七章 伯爵令嬢の学び 384話

「ヒラタの街に戻る」


 お父様から急に領地に帰ることを告げられた。社交はもういいのかな?


「ヒラタの街と港町サカで大変なことが起こっているらしい。とにかく早く帰って情報を収集しなければいけない。私は帰るが母さんは残って社交をする。お前はどうする? 母さんと残るか?」


 そうね。私が帰っても何もできないよね。でも……。私はクリシュ様が仰っていた「僕が領主候補だからですよ。領民が安心して暮らすためには、僕がしっかりしないといけないですよね」という言葉を思い出した。

 初めて一緒に学んだとき、クリシュ様は「今さらこんな勉強などしても」、と教師に嚙みついていた。今なら分かる。私も同じ気分だもの。

 勉強なんて領地に帰った時、あり余る時間でやり続けた方がどんなに有効か。半年ごとに覚えたことの半分を忘れていく同期の子供たちを「甘い」と思ってしまう。自覚が足りない。そう、領民のために学ぶのよ。


 そうだとしたら、今起こっている問題も私は知ろうとしなければいけない。


「お父様。私も連れて行ってください。何もできないかもしれませんが、知らなければならないのです。自分の領地に何が起こっているのか。領民がどう困っているのか」


 お父様が目を開いて固まっているわ。私もクリシュ様に出会わなかったらみんなと一緒の意識しかなかったと思う。お父様は、「そうか。王都の学習会は凄いな。ビオラがこんなに成長するとは」と仰って頭をなでてくれた。


 ◇


「ここで足止めだよ、ビオラ」


 お父様が私に説明をしてくれた。サカの隣町のクロモの街。ここクロモとサカの街道、またサカとヒラタの街道に盗賊団が頻繁にでているんだって。でも普通の盗賊団ではなく、騎士崩れか、あるいは他国の騎士そのものではないかという秘密の情報があるみたい。貴族を人質にするかもしれないのですって。

 それから、サカでは巨大な魔物が出ているって。その二つが解決しないと、サカの街を通ってヒラタに戻れないの。


 思った以上に深刻だと、お父様が困っていた。

 私もこんなことになっているとは思ってもいなかったし、ここに来なければ知ることもなかったと思うと、こうしてついて来たことに意味があったのだろう。


 お父様が忙しくしている。私はお父様のお付きの一人を借りて、今の問題を詳しく聞いた。

 知らないことだらけだわ。これがクリシュ様の仰っていた「本当の学び」なのでしょうか。計算や文字は、本当の学びのための単なる道具なのですね。文字が読めるから偉いのではない。文字は読めて当たり前なんだ。その上で何を学ぶか。どうやって解決するか。


 私の中で、勉強という意味が180度変わった。


 そうね。クリシュ様に気を使われていた意味が分かったわ。勉強ごっこだよね、今までの私。


 クリシュ様に認められたいからとか、恥じろ! 見透かされても当然だ。なんて子供っぽい発想だったの!


 あわせる顔がない。


 そう思っていた時、クリシュ様が同じ宿に来たの。




「クリシュ様⁈ なぜここに?」

「ごきげんよう、ビオラ様。僕はこれからサカに行くのです。お姉様と待ち合わせをしているのですよ」


 私はクリシュ様に今起こっていることを話した。そうして、お父様とクリシュ様のお祖父様が会うようにお父様の召使いに頼んだ。


 ◇


「お前のおかげでオヤマーの元領主に貸しを作ることができた。今の領主はアレだが、前領主はまだまだ影響が強い。オヤマーはいつ伯爵家になってもおかしくない子爵家だよ。よくやったビオラ。なにか褒美をやろうか。なにがいい?」


 お父様が思い切り私を褒めてくれた。


「でしたら、お孫様のクリシュ様と会ってもらえないでしょうか?」

「ん? どういうことだ?」


「クリシュ様は、私と一緒に王都の学習会で学んでいるのです。ですが、他の子とは全く違う学力と志を持っているのです。私、クリシュ様のようになりたいと思い、頑張って勉強をしているのです。クリシュ様がいなければ、今の私は噂話と宝飾品を自慢している下らない女性になっていたことでしょう。私の恩人なのです。一度会って、クリシュ様を見定めて下さい」


 私の真剣な思いをぶつけた。


「お前。そのクリシュとやらが好きなのか?」


「え? あ? そ、そんなことは……。尊敬。そう、尊敬しているのですわ!」


 顔が熱いよ! え? 好きとか、そんな資格ないよ~! クリシュ様になんか私釣り合わないもの!


「フフフ。そうか。では私も気合を入れて見定めないといけないな。私の大切なビオラに色目を使う男か。確かにこの目で直々に見定めなければいけないな。よろしい。明日茶会を開くぞ。オヤマー宛に知らせを入れろ。全力で準備するんだ」



 ………………お父様がやる気です。クリシュ様、大丈夫ですよね。


 もしかして私、大変なことをやらかしたのでしょうか。

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