伯爵令嬢の初恋 347話

 初めてのパーティー。初めての合宿。わたしはドキドキしながらお父様とお母様に連れられ王都に向かった。


「あなたも10歳になったのだから、王都で顔見世しましょうね」


 そう言われて、わたしは馬車で初めて領地を出たの。春から礼儀作法や文字を習っていたのはそのためよ。同年代の貴族と騎士爵の子供たちが集まる三日間の合宿。王都にはお姉様もいるから会えるのが楽しみだけど、初めて会う同い年の方とちゃんとお友達になれるか心配なの。


「学園に入れば長い付き合いになるし、もしかしたらビオラの旦那さんになる人と出会えるかもしれないわよ」


 お母様がそんなことを言って私に笑いかけたの。お父様は「まだ早い」って言っていたわ。そんな話をしながら、王都の別邸に着いた。お姉様と久しぶりにお話しできて楽しかったわ。



 皆さま元気がよろしいですのね。集まった子供たちは、口々に自慢話を始めたり騒ぎまくったりしていました。私、どうしたらいいのか分かりません。あ、同じように壁際でおとなしくしている方がおられますわ。目が合ってしまいました。どうすればいいのでしょうか。


「失礼いたします。僕はクリフト・ターナー子爵の長男クリシュ・ターナーです。爵位の上の方に先に挨拶をする無礼をお許しください」


 え? なに? この丁寧な挨拶! だって、同い年よね。


「お気に障りましたか? では離れましょう」

「待って! 私はビオラ。ビオラ・ヒラタです。爵位は伯爵ですがお気になさらないでください」


 私は精一杯丁寧な言葉を使って引き留めた。だって、いきなりいなくなろうとしたのよ。挨拶をされて無視するわけにはいかないじゃない。というか嫌な気分にさせたくなかったの。いえ、一緒にいたかったのかもしれないわ。


「お優しいお言葉ありがとうございます。高位の方に先に声をかけた無礼、改めてお詫びいたします」


 そう言って去ろうとしたの。私はおもわず、「では、私をエスコートしなさい」って言ってしまった。一緒にいたいだけだったのよ。


「それは……。ご命令でしょうか?」


 そうよね。戸惑いながら聞いてくるクリシュ様。違う! そうじゃないの!


「い、いいえ。お願い。そう、お願いです」

「高位の方のお願いは命令と言うのですよ。お嬢様」


 違うの! 一緒にいたいだけなの!せっかく声をかけて来てくれから、お友達になりたいの!


「私のような、下の爵位の者がエスコートをしてはお嬢様がさげすまれます。適任者は他におられるでしょう。ご両親と相談してお相手をお選び下さい」


 クリシュ様はそう言うと私の前から消えていった。



 昨日は歓迎パーティーだったけど、結局みんな騒いでいただけのお食事会だったわ。「いつもこんなものよ」ってお母様は言っていたけど。パーティー楽しみにしていたのに。


「最終日にまたパーティーがあるから。その時はみんなちゃんとできるようになるんじゃない?」


 あの騒いでいた男の子たちが? 


「それより、あなたの引っ込み思案もなんとかしないとね。今日からお勉強も始まるのよ。みんなと仲良くね。まったく、学園長が変わったせいか、子供のうちの教育をしっかりさせた方がいいって風潮どうにかならないのかしら」


 お姉様の頃はパーティーでお友達を作るだけだったみたいだけど、今年から一緒に勉強するんだって。一人だと真面目に勉強できない子が多いからだって。私は勉強嫌いじゃないからいいんだけど。


 男の子たちがふざけて怒られている。男の先生に怒られて大人しくなったみたい。女の子も……。騎士爵の女の子は勉強をしっかりしているのね。騎士になれないからかな? 字を読めると楽しいのに、あんまり勉強している子はいないのね。


「何をしているのですか、クリシュ君」


 クリシュ様? 昨日会ったクリシュ様よね。勉強嫌いなのかな。


「私の授業がつまらないのですか?」

「はい。あ、僕の事は気にしないでください」


 先生に楯突いているの? 勉強した方がいいのに。


「大体何をしているんですか。何ですかそれは。貸しなさい! えっ? 『領地経営の基礎』? 領主コースの教科書。三年生から使う教科書ではないですか」


「先生。勉強するなら読み書きや計算はできて当たり前でしょう? 四則演算如き出来て当たり前です。いまさら何を教えているのですか? お父様の手伝いをするために勉強したいんです。分りきっている事やり直すのは時間の無駄ですよね」


「分りきっている事ですか? 計算もできると。あなたみたいな子供がこんな難しい本分かる訳がないでしょう! 計算ができる? では答えて見なさい。 23+42は?」

「65です」


「135+421は」

「556。先生、繰り上がりもない計算なんか簡単じゃないですか。僕は今税収について勉強しているんです。パーセンテージの計算くらいすぐ出来ないと読めませんよね。足し算なんか暗算でできて当たり前じゃないですか」


 そう言って本を返して貰うと、授業も聞かず本を読み続けていた。



「お前、生意気だぞ!」


 授業が終わってお昼休み、クリシュ様は男の子たちに囲まれていた。


「まあ、俺の子分になるなら許してやる」


 あれは伯爵家の子。どうしよう。助けたいけど……。


「お断りします。まだあなたの事が分からないのにお仕えすることはできません」

「なんだと!」


「あなたが素晴らしい方でお仕えしても良いと思えましたら、こちらから頭を下げてお願いに行きます。今はまだあなたの情報が足りませんから」

「何を言っているんだ! 子爵だろう! 伯爵の俺にたてつくのか!」


「まだ貴族子息ですよ。僕達は本当の貴族ではないのです。貴族になる権利を持っているだけのただの子供ですよ」

「何訳の分からないことを!」


「はあー。もういいでしょうか? まもなく食事の時間ですよ」

「うるさい! 勉強できるからって威張りやがって!」


 危ない! いきなりクリシュ様に殴りかかった! 怖くて立っていられない!地面に座り込んで目をふさいだ。


 クリシュ様! あれ? 当たっていない? 伯爵の子なんで転んでいるの?


「もういいですか?」

「避けるなんて卑怯だ!」

「いや、殴りかかられたら避けますよね」


 避けられて勝手に転んだみたい。よかった。


「け、決闘だ! お前みたいなヒョロヒョロなヤツに馬鹿にされていられるか! 貴族として決闘を受けろ」

「はぁー。決闘は勝手にできませんよ。大人と相談してください。いいと言われたら受けますから。では決闘まではお互い大人しくしていましょう。決闘前の私的なケンカはルール違反になりますから。では」


 そう言われて動けなくなった男の子たちを放っておくようにクリシュ様は帰り始めた。え? クリシュ様がこちらに?


「ビオラ様、大丈夫ですか? どなたかお呼びしましょうか」


 クリシュ様が座り込んでいる私の顔を覗き込んで声をかけた。見上げるとクリシュ様のお顔が! え? クリシュ様ってこんなに端正なお顔をしていたの?


「大丈夫ですか? 立てますか?」


 クリシュ様が手を差し出した。私はその手を取って立ち上がった。


「ありがとう。一人だと不安だわ。食堂までエスコートして欲しいな」


 何を言っているの私! 欲しいなって何! 顔が熱いよ~!


「そうですね。分かりました。僕で良ければお送りしましょう」

「あ、ありがとう」


 それ以上何も言えず、クリシュ様にエスコートしてもらったのにお礼も言えなかったよ。



 最終日のパーティー。私はクリシュ様にお礼を言って一緒に過ごして貰うように頼もうと思ったの。でもクリシュ様は来なかった。決闘騒ぎで男の子たちとトラブルになったため、騒ぎが起きないようにと自分から参加をご遠慮なさられたそうだ。私はパーティーを早めに抜け、クリシュ様に挨拶をしに行った。


 クリシュ様は裏庭で訓練をしていると言われそちらに向かった。


 クリシュ様! 上半身裸で剣を振っておられる。私は目のやり場に困った。付いてきたメイドが、クリシュ様に近づき声をかけたわ。


「これは失礼いたしました。今シャツを着ます」


 ガサゴソと音がして、シャツを着終わったクリシュ様が私に近づいてきた。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした」

「い、いいえ」

「今パーティーですよね。なぜこのような所に?」


 そうよね。不思議だよね。


「あ、あの。お礼を言いたくて。この間はエスコートをして頂きありがとうございました」

「ああ。気にしていませんよ。あの状況になったのは僕のせいですし。こちらこそご迷惑をおかけしました。それでは」


 なんて謙虚なの! え、もう行っちゃうの? 待って、止めないと!


「あの! どうしてクリシュ様はそんなに勉強ができるのですか? どうしてそんなに鍛えているのですか?」


 私はなんとか言葉をひねり出した。


「え? そうですね。僕が領主候補だからですよ。領民が安心して暮らすためには、僕がしっかりしないといけないですよね。それと……お姉様のためですね」

「お姉様の?」


「ええ。ターナーは災害に見舞われて借金だらけなんですよ。僕達のお母様も災害で亡くなってしまって。だからお姉様が母親代わりで僕を育ててくれました」

「……そうなのですか」


 お母様が……。クリシュ様、苦労しているんだ。そんな風には見えなかった。


「ですが、お姉様は学園で奨学生として通う事になりました。お金を払わないで通っているので、将来は平民にしかなれません。だから僕が居場所を作ってあげないといけないんです。領地を発展させて、領民もお姉様も笑って暮らせる居場所を作りたいのです。そのために勉強するのも体を鍛えるのも、僕にとっては当たり前の事なのですよ」


 全然違う。私と全然違う。今をぼうっと生きている私が恥ずかしい。


「どうしました?」

「いえ……。クリシュ様。その素敵なお姉様は何と仰る方ですの?」


「レイシア。レイシア・ターナーです」

「レイシア様。一度お会いしたいですわ」

「機会があれば紹介しますよ。ではこれで。お祖父様が待っていますので失礼します」


 行ってしまわれた。だめだ! 私まだまだ子供だ。自分の事しか考えていない子供。そうよね、クリシュ様から見たらここに集まった貴族の子供なんて相手にしたくもないよね。……近づきたい。一緒に並んで歩きたい。


 次に会える時まで、私一歩でも近づけるように頑張るわ!



「合宿どうだった? お友達出来た? あなたは引っ込み思案な所あるから心配していたわ」


 お姉様は相変わらず素敵です! 私が合宿で失敗していないか心配してくれていました。


「ええ。仲良くなった女の子たちは何人かいます。みんなかわいいんですよ」

「そう。よかったわ。男の子は? 気になる子いた?」

「えっ……はい……」


 お姉様に嘘はつけないわ。クリシュ様の事を思い出したら顔が熱いよ~。


「本当に! まあ真っ赤になっちゃって。あなたそう言うのうといかと思っていたのに。よかったわね。どこのなんて方?」


「クリシュ・ターナー様。子爵家の御子息ですわ」

「ターナー? どこかで聞いたことが……」

「学園にお姉様がいらっしゃみたいです。レイシア・ターナー様。お姉様、ご存じありませんか?」


「レイシア……、あ、あ、あの悪役令嬢! ダメよビオラ! 関わっちゃダメ! ターナー家に関わっちゃダメ!!!」


 どうしたのでしょう、お姉様は。クリシュ様もレイシア様も素敵な方ですのに。

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