第46話 族長イナヅの来訪
ーーーその日、グロークロは死を覚悟した。
依頼失敗を報告しに農村からシルドウッズに戻り、そのまま冒険者ギルドの建物に入った時の事。
中には、厳つい人間の傭兵達を従え、悠々と待ち合いのテーブルにつく女オークがいた。
もちろん、見覚えのある女オークだ。
「イナヅ様!」
女オークに気づいたカラントが喜色満面で駆け寄る。
「カラント!久しぶりだねぇ!」
女オークも白い牙を見せて笑って駆け寄り、少女を力強く抱きしめた。
「ははは!リグあんたも元気そうだねぇ!」
カラントに抱えられているリグもまとめて抱き寄せ、その頭をわしゃわしゃと撫でている。
「知り合いのオークから話を聞いてね、我慢できずに飛び出しちまったよ。あぁ、そうだった、グロークロ。」
真顔で、グロークロを見るイナヅ。
「お前に話があるんだが?」
グロークロは死を覚悟した。
あぁ、これは、制裁が待っているな、と彼は諦めた。
そして、この様子を微笑ましく見守っていたスピネルの元に行く。
「すまん、今から瀕死の重症負うから治癒を頼む」
「怖い!覚悟完了早い!治療費前払いやめろ!」
「あ、私、先にギルドに報告すませてきますね」
「タムラ!お前んとこのオーク置いていかないで!ち、治療費多いな!死ぬんか!?グロークロ死ぬんか!?」
混乱困惑するスピネルの叫びであった。
****
イナヅ曰く、別集落の族長から集落に祝いの品が届いたと言う。
ガチョウが5羽と、熊や雪狒々の毛皮がいくつか。
「あんたがどんだけ優秀か、カラントの事も、祝いの言葉も、戦士長のサベッジとやらが手紙を出してくれてねぇ。でもさ?私、聞いてねぇんだけど?」
椅子に座るイナヅ。その背後には武装した数名の傭兵。
その前に、後ろ手に組み直立するグロークロ。
なお、イナヅの膝には抱き寄せられたカラントが座らされている。
側からみれば、裏社会の制裁前のシーンのようだ。
イナヅが来たのは「私の養子にする予定だったカラントに、結婚申し込んだんなら報告しろや」「よその族長の祝いの品から婚約知ったんだが?」という責め立てのためであろう。
「ご報告遅れて誠に申し訳もなく……」
あのグロークロが死を覚悟した顔をしている。
このオークの普段の様子を知っている周囲の冒険者は驚き、その成り行きを見守っていた。
ちゃっかりタムラは別の一党のテーブルに紛れて、他人のふりをしている。
オーク同士のやり取りに巻き込まれないようにと、自己保身が透けて見えるが一応何かあれば助けにきてくれるはず、とグロークロは信じている。
助けに来なかったら殺そう。オーク的に考えて。
「あ、あのね、イナヅ様」
グロークロの顔色が悪い原因が自分にあると気づいたカラントは、膝に座ったまま、イナヅに内緒話をする。
「私が、まだ秘密にしてって頼んだの」
恥ずかしそうに、しかし照れて笑うカラントを見ればイナヅも何も言えない。
グロークロの求婚は受けいれたと言う事か。
「(しかしまぁ、あの、傷跡だらけで、言葉もうまく出せなかった子が……)」
薔薇の頬、キラキラと生気に溢れた目と笑顔、そして何より。
「わぁっ!」
むんず!とイナヅに尻を掴まれ、カラントが短い悲鳴を上げる。
「尻に、カラントの尻にちゃんと肉がついてる……あんた、よかったねぇ……」
イナヅとしては、貧相だったカラントが健康的な身体になっている事への純粋な喜びだ。
しかし、今までの関係を知らないものから見れば、「尻を揉んで感涙する女オーク」である。
「まぁ、いいさ。色々大変だったみたいだね。精霊の使いがきたり、リグの使いの馬が来た時は私も慌てたけど」
「馬?」
「そうさ、うちの集落に一匹で来てねぇ、残念ながらあの時は疲れ切っていてあの子も動けなくて。今日、ようやく連れてきたのさ」
「タムラさんの馬かもしれません!」
騒ぎに巻き込まれまいと背景に徹していたタムラ、そんな彼の名前をだすドリアード。
カラントが拐われた時に、戦闘の混乱で逃げたタムラの馬。
かの馬は助けを求めるべく、精霊の案内でオーク集落まで駆けたらしい。
「ちょうど良かった。あの子を返しておこうか。」
カラントが拐われた時、リグのブロッコリーを食べてモリモリ走っていたあの馬である。
「生きてて……良かった……」
リグのブロッコリーの過剰摂取とかで死んでなくて良かったと、安堵してタムラは目を閉じる。
そんな事情をしらない者から見れば「逃げた馬の安否を心から気遣った優しい人間」である。
なんたる聖人か……とイナヅの取り巻きの傭兵が呟く。
「あんたら飯はまだかい?なんかこの人間たちがいい店を教えてくれるってんで、待ってたんだよ」
ようやく周囲の傭兵たちの話になった。
「イナヅ様に命を助けていただきました!」
「滞在中なんなりとお申し付け下さい!」
屈強な傭兵達の目は瞳孔が開き、キラキラと輝いていた。
「スピネル、助けてやってくれ。こいつら、うちの族長の呪い受けている可能性が、グァァァ!」
イナヅが優しく膝からカラントをおろしてから、グロークロに族長パンチを叩き込んだ。
そのわずか一瞬の、ただの拳の一撃で、床に膝をつくグロークロ。
「野盗退治でも魔獣退治でも、一度も膝をつかなかったグロークロが!」
「オークがあんな白い顔になるの初めて見たぞ」
と周りが声を上げた。
族長パンチ。腎臓を狙う制裁技。相手は血尿になる。
「人聞きの悪い事言うんじゃないよ!怒り狂ってたユニコーンから助けただけさ!」
「ユニコーン?とうとう街道にまで出てきたのか?」
脇腹を抑えながらきつそうにグロークロが、言葉を絞り出す。
「そうそう、なんと2頭だ!角は一本もらったがね、残りは全部こいつらんとこのスコルピオン商会が買い取ってくれてねぇ!」
予想外の儲けだよ、明日はカラントの服でも見に行こうかい?とイナヅは上機嫌だ。
「それは、さぞかしスコルピオン商会もご機嫌でしょう」
タムラが同卓のスピネルとガーネットに同意を求める。
「それがそうでもないのよ」
「え?なんでですか?ユニコーン丸々2頭が手に入ったのでしょう?皮も骨も使い道があるでしょうに」
驚いた商人に、治癒術師と女魔術師は顔を見合わせる。
「そっか、ここらを離れてたから知らないのか」
「昨日から怒り狂ったユニコーンが荷馬車を破壊するわ、馬を蹴り殺すわでどの商会も大騒ぎでね。スコルピオン商会も被害が出てるみたい」
そんなにユニコーンが?とタムラが驚き、うんうんと二人が頷いた。
「なんだ、そんなにユニコーンがいるなら狩っても問題なかろう」
ユニコーンが凶暴だというのに、この若きオークは気にも留めずむしろ『なんでお前ら狩りに行かないんだ?』と不思議そうに冒険者たちを見てくる。
「普通のユニコーンならまだしも、怒り狂ってるユニコーンが複数よ?
まともな冒険者なら慎重になるわ。一部の商会はユニコーン狩りに冒険者や傭兵雇ってるみたいだけ」
スピネルの言葉に、ムゥ、とグロークロが小さく唸った。
「姐さん、そこの話も兼ねてうちの会長が話をしたいそうで。よければそちらのお嬢さんとのお食事、うちの店で済ませませんか」
傭兵の言葉に、いつまでもここで話していても仕方がないか、とイナヅはうなづく。
「それじゃあ、一緒に行こうか」
「はいイナヅ様!」
カラントがリグを抱き抱え、にこにことイナヅの後についていく。
母の後をついていく子犬のようでほほえましい。
「グロークロ、何してんだい。お前も来るんだよ」
「わかった」
そしてグロークロは「私、関係ないですよね?」みたいな顔をしたタムラの首根っこを捕まえる。
「人間の商談なら雇い主もいた方がいい」
「そりゃそうかもしれませんけど」
「おそらく族長はお前に馬も返したいのだろう、ついてきてくれ。さもないとまた俺が族長パンチを喰らう」
割と真剣なグロークロの言葉に、タムラは黙って従うのであった。
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