第47話 スコルピオン商会へようこそ
スコルピオン商会はここ、シルドウッズに居を構える商会だ。
主に近隣の村や町への配送業、衣服、飲食店、そして夜の店を一部運営している。
その中でもオークや蜥蜴人では入れないような高級飲食店。
大きな円卓のある部屋に連れてこられ、傭兵達がイナヅやカラントのために椅子を引いてやる。
赤を基調とした異国風作りの絨毯や、水差し、椅子やテーブルもその手の輸入品なのだろう凝った作りをしている。
着飾った人間の女が全員の前に果実水をグラスに注いでいく。
傭兵達は卓にはつかず、護衛のように部屋の壁側に立つのみだ。
「会長から先に食事を楽しんでいただくようにと、命を受けております」
と、給仕の女たちが料理を運び出す。
新鮮な葉野菜のサラダに、黄金牛のステーキ、真っ赤に茹で上がった沼蟹、ジャガイモとミルクで作った冷製スープ。
「……珍しい、この国で米なんて久方ぶりに見ましたよ」
タムラの前にだけ置かれた、白く艶々とした穀物を装った器。
その炊き立てご飯を前に、タムラは目を丸くする。
「鬼辰国からの輸入品でございます。かの国出身のサカノ様にぜひ食べていただきたいと料理長が申しておりました」
「それはそれは……」
……恐ろしい情報収集能力だ。
イナヅという人物からどのオークと関わりがあるか調べて、そのオーク周辺の人間向けの食料を準備したというところか。とタムラはスコルピオン商会の会長の腕前に感嘆する。
「リグ様にはお水を用意しております。当商会に属している魔術師に準備させた魔力のこもった水に、砂糖水、南国の果実水がございますよ」
「カラント様には、蜥蜴人の店から買い付けた白鎧虫の香草焼きに、貝と魚の蒸し焼きもございます。チョコレートはお好きですか?デザートにいかがでしょう?」
「グロークロ様は素材の味そのままを好まれるとのことで、牛や豚、鶏の肉をそのまま焼いておりますが、もしよろしければ塩や胡椒も用意しております。当商会料理長自慢のソースもございますのでお好みに合わせてください」
……こわっ、スコルピオン商会こわっ……
タムラとカラントは運ばれてくる料理に、軽く恐怖を覚える。
お互いもよく覚えてないような食事の趣味、それをここまで短時間で用意する会長が正直怖い。が、オークたちは特に気にせず喜んで食べている。
「どうしたカラント、お前の好物だろう?」
完全に好みを把握され、固まっているカラントにグロークロが声をかける。
「大丈夫だ。ここまで調べる奴なら、お前に手を出すことはないだろう」
オークたちとて、このスコルピオン商会の情報能力の高さに気づいていないわけではない。
そしてグロークロは「領主がカラントの保護を命令している」ことも、この商会が知っていると判断したのだ。
この街の商会の者が、あの変態子爵を敵に回す利点はない。
「(それに、この場で何か仕掛けようものなら族長が大暴れするからな)」
イナヅも気にせず肉を貪り食っているが、おそらく族長は「敵対したら殺そ」精神なだけだ。
「う、うん!そうだね!いただきます!」
グロークロの言葉を信じ、カラントはふわふわの白身魚をフォークで切って口に含んだ。
みるみるうちに少女の目が煌めく。
「すっごく美味しい!ふわふわで臭みが全然ない!お魚!すごく、ふわふわのお魚!グロークロも食べてみて!全然辛くないから!柑橘系のソースかな?美味しい!」
語彙が少ないながらも懸命に料理を賞賛している少女を、微笑ましそうに給仕の女たちが見つめる。
「カラント様、こちらの皿を取り分けにお使いください」
「あ、ありがとうございます!!」
給仕の女から受け取った皿に、カラントが白身魚、蒸し貝、殻を剥かれた蟹の足などを取り分けてグロークロに笑顔で渡す。
「はい、グロークロも食べてみて」
「ありがとう」
優しくこちらを見て笑うグロークロに、カラントは照れてさらに笑い返す。
「確かに、うまいな」
「ね!?ふわふわでしょう!?」
「ふわふわだな」
そのオークと少女のやり取りに、傭兵の一人が「俺、料理長に蒸し魚追加で頼んでくるわ」と部屋を出そうになり、仲間に止められていた。
「先日のユニコーンの肉のステーキも準備できますが、いかがいたしましょうイナヅ様」
「ははは!当然食うよ!持ってきておくれ!」
己が狩った獲物を食うのは、オークたちの集落では当然のことだ。
今回狩ったユニコーンは集落に持ち帰るわけにもいかず、全てスコルピオン商会に売ったが、まさか肉を食わせてもらえるとは。
イナヅはこれだけで上機嫌になる。
円卓の上にはどんどん料理が置かれていく。
オークは王国式のテーブルマナーなどは知らないし、タムラとて自信はない。
マナーを気にせず、こうして粗野ながらも豪華な食事を用意するのは、かの商会主の心遣いなのかもしれない。
「遅れて申し訳ない」
パタパタと急足で部屋に入ってきたのは、五十代も後半の男であった。
黒髪にはすでに白髪が混じり、短い顎髭、スコルピオン商会の紋章である蠍をイメージした刺繍の入ったスーツで入ってきた。
長身痩躯の落窪んだ目からは商人というイメージからは程遠い。
「おぉ、皆様食事は気に入っていただけたようで!」
人懐っこい笑顔を浮かべ、彼はいそいそと椅子に座る。
「ご紹介が遅れましたな。私はアラストール=スコルピオン。この度はわがスコルピオン商会の者を助けていただき、誠にありがとうございます。
もしよろしければ、この後も、イナヅ様のご息女のお召し物を当商会が準備させていただきます」
う、とカラントは食事のペースを落とす。
いっぱい食べてお腹が膨れた状態で、新しい服作りは恥ずかしいと思ったのだろう。
「も、もちろん、今日でなくても構いません!ご希望でしたら金貨でも宝石でもご準備でします!」
「そいつはありがたいねぇ」
ワハハハハ!とイナズは豪快に笑う。
その横では『何これ、うっま』とリグが真顔ですみれの砂糖漬けが沈んだ果実水を啜っていた。
「で、私に何をさせようっていうんだい?」
アラストールを相手に、ニタリと笑うイナヅに、カラントとタムラの動きが止まる。
グロークロとリグは、対して気にかけずに食事を続けている。
「駆け引きは苦手なんでね。わざわざユニコーン2頭殺しただけのオークとその仲間をこれだけ歓待するんだ。何か話があるんだろう?」
女オークの言葉に、アラストールはきょとんとした顔を見せる。
「ユニコーン2頭殺した『だけ』ですと?」
「ん?なんだい?ここらじゃユニコーン殺しは問題なかった、よなぁ?」
ちょっと不安になってイナヅが傭兵たちに問う。
「不安になってるイナヅ様かわいいです!はい!もちろん今回の場合問題ありません!人を襲った魔法生物ですからね!」
じゃあ、何が問題なのかとイナヅがアラストールを見る。
「今回のユニコーン。角が金貨80枚、本体が金貨500枚の価値があります」
アラストールの言葉に、ぶっとタムラが咳き込む。生きている荷馬車用の馬が高くて金貨20枚程度だ。
「一頭は頭が潰されていたが、もう一頭は大きな損耗はない。ユニコーン自体が希少で角よりも皮やたてがみでも十分な希少価値があります。それに、ユニコーンを殺した『だけ』といいますが、ユニコーン狩りは決して楽なものではありません」
言葉として使うなら「一人でユニコーン2頭『も』狩った」が正しいのだと、アラストールは続ける。
「そうかい?まぁ確かに見つけるのは大変だけど」
「族長、見つけるだけではなくて狩るのも大変だぞ。言っておくがオークだって徒党を組んで罠をはる。族長はどう狩ったんだ?」
グロークロの呆れたような言葉に、あっけらかんとイナヅは答える。
「馬に乗って、真正面から戦鎚でバーン。もう一頭は並走してから飛び乗って、ツノ折って頭ザクーって」
グロークロのみならず、タムラもアラストールも事実か?と問うように傭兵たちを見る。
傭兵たちは何度もうなづく。
「なんだい?変な顔して、そんな難しいことじゃないだろ?おい、なんで目を逸らすグロークロ」
「まぁまぁ!で、ではお願いがございます。もちろん、お受けしてもしなくてもお嬢様の衣装やお礼は尽くさせていただきます」
アラストールはイナヅに話を聞いてもらおうと、本題にはいる。
「ここ、シルドウッズ周辺に増えたユニコーンを討伐していただきたい。ただし、可能な限り角だけを折って、追い返す方向で」
「は?皆殺しじゃダメないのかい?」
「追い返す方向でお願いします」
なんだい面倒だねぇとぼやくイナヅ。
そんなイナヅ様もかわいいです!と傭兵がにこにこしているものだから、グロークロは本気で族長が変な呪術でも使ったのではと真顔になるのであった。
「戦闘状態のユニコーンをどれだけの冒険者や傭兵が狩れるかは不明ですが、せっかくのユニコーンの角以外の部位。希少価値を高めておきたい」
アラストールの言葉に、なるほどと全員が納得する。
「ユニコーンの皮やたてがみが市場に出回れば価値は下がるもんだ。下手すりゃ今回のユニコーン騒動で角の価値すら下がりかねないもんねぇ」
「それでも高価な品物には違いないでしょう」
ユニコーンの角の使い道は多い。
水の浄化はもちろん毒消し、呪い消し、魔術道具の芯など使い道は幅広い。
「(もしや、カラントのあの奇跡も、浄化、できるか?)」
グロークロはカラントを見る。
彼女はちょうど白パンをちぎって、小皿に分けられたオリーブオイルをつけて食べようとしているところだった。
イナヅとアラストールが話している途中にパンを食べているところを、グロークロに見つかって、居心地悪そうにちょっとだけ笑って誤魔化す。
その可愛らしい仕草をみて、若きオークは。
「族長、俺もユニコーン狩りに参加させろ」
彼女の呪いを解くのは、俺でありたいと、思ったのだった。
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