冥王と帽子屋の若き日の共同制作物であったアウロスペルも回収された。

噂好きの風妖精曰くカゴメ、ノーイ、元継承者はティル・ナ・ノーグにて結婚式を挙げ、多くの妖精、精霊に祝福されたという。

その後もカゴメは数多くの戦争にて【冥府の使者】として顔を出し、戦火を拡げたり、停戦させたりと、大規模戦闘においていつの間にか現れる目的すら予測不明の第三勢力として、魔神暦279年まで出没したが以後大戦においての記録がない。

幾つかの目撃情報や個人の手記にはカゴメらしき人物が顕れるものの正確な記録とは言えない。

ティル・ナ・ノーグ移住後の戦績及び事件として、目覚ましいものの内、確実にカゴメ個人が成し遂げたものとしては以下が挙げられる。

吸血鬼城無血開城。

太陽王拉致。

魔王8柱討伐。

黒犬飼い犬化事件。

ウガール人救済。

島喰い鯨討伐。

雷神嫁取り。

砂漠の王討伐と雨雲招来。

悪魔侵攻ガチ呑み酒豪対決。


カゴメは酷く気分屋、自分勝手、奇行三昧などと記されているが、物事の先読みが素晴らしく洞察力、推理力に優れているとも記されている。

苛烈な一面が目を見張るが友好的な一面もあり、多種多様な者との親交があった。

ただ基本的に国家の法で縛られる者ではなく、貧しい孤児院を建物ごと引き抜いたり、違法奴隷商を襲撃したり、手持ちの資金がなくなりマフィア組織を襲撃したり、妻に似た子供を貴族家から奪取したりといった破天荒な記録が残っている。


稀代の謀略家にしてサイコパスのリョナ・センモンと共闘し、共に結果を挙げたということは、カゴメにそれだけの資質があったことを示している。


カゴメの行いは後世、現代の人道精神や俯瞰的な歴史的見方をすれば肯定的な部分も多いが、間違いなくその時代きってのお尋ね者であった。


大陸ハンター連盟、歴代懸賞首大全より

【第6位 呪い人 カゴメ・ソウイン 金星貨55674枚】

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