第23話 蛇に短剣、肩にブロッコリー

「聖女様とお嬢さんの関係はあまり良好ではないのですか?」

リグを肩に乗せて、タムラが問う。

冒険者ギルドで、もしかしたらここに聖女が来るかもと聞いて顔色を変えたリグを見ての言葉だった。

「……僕は大嫌いです!」

キュ、と口を一文字にして、リグが言い切る。

精霊は基本的に好き嫌いがないと言っていたが、このドリアードは例外らしい。

『元々セオドアも、聖女に加虐趣味があるのではと言っていたなぁ』

タムラは変態魔術師セオドアの推理を思い出す

ここシルドウッズから王都は少しばかり離れているが、ここ最近の街道と馬宿が整備され、決して向かうのは困難な場所ではない。


早馬なら3日ほどか、まだしも、聖女様として祭り上げるならそれ相応の従者と装備品をつけるはずだ。

どれだけの馬車と荷物にもよるが、休み休みくるならおおよそ一週間ほどだろう。


「明後日あたりにでも、ここをちょっと出ましょうか?」

二日ほど前に王都に向かったというセオドアの動向も気になるが、面倒ごとからは何も真正面から立ち向かうこともないだろう。

タムラの言葉に、リグは安心したような顔を見せる。

「では、少し離れた街にいきましょうか」

リグの頭に、一度オークの集落に匿ってもらうべきかという考えも浮かぶ、が、フルフルとその緑の頭を振る。

少なくとも、もう少しカラントのあの奇跡を止める方法を探したい。


『それに、せっかくカラントが、元気になってきたんだ!』


今日の水晶洞窟は楽しんでいるだろうか?


「他に、カラントの呪いがなくなりそうな場所とかありますかねぇ……」

「正直な意見を言うと、セオドアが私の知る一番有能な魔術師です」

「そうでした!それなら一度見てもらいましょう!あぁでも、早く出ないとあの子が来る……」

ウゴウゴとタムラの肩に乗って悩むドリアード。


ふと、街中で大きな声が上がり、人だかりが出来ている。

『まさかもう聖女でもきたのか?』

とタムラが目を凝らした時だった。

「ワァァアァァァ!!!!」

タムラの耳の真横でリグが絶叫する。

「グロークロさん!?グロークロさんが!」

人だかりの中央には見慣れたオークがいた。その首は大蛇が巻き付いていて、周囲の男たちが剣でその首を切り落とそうとしたり、引き剥がそうと必死だ。

「くそっ!なんだこの蛇!傷一つつかねぇ!」

「おい、オークのにいちゃん!大丈夫か!?」

「誰か、衛兵を呼んでくれ!」

グロークロが蛇の肉を引きちぎろうと、その指を肉に食い込ませているのがわかった。

「タムラさん!あの蛇を斬ってください!」

人混みを掻き分けるタムラに、リグが叫ぶ。

他の人間が切っても斬れないと叫んでいたが、という考えを捨てて、タムラが腰の短剣に手をかけた。

今まで、周囲の人間たちを無視し、ただこのオークを締め殺そうとしていた大蛇はタムラとリグに気づくと初めてその牙を剥いて威嚇した。

「っ!!」

下から短剣を突き刺すという、蛇退治では悪手を取ってしまったタムラが焦るが。

その短剣は緑に輝くと、林檎を貫くより容易に大蛇の顎を貫いた。

それどころか、刺した場所からボトボトと肉が崩れて落ちていく。

「やった!タムラさん!早く!」

リグの言葉にタムラは短剣を抜いて、蛇をグロークロから引き剥がす。

絶命した大蛇の頭が簡単にもげて地面に落ちて、粘りのある白い液体となり、またすぐに消えていく。

「すげぇ……あのびくともしなかった蛇が一撃だと」

「何もんだ、あのブロッコリー使い」

これを機にまたタムラの異名が広がるのだが、今はまだタムラは知らない。

どうにか助かり、咳き込むグロークロが叫ぶように言葉を絞り出す。

「カラントは!?」

「一緒じゃないんですか!?」

グロークロの言葉にタムラがさらに慌てる。

タムラとリグが見かけたのは、街中で白い大蛇に襲われているグロークロだけだ。

「カラントが、拐われた……」

グロークロの言葉に、タムラが顔をこわばらせる。

「誰か、赤毛の女の子を見てませんか!フードを被った子です!」

タムラの言葉に、周囲の人間は顔を見合わせる。

みな、急にオークが大蛇に襲われてるという珍事に目を奪われていたらしい。

「私は先に街の門に行きます。グロークロさんはギルドへ応援を頼んでください」

「いや、俺も探す」

当てもなく街を探し回ろうとするグロークロ。

「時間がない!」

タムラの一喝に、グロークロが驚いて目を丸くする。

周囲の目を気にしつつ、タムラが早口に耳打ちする。

「あの子を攫ったのは彼女を『不死と知る人間』でしょう。ギルドマスターならシャディアに話をつけているはずです」

「……わかった」

タムラは肩にリグを乗せたままで街の門へ、グロークロはギルドに走り出す…


もしも犯人に街の外に出られたら、さらに追跡が難しくなる。

まだ街の中なら、セオドアの力が及ぶ。あのセオドアの誓いを信じるならば子爵家の協力を求めるのは容易いし、あの変態がこの手の予測をしていないはずはない。

「こんな時にいないなんて!役に立たない変態がっ!!」

普段のタムラなら『役に立つ変態』ってなんだ?と思いそうなものだが、そんな思考の余裕もなく、街の門へと急ぐ。


*****


すでに夕方近い時間。この時間帯に出る馬車は少ないのが幸いだった。

「確かに、王都から来てた馬車がさっき出たな」

門番の言葉に、タムラとリグが青ざめる。が、放心している時間はない。

タムラは急いで自分の馬をつなげている馬宿へ向かう。

先に自分単独で追うためだ。

「リグさん、あなた『すべてのドリアード』と繋がってるんですよね!?」

「どうして、それを!?」

セオドアがこっそり調べていたと正直に伝えると、リグはとてもいやそうな顔を一瞬見せたが、大事なことだと話を聞き直す。

「ドリアードたちの力で馬車が向かった方向を調べたり、グロークロさんに言付けを頼めませんか!?」

「そ、それは……」

戸惑うリグだが、意を決したように力強く頷いた。


ーーーリグは『ドリアード』たちと繋がるモノである。

人間たちが『カラント』をどう扱うかを見極め、どこまでリグが力を奮うかはリグだけの判断では許されない。はずだった。


初めは、かわいそうな子とだけ、思っていた。

助けてあげて、あとは人間に任せようと思っていた。

それでも、人間が彼女をいじめるなら、人間はいらない、そう『判断』しようと。

でも一緒に過ごして、素直なドリアードはカラントに情が移ってしまっていた。


名もしれぬオークが、自分を守ろうとして死にかけたことが許せなくて、泣いた彼女。

彼女の大事な夢や思い出を引き換えにしても、そのオークを助けた蛮勇。

義理堅いオークの戦士や、優しいオークの族長。

カラントを仲間として扱ってくれた集落の人。

カラントが殴られて、庇って、怒ってくれたギルドの人たち。

馬車に乗せてくれて、今もなお彼女を救おうとするこの人間。


カラントと共に過ごす、この世界の人たちが好きだった。

酷い人間もいるけど、優しい人間もいる。

ありふれた言葉だけれども、リグはそれを実際に理解した。


今日は水晶洞窟はどうだった?綺麗だった?楽しかった?ってそんな話をするはずだったのに。


ーーーここでは、大きな木の巨人になりそうな精霊は呼び出せない。

馬車を止める強い強い精霊も、今は呼び出せない。


それでも、できるだけの力は欲しい。


「『僕』は、カラントを助けたい!みんな手伝ってよぉ!」


リグの叫びに応えるように、淡い緑色の光がリグの元に3つほど漂った。

まるで旅人を導く鬼火のように。


剃髪した髭男が、大きなブロッコリーを肩に乗せ、淡く輝く緑の光を周囲に漂わせ、預けていた馬に急いでまたがる姿は嫌でも目立つ。

「仲間が見つけてくれました!こっち!街を出てこっちの道です!!」

リグが短い手を差して、手綱を握るタムラを誘導する。

「ドリアードたちは場所によっては力を失います!急いで!」

ここでメッセンジャーを任されているドリアードたちも、力が強いわけではない。今はリグを通して力を分け与えられているだけだ。


肩にしっかりしがみつくリグの道案内の通りに、タムラは馬を走らせるが焦りは増すばかりだ。

「き、きっと聖女の一味です!あいつらが!」

「しかし、それなら向かう先がおかしい!」


この道は王都への道ではない!とタムラが絞り出すような声を上げた。

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