第44話 夜の蛙退治

深夜、カエルの鳴き声で目が覚めたのが始まりだった。


その日グロークロ達は村長の家で食事をご馳走になり、ありがたいことに寝床も借りることができた。

寝台にはカラントとリグ、床にはグロークロとタムラが横になって寝ていたのだが。

徐々に大きくなっていく赤岩蛙レッドフロッグの鳴き声に、まずグロークロが飛び起きた。


「おい、起きろタムラ。やられたかもしれん」

忌々しげにグロークロがそう言ってタムラの肩を叩く。

寝起きのタムラがその言葉を理解するのには、数秒かかり、「え!?」と声を出した。

寝ぼけている仲間を置いて、グロークロは先に向かうと外に出ていく。


グロークロが畑に向かえば、すでに数名の村人が集まっていた。

畑では、赤岩蛙レッドフロッグが胴体を真っ二つにされている。それも一体ではなく5、6体の死骸が転がっていた。。

「やられたか」

グロークロは蛙の死骸を見て、眉を顰めた。

深夜、急にやってきたオークに驚くものの、子供達が話していたのを思い出したのか、恐る恐る畑の持ち主らしき男がグロークロに話しかけた。

「あんたが、赤岩蛙レッドフロッグ退治に来てくれた人かい?」

「あぁ、だが、俺たちがこの赤岩蛙を殺したわけじゃない」

遅れてやってきたタムラと、リグを抱えたカラント。

そして村長も赤岩蛙レッドフロッグの死体を見て、何が起きたのかを察する。

「いつからこれが?」

「わかんねぇ、俺たちもついさっききたばかりで」

焦ったように村長と村人が話す。

グロークロは、その会話を聞きながら剣を抜いた。すでにオスの赤岩蛙はこちらに向かっている。このまま見逃せば畑も土も毒で汚染されるだろう。

「すでにオスが向かってきているな、ここで迎え撃つ」

あぁ、と村人が諦めたような、悲しそうな声を漏らした。


繁殖期の赤岩蛙レッドフロッグ

オスはメスを求め、食事も絶って交尾相手を探すのだが。メスはそうではない。

メスは今後の繁殖に備えて食欲が増し、小型の動物や農村の作物を喰らうようになる。


問題は、その畑でメスが集まるようになれば、さらにオスが来てその分泌する毒液で畑の土をダメにすることである。

さらに今回のように、畑で赤岩蛙レッドフロッグのメスが殺されてしまうと、その匂いでオスがより集まりやすくなり、また交尾相手が減ったせいか、元々気が立っているのか。通常よりも凶暴性を増す。


赤岩蛙レッドフロッグの攻撃力は大したことはなく、一般人でも武器があれば退治できる。

しかし、安易に倒して畑の土が毒で汚染されてしまうと、長い期間作物が育たなくなるため農村では死活問題だった。

だからこそ冒険者を雇って、村の外で赤岩蛙レッドフロッグを退治してもらうのだ。


赤岩蛙レッドフロッグの死骸は畑から外れた場所にまとめて焼きましょう。畑は我々が見ます。家畜小屋の施錠の再確認と、警戒をお願いします」


タムラの言葉に、わ、わかった!と村人が家畜小屋に向かう。

「カラントさんは灯りの魔術を維持してください。グロークロさんはカラントお嬢さんを守りつつ、畑から離して赤岩蛙レッドフロッグを討伐をお願いします。あまり体液を撒き散らさないように処分してください」


タムラがこうして指示を出している間にも、赤岩蛙レッドフロッグの鳴き声は大きくなっている。

こちらの畑に近づいてきているのだろう。

「一匹の雌の死体で10体近くオスがくると聞いてます」

「明け方までかかりそうだな」

タムラとグロークロの言葉を聞いて、村人達が顔を見合わせる。

「わ、わしらも手伝おう」

「しかし」

依頼人たちに助けてもらうなんて、とタムラはためらうが。

「お願いします!」

カラントが真っ先に頭を下げた。

意地やプライドよりも、今は彼らの畑を少しでも無事に残したい気持ちが上回ったのだ。


少女に頭を下げられ、村の男達が少しだけ笑って強がる。

「あぁ、任せてくれ」

村長と村人たちは三人一組を作り、鋤や鍬を手に夜の畑を走り回って赤岩蛙退治をすることとなった。

赤岩蛙レッドフロッグは体液に毒を持ちます。肌に触れれば爛れますし、靴底に体液がついたまま歩き回れば被害が広がります。注意してください」

そして、カラントが灯りの魔術広範囲に散らし、リグは灯火代わりにと、この地の精霊に手伝いを頼む。

蛍火のように淡く光る精霊達が村人を誘導し、畑に近寄る赤岩蛙の場所を示す。


赤岩蛙レッドフロッグの死骸はなるべく畑から離して、まとめるようにタムラが指示を出していく。


本来ならばーーー

赤岩蛙レッドフロッグの活動時間外に生息地に向かい、その数を減らすだけで済むはずだったのだが。

「あいつらでしょうね」

タムラが忌々しいとばかりに吐き捨てた。ここまで愚かだとは思っていなかった。

「だろうな、ついでに埋めるか?」

グロークロの言葉に、ちょっと頷きそうになったタムラであった。


*****


「ギャハハハ、ごくろーさんなこって」

宿の二階、その客室の一つ。

窓から、畑で走り回る数名が見えて、ザカリーは酒瓶を手にゲラゲラと笑う。

「泥まみれの蛙まみれ、うわぁ、かわいそー」

ドリアナが、深夜の見せ物にくすくすと笑って憐れむ。


畑に来ていた雌の赤岩蛙を殺したのは、ザカリー一党である。

無論、こういうハメになるだろうとはわかっての『イタズラ』である。


畑の土がダメになるとどれだけの損害を出すかなど知ったことはないし、彼らは理解するつもりもなかった。


「無様だなぁ。ああはなりたくねぇもんだ」

「走れ走れ、ギャハハハ!」


高みの見物を決め込んでいるザカリーたち。

ふと、部屋の扉がノックされる。

「あぁ?誰だ?誰かでろ」

ザカリーに命令され、仲間の一人がドアを開けると、そこにはオドオドとした宿屋の店主がいた。

「お休みのところ、すみません」

「なんだよ?」

部下の威圧に怯みながらも、宿屋の主人はペコペコと頭を下げる。

赤岩蛙レッドフロッグ退治を手伝っていただけないでしょうか?なにぶん数も多く、このままでは畑にどれだけの影響が出るか!お願いします。今夜の宿賃はいただきませんから!」

哀れなこの主人は、ザカリー達が原因だとは知らない。

彼らはニヤニヤと笑いあうと。

「いやー、すまねぇなぁ。俺らは明日の狩りに備えねえといけねぇんだ」

「そんな!お願いします!畑への被害が広がると大変なんです!」

「知るかよ!テメェらの仕事だろうが!」

キャハハハと女たちが耳障りな声をあげたのを合図に、主人は追い出されてしまった。


ドリアナは外を眺める。

ポツポツとした灯りを頼りに、オークと少女が懸命に畑を走り回っているのが見えた。

「気持ち悪っ」

ドリアナはカラントと話したことはない、だが、ドリアナはカラントという娘が嫌いだった。

特にクエストで活躍もしていない、弱小冒険者のくせにギルドの職員や冒険者たちにチヤホヤされていた。

ドリアナにはカラントが強そうな一党に入れてもらって、一人前のように振る舞い報酬を得ているように見えたのだ。

「(存在だけで人を不愉快にさせるなんて、迷惑な女。オークに、媚を売っていているのも反吐が出る)」


「ザマァみろ」

口紅も崩れた艶かしいドリアナの唇から、そんな言葉が漏れるのであった。

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