六章 伯爵令嬢の誤算 375話

「どうしたの? そんなにニヤニヤして」


 お姉様が私の顔を覗き込む。え? そんなにニヤニヤしていたの? 私。


「ええ。どうしたのかしら? まるで恋する乙女のような……。まさかあなた、まだあのターナーの男の子の事が忘れられませんの?」


「素適な方ですよ」


 私が言うと、必死で止めようとお姉様は語気を強めた。 


「ダメよ! その子の姉は悪役令嬢レイシアなのよ! 王子に色目を使い、王子を独占し、殺し屋のようなメイドを二人も引き連れた女! しかも王女である生徒会長の目の前で一角ウサギを殺害しまくって、辺り一面血の海にしては王女様を血だらけにしたということよ。これは侯爵家のお嬢様が直接王女様から聞いたことらしいわ」


 お姉様、どうなさったの? クリシュ様から聞いていたお姉様とは別人のことなのでは。大体、そんな事なさる貴族子女などおられるわけがないではありませんか。


「だから~! いるのよ! それがレイシア・ターナーなの! あなたの思い人の姉はそんな異常者なのよ~!」


「お嬢様! なにかありましたか⁉」


 ドアを開けてメイドが入ってきた。お姉様、あんな大声で叫ぶから。


「い、いえ、私達ゲームをしていたの。熱中しちゃったみたい。ねえビオラ」


 お姉様が慌てて言い訳を始めた。仕方がないです、合わせましょう。


「ええ。私が勝ちそうになったので慌てたのですわ」


 メイドは、「左様ですか。あまり大きな声で叫ぶのは貴族の子女として好ましくはありませんよ」と小言を言って部屋を出た。


「はぁ。あなたのせいで怒られたわ。とにかくやめときなさい」


「お姉様に言われても信じられません。クリシュ様はとても聡明でお優しく、素敵な方なのです」


「まあ、あなたが夏の顔合わせから帰って来てから、そのクリシュ君? に似合うようになろうとマナーやら勉強やら頑張っているのは分かったわ。その子はいい子なのかもしれない。でもレイシアはダメ! 本当に恐ろしい悪役令嬢なんだから!」


「分かりました。お姉様の言う事が本当かどうか、クリシュ様にお尋ねします」


「違うわ! そうじゃないの! 関わっちゃダメって言っているのよ~!」


 お姉様が何と言おうと直接聞いてみよう。王都に行けばお姉様とは別行動になりますから。ああ、でもお姉様の方にはレイシア様がおられるのでしょうか。一度お会いしたいものです。



「姉が授業で一角ウサギを大量に狩った? ですか?」


 クリシュ様、驚いておられるのでしょうか? そうですよね。そんな事なさりませんよね。


「姉なら……やりかねませんね。そうですか。王女様が巻き込まれましたか」


 クックッ、と笑いをこらえていらっしゃる。えっ、本当の事でしたの?


「ターナー領は元々辺境の農村地ですし、災害があってから借金も多くてですね、自分の事は自分でしないと生きていけないのですよ。貴族といっても、冒険者ギルドや商業ギルドに登録しているのですよ。姉は工業ギルドにも登録しています」


 は? 子爵家でしたよね。


「僕もボアくらいでしたら狩れるようになりましたし、解体もするのですよ。自給自足は大切ですよね」


「はあ……」


 何を仰っているのでしょう? カイタイ? なんですの、それは。


「姉ほどではありませんが、掃除や簡単な料理は僕でもできます。まあ、皆さまとは生活レベルが違いすぎますので、僕の事は気になさらずにして下さい。それでは」


 ああ、行ってしまわれる。


「待って!」

「はい?」


「クリシュ様はいいのですか? お姉様が悪役令嬢などと呼ばれているの」


 クリシュ様は、ニッと笑顔こう言いましたの。


「愚かなものが何人集まって悪口を言っても、お姉様は一人で勝ち進めますから」


 愚かな者って言った? クリシュ様?


「ああ、失礼。でも貴族という椅子に当然のように座りこけて、領民の事も考えず、学びもしない方々をどのような言葉で言い表せばよいのか僕には分からないのですよ。地位や持ち物の自慢話は時間の無駄ですよね」


「そ、そうですね」

「では僕はこれで」

「私も! 私もクリシュ様から見たら愚か者に見えるのでしょうか」


 そうよね。付け焼刃の勉強じゃとても追いつかないわよね。


「本当の馬鹿には、こんな話はしませんよ」


 えっ? 息を飲んだ瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった。私、もしかして認められたの?

 顔が火照る。熱いよ。うわっ、多分真っ赤になってるよ。


「半年前より、言葉遣いが丁寧になっていますし、姿勢も良くなっていますね。きっとかなり努力なさったのではないですか?」


 認められたの? 私の努力を認めてくれたのですか? クリシュ様!


「が、学園に入園したら同級生になりますもの。クリシュ様の同期として恥ずかしくないように努力いたしますわ」


 精一杯勇気を出して宣言した私の言葉を聞いて、クリシュ様は黙ってしまった。あれ? なにかおかしかった? ダメだったの? 私の決意は?


「僕の生まれは王国歴406年2月5日です」


 え? 王国歴406年? 405年じゃなくて? 私、405年の12月24日生まれよ。一ヶ月半しか違わないのに……。


「二ヶ月くらいしか違いませんが、学年は一つ変わりますよね」


 どうしてこの会場にいるの? クリシュ様から見れば一年上のグループよね。


「ああ。ほら二月生まれだと他の子供より成長が早いですよね。一つ上の方々なら、僕と話をできる方がいるかと思ったのですが……。残念です」


 その残念に私入っているよね。絶対。


「この集まりで、ここまで話せる方はビオラ様だけですよ。自信もって下さい、先輩」


 そう言って行ってしまわれました。私、五日遅く生まれていたら同級生でしたの? クリシュ様と同級生なら、クリシュ様に追いつけなくとも追いかけることはできたでしょうに。一緒に学び合うことも……。


 っていうか年下なのですか? 誕生日こんなに近いのに! 


 待って、先輩ってことはクリシュ様より勉強が出来ていなくてはいけないってこと? 自分より出来の悪い先輩って必要ないよね。後輩。むしろ後輩に生まれたかった! 後輩だったら出来が悪くてもやる気を見せれば相手にされたかもしれないのに!


 私……どれだけ勉強すればいいのですか⁉


 クリシュ様とのスペックの差にどうしていいのか分からなくなって、その場でへたり込んでしまいました。


 先輩なんて無理ですわ〜!

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