第43話 赤岩蛙退治

大規模スライム掃討から数日後のことであった。


「ねぇ、手が空いてたら赤岩蛙レッドフロッグ退治、手伝ってくれない?」

冒険者ギルドのいつもの待合テーブル。

さて、何か良い仕事がないかと依頼表を広げたタムラたちに話しかけてきたのは、ハイエナ型獣人の女だった。その後ろにはリサンティアとかいったエルフの男が穏やかな微笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。

赤岩蛙レッドフロッグ、あぁ、もうそういう時期でしたか」

時には鶏をも丸呑みする、大きくて真っ赤な毒ガエルだ。

「依頼を出してる村が二つあってね。どっちの村長もうちの頭目の知り合いなのよ」

「本来なら我々がその村を順番に回るべきなんだが、まだスライム退治で武具が修理できてないものもいてね。二つ回るのは人数的にも時間的にも厳しいんだ。ならば信用できる一党に行ってもらえないかと」

お願いできないだろうかと、こちらを見てくるハイエナ型獣人とエルフ。


タムラが二人に相談するべきかと、背後のグロークロとカラントを見る。

カラントに抱き抱えられているリグは、お仕事?お仕事?と目をキラキラさせている。

赤岩蛙レッドフロッグなら、俺も退治したことがある。やり方も知っているからいいぞ」

カラントを外に出せるか!と反対するかと思いきや、グロークロが受けてもいいぞというものだから、タムラは驚いて少し目を丸くする。

「……まぁ、俺たちはお前に雇われているからな。よほどのことがない限り従う」

うんうん、とグロークロの言葉にカラントが力強く頷く。

「タムラさんのおかげで、私もグロークロもお仕事できているもんね。大丈夫!私もちょっぴりだけど魔術も使えるから」

任せてください!とやる気を見せるカラント。

「では、わが従業員からも許可が出たので、お話を聞かせていただきましょうか」

いい返事がもらえて、ハイエナ型獣人の女はほっとしたように「じゃあ、こっちの卓で話を聞いてくれる?」とグロークロ達を案内する。


その様子を遠くから眺める数名の若き冒険者。

ザカリーとその仲間達である。

自分を侮辱したあの奇妙な一党が仕事を受けると聞き、ヒソヒソと悪巧みを話し合っていることに、グロークロたちは気付いていなかった。


*****


ーーー赤岩蛙レッドフロッグ退治に向かう馬車の中。

「今日は農村に一泊させてもらって、明日の朝一に動きましょうか」

依頼書を読み直していたタムラが今後の方針を話し、カラントは首を傾げる。

赤岩蛙レッドフロッグが動くのは夜だって聞いたけど。今夜じゃダメなの?」

依頼書によれば夜に畑に寄り付いて、作物をダメにしているらしい。

鶏小屋の近くでも目撃されており、家畜への被害を懸念している様子がわかる。

一刻も早く退治しておくべきだと思うがーーー

「いや、この時期の赤岩蛙は場所を考えて狩らないといけない。特に今回は畑もあるからな」

グロークロがカラントの疑問に答える。


ーーー今の時期の赤岩蛙レッドフロッグは繁殖期である。

オスは繁殖期になると、ほとんど餌も食べずにメスを追いかける。

そしてこの時期に栄養を摂るためにわざわざ人里まで来るのは、メスしかしない。


どういうことですか?とリグが質問する前に


「ついたぞ、兄さんがた」

馬車が農村に到着する。シルドウッズ近くの農村で流通も多く栄えてるのだろう。

大きな畑と風車小屋まで見える。グロークロがいたオークの集落よりも規模が大きい。

「村長のところに向かいましょう。ご挨拶しなくては」

村長の家の場所を村人に聞き、タムラ達は農村に入る。

冒険者自体はそう珍しくないが、オークがいる一党は目を引くようで村人の視線を感じる。

子供達に至っては友達を呼んでわざわざ見に来るほどだ。

「すげー、でっけぇ」

「あれ、オークだろ?俺初めて見た」

無邪気な子供たちの言葉が聞こえてきて、クスリとカラントが笑った。

くいくいと、グロークロの服の裾を引いて話しかける。

「私が、グロークロの集落に行った時を思い出しちゃった」

あの時もオークの子供たちが「人間だ!」「うわー、口ちっちぇなぁ」と興味津々で遠くから見てきたものだ。

「そうだな」

あの集落でカラントは不躾なオークの子供達を、決して邪険にしなかった。

オークの子供達の遊びによく付き合っていたし、動けるようになってからは他のオークの手伝いもしていた。

「グロークロの集落の人はみんな優しかったなぁ」

「僕の頭を食べた鶏さん達元気かなぁ」

カラントとリグが帰郷の念に駆られているが、タムラは「え、リグさん、頭、鶏に食べさせてたんですか?え?えぇー」と困惑を隠しきれない時だった。


「よぉ、お前らも来てたのかよ」

前方から金髪の男と、髪をくるくると縦巻きして着飾った女。その仲間達が立ち塞がるように立つと、慣れなれしく話しかけてきた。

「これはこれは。今や飛ぶ鳥落とす勢いのザカリーさんじゃないですか」

定例文のような挨拶を交わし、にこやかにするタムラ。

赤岩蛙レッドフロッグ退治だって?うんうん、地域の皆様のために、ちまちましたお仕事頑張るベテラン様には頭が上がりませんねぇ」

ザカリーの皮肉にグロークロが舌打ちし、リグがジタバタしだすのをカラントが止める。もちろん、変に煽らないように口も押さえておく。

「そうですか、ありがとうございます。それでは」

喧嘩を買うつもりはないと、早々に話を終わらせようとするタムラ。

まぁ、まだ聞けよと、ザカリーが自慢話を続ける。

「俺たちは『赤青セキセイのハルピュイア』狩りだ。討伐すれば金貨100枚!生きたまま捕まえれば3倍の300枚だぜぇ?そっちの報酬は確か銀貨20枚だったよなぁ?」

どうだすごいだろうと、子供のような挑発にタムラも呆れる。

が、それよりも気になる点がある。金貨100枚?300枚?

「随分と高額の依頼ですね」

タムラが目を細める。

「そんな高額依頼なら、私も覚えていそうなものですが」

ザカリーの仲間数名が、わずかに狼狽えたのが見えた。

「そっちと違って私たちは実績があるしぃ?おじさんじゃあ紹介してもらえなかったんじゃなぁい?」

巻き髪の少女、ドリアナが小馬鹿にしたような顔でくすくすと笑う。


「なぁ、タムラ」

グロークロがうんざりとした顔で一応は雇い主であるタムラに確認を取る。

「もうめんどくさいから全員殴っていいか?」

「だめですよ?!」

オークすぐ力技する。


「へっ、せいぜい頑張れよ。寄せ集めの雑魚チーム」

「キャハハハハ、じゃあねぇおじさんたちぃ」


そう言うだけ言って宿屋に向かうザカリー一党。

「なんだかすごく嫌な感じの人たちね……」

カラントが眉根を寄せ、困ったねぇとグロークロを見上げる。

難癖をつけてきそうな嫌な一党と一緒の村になってしまった。


「あいつら、やっぱ殴ってどっか埋めるか」

「ダメですよ!ほら!村長のところ行きますよ!」


タムラが二人を連れ、さっさと向かいましょうと声をかける。

「関わらない方がいいでしょう。彼らが今受けている依頼、ギルド通してないみたいですし」

「ん?何かそれが問題なのか?」

「受けた仕事の内容次第ですけど、あれだけの高額依頼なら話題になるはずですし、なにしろ『ハルピュイア』の捕獲は表ではあまり取り扱いのない仕事です」

ハルピュイアは、美しい顔の女の姿をした魔法生物である。

人に似ているが人にあらず。女に似ているが、女にあらず。

死肉を漁り、糞尿を撒き散らす生態と獣に近い知能は『女の姿をした鳥型の魔法生物』として分類される。

しかし見た目だけは美しいので、一部の好事家が飼うことも稀にある。


無論、魔法生物の許可のない飼育は禁じられている。


「……あ、もしかして僕も違法魔法生物飼育!?」

「リグさんは、魔術師と契約している精霊扱いなのでセーフ、らしいです。そこら辺はセオドアがうまく書類を作ってくれているみたいで」


初めて会った時に、こんな面白いドリアードを国なんぞに渡してたまるかい。

というセオドアの趣味が活用された、稀な例だろう。


そんな話をして、タムラたちは村長の家へと向かい、挨拶をする。

運よく、村長の孫たちがオークと動くブロッコリーに興味津々でもっと話を聞きたいと、そのまま村長の家に泊まらせてもらえることになった。

「本当によろしいのですか?」

遠慮するカラントに、村長の妻が気にしないでと答える。

「ここの宿に今ガラの悪い奴らが泊まってるみたいでね。せっかく依頼を受けてくれた冒険者さんと一緒にさせない方がいいかもって話してたのさ」

「む、それでは明日の赤岩蛙退治まで何か仕事はないか?薪割りでも畑仕事でもいいぞ。そこのブロッコリーは鶏の世話もできる」

泊めてもらうのだから、何か仕事を手伝おうとグロークロが提案して、お任せください!とリグが胸を張った。


ーーーその日、村の鶏に頭を啄まれ続けるブロッコリーの姿が確認された。

あれ、世界樹の分身だってーーーと呆然とするタムラ。

仕事ができて満足げな表情のリグ。もはやタムラも村人も何も言えない。


「じゃあ俺たちは薪割りと畑の雑草とりを手伝ってくる」

リグを置いてグロークロとカラントは村人の手伝いにと向かうのであった。


*****


「うふふ、今夜、赤岩蛙レッドフロッグを殺しておくんだよね?」

「そうそう、畑に来ているメスの赤岩蛙レッドフロッグな」

ザカリーとドリアナがニヤニヤと笑い合う。

「もしもバレても、たまたま見つけたから斬っといたぜで済む」

「獲物の横取りや、邪魔したわけじゃないしぃ」


あぁ、なんて我ながら頭のいい方法だろうと、ザカリーはその甘いマスクを意地の悪い顔に歪めるのであった。

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