第22話 別れは一瞬
冒険者ギルドの、待合場所。
魔術師ガーネットは、高難易調査依頼の用紙を見てため息をついた。
「それ、魔神が出るって古代遺跡じゃねぇか」
すっかりここにも慣れたオークのサベッジが、ガーネットが手に持つ書類を見て眉を顰める。
「とうとう侵入禁止にする予定みたい。あんまりにも人死が出たからね」
他人事だと言わんばかりに、治癒術師のスピネルはさっさと別の仕事を探し始めていた。
「それ、聞いた話じゃあ王都からわざわざ聖女様が向かうらしいぞ」
「聖女ぉ?また人間はけったいなもんを名乗るもんだな」
「不敬だぞオーク。ま、どうせ箔付かなんかだろうけどな」
聖女と言われても全くピンと来ていないオークと
「召喚術の聖女でしょ?あれね、自称だから。教会は認めてないわよ。修行も禊も受けてないお嬢様かなんかを珍しい力があるからって持ち上げてるだけ」
大体、聖女の名を受けていいのはー、とスピネルが語り出した時だった。
「なんのお話ですか?」
大きなブロッコリーのドリアードと、すっかりその保護者扱いのタムラが合流する。
今日は二人で軽い仕事を受けてきたらしい。
「今日はですね!近場の農家さんの荷運びのお手伝いしてきました!」
子供のように報告するリグをよしよしと女二人が撫でてやる。
なお、同行していたタムラに謎のブロッコリー使いという……と誤った異名が広がっており、大変遺憾であると彼が愚痴っていた。
「今日はあの二人と一緒じゃないの?」
ガーネットが優しく微笑み、ブロッコリーを膝に乗せる。
「はい!二人は水晶洞窟に行ってます!」
ヒュウ、とラドアグが口笛を吹き、サベッジとタムラが無言でハイタッチする。
「やるじゃないオーク、いい仕事したんじゃない!?」
げしげしげし!とスピネルがサベッジを肘でつつく。
「ふふ、あそこは近くて綺麗な場所よね。運がいいと精霊も見えるし」
きっと二人で楽しんでるわ、とガーネットも思わず微笑んだ。
なお、後方でタムラが『リグさんが行ったら精霊、むちゃくちゃ集まってましたけど……』といいたげではある。
「リグ。今夜は私たちと同じ宿に泊まる?」
「いや、なんか二日ぐらい外に出るような仕事一緒に受けようぜ」
おそらく、いい雰囲気で帰ってくるであろうカラントとグロークロを気遣い、リグを少しの間引き離そうとする冒険者たち。
「それこそ、この遺跡にでもに行くか?」
「馬鹿言わないの」
ラドアグの軽口を、真面目に嗜めるガーネット。彼女の膝の上で、リグはそのつぶらな目でその魔神の遺跡の調査依頼を見ている。
「……高名な魔術師が支配下に置こうとしたり、討伐に出た冒険者がいたみたいだけど、成果はなしみたいよ?」
「ひえぇ、怖い場所なんですねぇ」
「まぁ、王都の奴と、その噂の聖女様ってのがどうにかしてくれんじゃねぇの?」
聖女、とリグの顔がこわばる。
「そうそう、王都から来るならもしかして、こっちに立ち寄るかもな」
「い、いつ来るんですか!?」
明らかに焦るリグに、冒険者たちは顔を見合わす。
ポンと、リグの頭を撫でるタムラ。暗に『落ち着きなさい』と言っているようだった。
「今、ギルドマスターは王都に呼ばれているはずです。一緒に戻って来るんですかねぇ」
領主とギルドマスターを兼業するあの変態は、優秀な変態魔術師だ。
もしかしたら、その遺跡調査に駆り出されるのかもしれない。
困ったのはタムラだ。今の所、この場で『彼ら』の話を聞いているのは自分だけ。
このドリアードの様子を見る限り、あまり聖女が来るのはよろしくないように思える。
「そうだ、カラントお嬢さんも商品について相談したい事があったんでした。そろそろ戻るかもしれません。」
さぁ、二人に会いに行きましょう。そうしましょうとタムラはブロッコリーを抱えると、それではとその場を去る。
*****
「リグはその、願いを叶える精霊を呼ぶことはできなかったのか?」
水晶洞窟を改めてグロークロが見渡す。
ここには願いを叶える精霊がいると聞いたから来たのだが、とグロークロが湖を眺める。
「うん、ここにいる精霊たちでも、願いを叶えたりとかはできないみたい」
蛍のようにふわふわと飛び交う光を、カラントは見上げている。
先にそれを言えばいいのに、あのブロッコリーめ。とオークは内心ため息をついた。
まぁ、ここに来るのは、カラントの気分転換に必要だったろう。ただし、予想外の事が起きてしまって、ちゃんと気分転換になったのか不安になる。
すでに湖は穏やかな水面で、肉塊二つ飲み込んだ形跡は見えない。
「フリジアとか叫んでいたな。何か覚えているか」
「……ううん。でもすごく嫌な感じがある、かな」
ーーーリグが言っていた『カラントを殺して、強くなった人間』たちなのだろう。
一体どれだけの人間が、カラントを殺し続けたのだろうか。
「カラント」
気分が悪くなってないか?と少女を心配するオーク。
「大丈夫だよ。だってグロークロがいるもの」
人として、してはいけないことをしたのだとは、わかっている。
だが、もうそんな事も、どうでもいいと思えてしまっていた。
「とっても、悪いことしちゃった」
「そうか?」
グロークロの、オークの考えとしては敵を撃ち倒しただけである。それも「俺の女」を狙うような不届者だ。当然の応報だ。
「きっと、リグが聞いたらびっくりするから、内緒ね」
「わかった」
伯爵令嬢としてのカラント=アルグランだったならば、自らの手で人を殺してしまうことができず、国の法で裁く方法を選んだだろう。
だが、カラント=アルグランを殺したのは、他ならぬ彼らである。
彼らを殺したのは、ただのカラントだ。
「二人だけの秘密って初めてだね」
くすくすと、カラントが笑う。いたずらっ子のような笑みが可愛らしい。
グロークロが、私を殺した相手を殺すなら、私も殺さなきゃ。
それは、自責ではなく、共に罪を背負うと言う覚悟でもない。
もっとも彼と一緒に『作業』ができたら嬉しいな。という単純で、軽薄で、可愛らしい、ちょっと良識が欠けてしまった、少女の素直な気持ちだった。
「それじゃ、出ようか」
「あぁ。帰りに新しい剣を見に行きたいんだが」
「じゃあ、リグを迎えに行くついでに、よってみようか」
二人は、そうして精霊たちに見送られながら水晶洞窟を出る。
洞窟を出て、街に向かう。オークと少女の組み合わせに通りすがりの人間が不思議そうに見るが、もうそれも慣れたものだ。
街につき、剣を買いに行こうかと、二人で武具店に向かった時だった。
フードを目深に被った少女が、前から歩いてきていた。
元々人通りの多い道である。武器を持っているならまだしも相手は周囲に溶け込むような普通の人間だ。
だからこそ、グロークロもカラントも気づいてなかった。
ほんの一瞬だった。
少女のフードから白い蛇が、すれ違ったグロークロに向かって飛びかかる。
蛇は威嚇もせず、グロークロの喉に巻き付いた。
「っ!?」
まったく予想外の出来事にグロークロが焦る。
ーーー蛇、危険、カラントに害がないように。と反射的にカラントから離れたことを、彼は後悔にすることになる。
通常、蛇というのは緩やかに締め上げるものだが、異常なまでの速さと力の強さで絞め落とそうとしてくる。
グロークロが焦ったのは、それだけではない、最初見た時は初めは枝ほどの細さだったものが即座に膨れ上がり、人間の腕ほどもある太さになった。
この瞬きの間に起きた事に、理解できないままカラントがグロークロに駆け寄ろうとするが、すれ違うはずの少女に腕を掴まれる。
どぐん、と心臓が跳ね上がり、顔が強張る、声が出ない、全身がまるで針で刺されてるように痛い……
これが麻痺毒の魔術とは知らないカラントは、急に腕を掴んできたフードの少女を見る。
黒髪の少女は三日月のように目を細めて笑っていた。
カラントは、グロークロの元にまだ寄ろうとするが、足に力が入らない。
まるで、体を動かす大事な糸が切れてしまったようだった。
その場にへたり込みそうになる時。カラントとグロークロの間に、同じようなフードを被った大柄な男が割り込み、カラントを捕まえ、抱き抱えた。
「さ、早く行きましょう」
まるで連れのように女が嘯く、フードの男は無言でカラントを抱き抱えてグロークロに背を向けて歩き出す。
「までっ!!」
グロークロの言葉に、カラントを連れ去る者達は反応を少しも見せなかった。
その代わり、首に白い大蛇が巻き付かれているオークに、今更ながらに通行人が気づき、悲鳴が上がる。
「おいおい、大丈夫かよ!」
グロークロを助けようと、通行人が集まりだす。善意の人の壁が、この時は恨めしかった。
カラント!と叫ぼうにも、大蛇はグロークロの首の骨を折らんばかりに締め上げてくる。
「がらんど……」
喉を潰されながらも、オークは手を伸ばす。すでに彼女を連れ去った二人組は見えない。
ちくしょう!と叫ぶことも、呼吸もできず、グロークロは地面に膝をつく。
「グロークロさん!」
薄れゆく意識の中、聞こえてきたのは、あのドリアードの泣きそうな声。
グロークロは、未だ己の首を締め続ける大蛇に爪を立てて、肉をえぐるしかできなかった。
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