第45話 依頼失敗
明け方、ようやく
「今回の依頼は失敗とギルドに報告します」
「本当に、すみませんでした」
少し遅れて、グロークロも「すまなかった」と深く頭を下げた。
「そんな!あんた達のせいじゃない!」
「頭を上げてください!」
とはいえ、本来の依頼は「畑に被害が出ないように、赤岩蛙の討伐」である。
結果的に見て今回の依頼は失敗で間違いない。
「もうみなさん、休んでください」
労わってくれる村長の言葉にグロークロが首を横に振る。
「毒で汚れた土を除去する作業があるな。手伝おう」
オークの言葉に、村人たちは顔を見合わせる。
確かにそうなのだが、村人以上に走り回ったタムラとカラントには疲れが出ている。
「お前達は休ませてもらえ」
グロークロの言葉に、タムラとカラントは強がって笑顔に見せる。
「大丈夫ですよ、土運びですね?もちろん手伝います。そうでもなければ申し訳が立ちません」
「どこの土が毒でやられたか、精霊さんに調べて貰ってるから、私とリグがいると便利だよ!!」
それは、仕事をやり遂げたいという人間の意地もあっただろう。
毒に汚染された土の除去作業をグロークロ達と村人が協力して行い、あらかた終わるころには、朝日が十分に上がりきっていた。
残念ながら一部の畑はしばらく農作物を植えても育たないだろう。
それでも、村長や村人はグロークロ達に好意的だった。
「みなさんのおかげで、早く終わりました。お疲れでしょう?うちでもう一泊して行きませんか?」
村長が是非!とグロークロ達を引き留めている時だった。
「うっわ、泥だらけじゃないっすかー?」
「やだ、くっさい、信じられない」
宿泊していたザカリー一党が、わざわざこちらに寄ってきた。
朝まで飲んでいたらしく、酒の匂いがわずかに漂う。
土や蛙の体液で汚れたグロークロたちを見て、彼らはわざとらしく顔を顰めて、鼻をつまんで見せる。
「え、まさかぁ、赤岩蛙退治でそんなに苦戦したんすかぁ?」
「銀貨たった20枚でそこまでやるとか、すごーい、尊敬しちゃう」
ドリアナが、汚れたカラント見てくすくすと笑う。
「ヤダァ、私だったらぜーったい無理。よくそんなことできるわぁ」
カラントを侮辱され、グロークロがとりあえず殴っとくか。と前に出ようとするのを、カラントが慌てて止める。
大丈夫、私は気にしないからと笑うカラントに免じて、渋々グロークロはその拳を下ろした。
そう、グロークロは拳を、下ろしたが。
「へぶっ!?」
ドリアナの顔面がスパァン!と引っ叩れる。
リグの触手だった。
「そういや、頭部から謎の蔦が出るんだね!リグは!!」とリグの暴挙を止めきれず、カラントが慌てる。
鞭のようにその二本の触手をうねらせて、シャアアアア!と威嚇するリグ。
「よし、リグ、やれ」
「グロークロ!」
けしかけないで!カラントが自分より遥かに大きなオークを叱る。
「イッテェな!!なんだその。ほんとなんなんだよそれ!!」
ごもっともなドリアナの叫びに、カラントが言葉に詰まる。
グロークロも、タムラも何も言えない。
ほんと、なんなんだろうねこれ。
「お、おいそんなことよりハルピュイアだ。いいかげん森に行かなきゃ逃げられちまう」
仲間の言葉に、なんですって!とドリアナが噛み付くがようやく周囲の目に気づく。
赤岩蛙退治に奔走したグロークロ達と、朝まで宿屋で酒盛りをしていたザカリー一党。
村人がどちらの味方をするのかは一目瞭然である。
短気そうな村人数名に至っては、ザカリー達に今にも殴りかかりそうだ。
「くそっ!一生泥まみれになってろ!」
ザカリーのセンスのない捨てセリフに、思わず苦笑してしまうタムラ。
その態度に余計神経を逆撫でされ、ザカリーの顔が、瞬時に赤くなる。
「赤岩蛙みてーな顔色!」
無邪気な子供の声に、誰かが吹き出した。
「なっ、このクソ田舎もんどもがっ!」
なおも喚くザカリー、その仲間達が腕を引く。
流石に村人全員を敵に回すのは、よろしくないと気づいたらしい。
「今から追加で、あれも駆除をお願いできませんか?」
「俺は構わんぞ」
村長とオークが不穏な会話をして、タムラに止められるのであった。
*****
グロークロ達が農村にいるころーーー
シルドウッズ近くの平野。
「なんで、こんなところに!」
近隣の村からシルドウッズに荷物を運ぶ、とある商会の荷馬車。
それを護衛する数名の商会に雇われた傭兵が、悲鳴にも近い声をあげる。
周辺のスライムは掃討されたと聞いていたのだが……
「ユニコーンがこんな街道に出るなんて聞いたことねぇぞ!!」
怒り狂ったユニコーンが二頭、馬車を襲ってきたのだ。
すでに荷馬車を運んでいた馬は、ユニコーンに蹴り殺された。
「逃げねぇと!」
「お前が馬より早く走れるならそうしろ!」
荷物を捨てて逃げようにも、怒り狂ったユニコーン追いつかれて、踏み殺されるだけである。
脱輪した馬車を背に、傭兵の魔術師が防御魔法を張って傭兵たちや御者を守っている。
しかしユニコーン達は今にも防御魔法を突き破りそうな勢いで、突進を繰り返している。
角は赤く輝き、激怒しているユニコーンがフシュウ……と荒々しく息を吐けば、牙が見えた。
これが馬ではない化け物なのだというのが嫌でもわかる。
「ちくしょう、なんでこんなところに二体も……」
「ぼやいても仕方ねぇ」
傭兵達が死を覚悟した時だった。
こちらに向かってくる蹄の音に、御者が頭をかかえる。
またユニコーンかと全員が思った時。
「あははははははは!!!!」
高揚を隠しきれない女の笑い声。黒い馬を駆って笑い声の主はやってきた。
突然の乱入者に怒り狂ったユニコーンが、二頭ともその角を向けて走り出す。
「進め進め!!いーい土産を見つけたんだ!逃がさないよぉ!」
女主人の命令通り、臆することなく駆ける黒い馬。
その馬はユニコーンと正面からぶつかる直前に軌道を変えた。
その黒い馬を駆る女主人がすれ違う瞬間に、その鉄槌をユニコーンの頭部を命中させる。
バキリ!と鈍い音をして怒り狂ったユニコーンの首があらぬ方向に曲がる。
数歩だけ歩くと、その場にばたりと崩れ落ちた。
女が笑う。もう一頭のユニコーンを逃すまい追いかけて、並走する。
「嘘だろ!ユニコーンに並走できる馬が、この世にいるのかよ!?」
「バイコーンか?違う、角はないぞ!?」
「何者だ!あの女オーク!」
傭兵達の声も知らず、女オークは無謀にも己の黒い馬からユニコーンに飛び移る。
純潔とは言い難い女が背に乗り、ユニコーンはさらに怒り狂うが。
「よっこらしょっと!!!」
そのたてがみを掴まれ、力任せに額の角を根本から折られてしまう。
とたんに嘶くユニコーン。みるみるうちに力を失っていく。
しかし女オークは容赦をしない。
腰に差していた短刀を抜き、ユニコーンの耳から頭部に深く突き刺して殺してしまう。
断末魔の叫びをあげて、ぐしゃり、と地面に崩れ落ちるユニコーン。
巻き込まれないようにと、自ら地面に飛び降りる女オーク。
「いやぁ、儲けた儲けた!ユニコーンの角が手に入るなんてねぇ!」
怒り狂ったユニコーン相手に一人で退治して見せた女オーク。
「お、無事かい?ほら、あんたらが引き留めてくれたからね!こいつは取り分だ!」
ユニコーンに襲われていた傭兵達に、女オークはまだ血も肉もこびりついている角を放り投げる。その貴重品を、慌てて一人が受け止める。
「お前もよく頑張ったね」
主人の元に戻ってきた黒い馬の首を優しく叩き、褒めてやる。
そして女オークは最初に首を折ったユニコーンの死骸のそばによると、これまた力任せに角を根本からへし折った。
「ふふふ、幸先がいいじゃないか」
ユニコーンの角を前に、舌なめずりでもしそうな女オーク。
その暴力的な姿に傭兵達は思わず見惚れてしまっていた。
緑の肌。スラリとした身長。
オーク伝統の革鎧からのぞく、鍛えられて引き締まった筋肉。
馬の尾のように乱雑にまとめられた、夕陽色の髪。
花びらのような、可愛らしい白い牙。
『多分、恐怖による心拍数増加を勘違いしただけだと思うぞ』
と、この女オークの恐ろしさを知るオークが一人でもいたならば、冷静に諭してくれただろう。
なんなら『正気にもどれぃ!』とビンタもしてくれたに違いない。
「なぁ、あんたら、シルドウッズへの道はこれで合ってるのかい?」
頭蓋埋め、血河の女王、雷槌
そんな異名を持つオークの女族長イナヅ。
彼女は先ほどの勇ましい戦いぶりが嘘のように、子供のように無邪気に笑って見せるのであった。
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