間話2 17.5話 鋼鉄の受付嬢が語るには

初めまして、私はシルドウッズ冒険者ギルドの受付嬢。

そしてギルド長兼、領主のセオドア=アールジュオクト子爵の『使い魔』です。

と言うのも、私は動く鎧リビングメイル。人権がない『魔法生物』に当たります。

黒い鎧に大きなツノ付兜。同じデザインの大楯と鉄の棍棒が私の付属品です。

元々はとある魔術師が作ったのですがお亡くなりになり、遺品分けでセオドア様に引き取られ調律され、こうして受付嬢をこなすほどの文化的なやりとりができるようになりました。


シルドウッズは王都から離れた貿易都市でありますが、多くの商人や旅人が行き交う土地でもあります。

また、その周辺には小さな村落や森、古代の遺跡も多い場所です。


出会いと冒険、交易の町、それがシルドウッズなの、ですが。


「気持ち悪い受付嬢だな」


目の前にいる青年は眉を顰めて私に言います。

「門番の間違いじゃないのか?おい、まともな人間の受付嬢はいないのか?」

「おりますが、私が対応させていただきます」

「ふざけるな、こんなモンスターに何ができる」

格好からして、どこかの地主の次男か三男坊でしょうか。

資金で装備を整えて一つ名声を求めて、飛び出したというところでしょうか?

私の背後から、先輩方が心配そうにこちらを見ているのがわかります。

うーん、これは対応を変わった方がいいでしょうか?

人間至上主義の冒険者は少なくないので、まぁ穏便に。


「ねぇ、クソみたいな理由で時間取らないでくれる?」


青年の後ろから、仕事終わりの治癒術師さんが大変不機嫌そうに言い放ちます。

「こっちはさっさと仕事の報告したいんだけど。シャディア様が嫌なら隅っこに行ってくんない?」

普段はこのスピネルさん、大変穏やかな方なのですが、時折このように大変お口が悪くなります。

「なんだと!小汚い女め!」

小汚いのは仕事終わりだからなのです。そんなことは知らず、怒った青年が、スピネルさんの胸ぐらを掴むと、その背後から灰緑やら緑色の肌のオークたちがワラワラと集まります。


「おい、姐さんに何しやがる」

「さっきから、生意気な態度取るじゃねぇか」

「俺らは早く終わらせて帰りてェんだ。親方にドヤされるだろうが」


治癒術師スピネルさんと、オークの出稼ぎ一団サベッジさんの部下たちです。

サベッジさんが若い者に経験を積ませたいからと、スピネルさんにリーダーを頼み、森で化けキノコ狩りをした帰りでした。

「な、なんだ、お前、オークの娼婦か?偉そうに」

「震える声で一生懸命考えたのがそのセリフかよ?怖くて怖くてテメェのち⚪︎ぽが縮み上がってるのが、そのピカピカの鎧からでもわかるなぁ、おい」


嘘みたいでしょう?このセリフ、スピネルさんが言ってるんですよ。

後ろのオークが、え、そんなセリフ言うんすか?みたいな顔をしています。


「ち⚪︎ぽも未使用のピカピカ新品かぁ?先に娼館で剣剥いてきな」

青年の顔が瞬時に真っ赤になります。

治癒術師の言葉に、若いオーク達もドン引いているその背後から、聞き慣れた大声が聞こえてきました。

「こらスピネル!下品な言葉使うんじゃねぇよ!」

他のオークよりも一周り逞しいオークの親方、サベッジさんです。

その大きな手で、赤毛の少女の耳を塞いでいます。

「ちょ!やだ!カラントちゃんに聞かせてないでしょうね!?」

「前もって塞いどいたわ、バカめ」

オークの大きな手で頭を挟まれて、赤毛の少女は目をクリクリとさせて不思議そうに治癒術師とオークたちを見ています。

先ほどの下品なやり取りが聞こえてないようで何よりです。


「おい、にいちゃん。ここはシルドウッズだ。俺らみてぇなオークでも蜥蜴人でも仕事が受けられるギルドだぞ?」

「だからなんだ、穢らわしい『魔物寄り』どもめが」

『魔物寄り』と言うのは、神代の時代、戦争を行なって人間と敵対した種族、

特にオーク、蜥蜴人、不死人などがよく言われます。

とはいえ、この言葉を使うのは人間やエルフでも偏った思想の者です。

聞き慣れているのか、サベッジさんは聞き流しました。

「その考えなら早くここから出ることだな。王都の方がまだお前さんにはあってるだろうよ」

サベッジさんの言葉に、そうだそうだとヤジが飛びます

多勢に無勢、青年は悔しそうな顔をして、スピネルさんを突き飛ばして、大きな足音を立ててギルドから出ていきました。


「サベッジ、若いの貸して。あいつ闇討ちするわ」

「うちの若いのを私怨に使うな」


怒りの形相のスピネルさんに、呆れたような顔をするサベッジさん。

ようやく、カラントさんがサベッジさんの手を軽く叩いて、離してほしいと、訴えます。サベッジさんは慌てて手を離しました。

少女はぺこりと、治癒術師と若いオーク達に頭を下げます。

「お仕事お疲れ様でした」

いかめしいオーク達の顔が緩んだのが、大変よくわかりました。

「おぅ、大変だったぜキノコ狩り。こいつが胞子に酔ってよう」

「いやぁ、治癒術がなかったら殺し合いだったな!!」

「カラント嬢ちゃんはどうだった?親方に変なとこ連れて行かれなかったか?」

お前らなぁ、と、浮かれる部下達に、サベッジさんが苦々しい顔をします。

「ううん、お手伝いしてきたよ!防具磨きに、猟犬の世話ぐらいしかできなかったけど」

えらいえらいと、オーク達が目尻を下げてカラントちゃんの頭を撫でます。

もちろん、治癒術師のスピネルさんもカラントちゃんを撫でています。

それはとても優しい笑顔で、一瞬周囲の人間冒険者が見惚れるほどでした。

子供扱いされて、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑うカラントさんも可愛らしいものです。


「そんじゃ、気を取り直して、報奨金受け取りましょう!」

「おぅ、よかったなカラント、なんか買ってもらえ」

「オーク!こら!この!カラントちゃんお菓子買ってあげる!!!」

「本当に買うのかよ。ノリいいなお前!」


こうして、オークと人間が軽口を叩き合うのをみて、ふふ、と私はなんだか嬉しく思います。

多くの種族が、互いの文化を知り、尊重して、バカみたいな話をできるような。

そんなギルドを作りたいと、セオドア様は仰っておりました。


そのお手伝いができることは、この私にとって。


あぁ、とても、幸せなお仕事なのです。


*****


「で、うちのシャディアに暴言吐いたのどこのだれ?」

「やめろセオドア。ワイン拡張アイテム置け」


十数分後、ワインを片手に街に繰り出そうとするセオドアと、それを止めるタムラの姿がギルドで確認されたのだった。

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