間話シリーズ

間話1 11.5話  お店屋さんと白鎧虫

シルドウッズに来て数日。

期間限定ではあるが、やっと露店場所が借りれたサカノ商店の4人は、組み立て式の簡易なテーブルを用意する。

「売り物は布と糸と、縫い針か。売れるのか?」

「さぁ、やってみないとわかりませんね」

能天気なタムラの返事に、グロークロは大丈夫なのか?と首を傾げる。

商品と、テーブルの上には巨大なブロッコリーが両手に看板を持っている。

その看板には『丈夫で長持ち!』と書かれていた。

客引きなど初めてのリグは、あわわわと緊張を隠さない。

オーク相手に塩を売るのを手伝ったカラントも、看板娘としてエプロンをつけてやる気満々だ。

「で、グロークロさんも手伝ってくれると」

「まかせろ」

店員を見分けるため、カラントと同じようなエプロンを貸したが、威圧感がすごい。まだ店の用心棒として、後ろで立っていてもらった方が安心感がある。

「意外と丈夫な布だな」

オークが両手に引っ張っても裂けることはなく、手を離せば少し伸びるが比較的、元に戻る。

「質のいい亜麻布だね。私たちが着ている麻布より柔らかいよ」

「そうか」

「そうそう、肌触りもいいんだよ。ほら、撫でてみて」

カラントが売り物の布をグロークロの手を持って撫させる。

「あまり、よくわからん」

「えぇー、全然違うよぉ」

くすくすと笑う楽しそうなカラントみて、そうか、とグロークロも少しだけ笑う。

大通り、珍しいドリアードに惹かれ、魔術師が数名、糸と縫い針を買いにくる。

リグの頭部を一部もらえないかとめちゃくちゃ交渉してきたが、リグは断っていた。

「だって、まだそんな仲じゃないのに……」

と顔を赤らめるブロッコリー。

なんだ、なんの貞操観念なんだと。人間とオークには理解ができない。

「あ!サベッジさんだ!」

おーいとオークの一団に手を振るカラントとリグ。

オークの一団は少し戸惑ったものの、好奇心に勝てなかったのか露店に立ちよる。

「おい、こういう店で、あんまり俺らを呼ぶな」

こっそりと耳打ちしてくるサベッジに、なんで?と不思議そうに問い返すカラント。

「ガラの悪い店だと思われるぞ」

「そんなことないよ。変な人はグロークロが追い払うもの」

サベッジとしては、オークなんぞと取引する店というのは客を選ばない店だと思われるぞ、と言いたかったのだが。

よく見れば店員がオークである。

「なんか買うよ」

「ほんと!?ありがとう!」

毒気を抜かれたのか、サベッジはカラントの言葉にくしゃりと笑って見せた。

「おすすめはこの亜麻布の袋だな。紐も丈夫で金属片や石を詰めればすぐに殴打武器になるぞ」

「武器を提案するな。それをもらおうか」

オークとオークがそんな話をして買い物しているものだから、人が珍しがって足を止める。

そうして、興味半分で覗く者、オークがいる事に顔を顰めるもの。

喋るブロッコリーに泣き出す子供、大興奮で走ってくるギルドマスター。

そのギルドマスターを昏倒させて連れ帰る動く鎧リビングメイルなど、あっという間に時間が過ぎていく。

ふと、数名の蜥蜴人のが足を止めて、店をのぞいた。

「いらっしゃいませー!!」

置物だと思っていたブロッコリーが急に大声をあげて、驚く蜥蜴人。

「なぁ、この縫い針はいくらだ?」

「もっと太いのはないか?」

次々と聞いてくる客には、商品をよくわかっているタムラが対応に入る。

ふと、一人の客が持っているものに、カラントは目を丸くして、そして輝かせた。

「ねぇ!それどこで見つけたの!?」

身を乗り出して聞いてくる店員に、青い肌の蜥蜴人は目を丸くして、どれのことだ?と自分の体を自分で見渡した。

「その白鎧虫シロヨロイムシの串焼き!」

手に持っているのは、蜥蜴人向けの露店で買い食いしていた串焼きだった。

蜥蜴人やオークの店は表通りではなく、裏道、街の外が多い。

この人間の娘では見つけられないだろう。

「なんだぁ?こいつが食べてぇのか?」

人間やオークですらゲテモノ扱いする、拳ほども大きさのある、ダンゴムシような甲虫が貫かれた串焼きだ。

青い肌の蜥蜴人の意地の悪い言葉に、仲間がやめろよ。と嗜める。

食文化の違いはあるのはわかっているが、自分が食べているときに露骨に嫌な顔やえづく真似、嫌悪の表情を隠さない人間には飽き飽きしたところだった。

しかし、カラントはうんうん!と首を縦に振る。

「それ、美味しかった!ってのは覚えてるの!ねぇ、それって塩味?赤いのが乗ってるから、赤火辛子アカヒカラシ?」

「……赤火辛子」

「いいなぁ!どこに売ってたの!?」

「ここから、裏にある蜥蜴人の店だがよぉ。お嬢ちゃんには売ってもらえないぜ?」

「そっかぁ……」

しょんぼりとするカラントが予想外だったのか、蜥蜴人は顔を見合わせる。

「あ、私、その虫の串焼きが好きだったみたいで、見かけて嬉しくなっちゃった。ごめんねお兄さん」

「いや、なんか、俺も悪かったよ」

えへへと笑うカラントに、青い肌の蜥蜴人はむしろ自分が意地の悪い態度とってしまったと謝る。

「あ、なんなら俺が代わりに買いに行ってやろうか?」

良かれと思って、蜥蜴人がそう申し出したときだった。

少女の後ろで、やめろ、やめてくれとエプロンをつけたオークが顔で訴えてくる。

しかし


「わぁ!お願いします!」


まさかの横からトドメをさす笑顔のブロッコリー。同じく笑顔の少女。固まるオーク。

青い肌の蜥蜴人は思わずヒヒッ!と笑い声を漏らした。

「おい、今日はここにいるよな?すぐに買ってくる」

「本当に!?ありがとう!ねぇ、いいよねグロークロ?」

少女が振り返り、オークを見る。オークは文字通り、苦虫を噛み潰したような顔で「そう、だな」と小さな声で答えたので、隣でタムラがぐふっと変な笑い声を上げた。


「一つ銅貨2枚だが、嬢ちゃんいくつ欲しい?」

カラントはグロークロの顔を見上げる。

「グロークロも食べるよね?美味しいよ!?」

「あぁ」

断れないと覚悟したのか、オークは即答するがちょっと震えてる声だった。


*****


ーーー青い肌の蜥蜴人は持ってきたときに、「嬢ちゃんのこと露店の奴に話しといたからな、なんかあれば売ってくれるよう言っといたぜ。場所が場所だから一人で行くなよ」

と余計なサービスも忘れなかった。


邪魔にならないよう店の横で、あぐあぐと、少女が白鎧虫の串焼きに噛み付く。

こんがり焼けた殻をよく噛み砕いて、そのプリプリの肉に噛み付く。

「本当に食うんだな?」

ちょっと驚く蜥蜴人たち、虫の串焼きを手に硬直しているエプロンオーク。

「グロークロ、無理なら」

少女が助け舟を出す。

「甲殻と足は剥いてあげようか?」

多分、検討違いの優しさだと、そこにいるドリアード以外が思った。

「足は口触り悪いもんね。私は気にせず食べちゃうタイプ!」

そんなみかんの白い筋みたいなレベルではないのだが。

「頼む……」

少女に串焼きを渡すオーク、ちょっと情けない姿にさすがに蜥蜴人たちも同情した。


*****


「あんたも、嫌なら嫌って言えばいいのに」

すっかり冒険者ギルドで顔馴染みになったグロークロに、ラドアグが出会った日を思い出してそう笑う。

虫を食わされた日を思い出したのか、グロークロはなんとも言い難い苦々しい顔をする。

「カラントが、あれが好きだと言ったから」

彼女の好物を、理解したい、試してみたいと思ったのだ。

「まぁ、あの後タムラが普通にボリボリ食ってたのは笑ったけどなぁ!」

あの時はタムラが助け舟を出し、グロークロの分の白鎧虫を半分食べてくれた。

「タムラはタコも食える国の出身だからなぁ」

「人間、すごいな」

若きオークは改めて人間を尊敬する。その素直な様子に捻くれ者の蜥蜴人はまた笑うのだった。

「人の好きなもんをさぁ、否定するしないは自由だけどヨォ。やっぱり理解者や歩みよりしてくれるってだけでも嬉しいもんさ」

虫を食うカラントを、グロークロは決して、気味が悪いとか、そんなモノ食うなとは言わなかった。それだけでもいい男だとラドアグは思う。


「無理ならちゃんと嬢ちゃんに言えよ?あの嬢ちゃんも無理強いはしねぇだろ」


優しいラドアグの言葉に、そうだな、とグロークロはうっすらと笑みを浮かべる。


ーーーなお、その次の日に、サベッジ率いるオークの一団にカラントが、『少しだけど』と謙遜して、白鎧虫の料理を笑顔で出すものだから。

オークたちは戦に赴く顔で料理を平らげるのだった。

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