第24話 待ち合わせ

「お久しぶりです。カラント様」

黒髪の美少女が、目を三日月のように歪めて笑う。

カラントは目の前の少女が誰かわからない。わからないがその笑顔を嫌悪した。

連れ去られたのは大きな馬車の中。すでに馬の準備もされているようだった。

カラントは周囲を見回す、同じようなフードを被った男が3人、御者役も考えるともう一人いる。

「あぁ、動かない身体で一生懸命眼球を動かして、逃げれるか考えているの?それとも、もう男漁りかしら?」

顎を掴まれ、至近距離にその美少女の顔が近づく。


「さぁ、私と一緒に、戻りましょうねぇ」


ニヤつくその顔に唾でも吐いてやりたかったが、口もろくに動かない。

「さぁ、さっさと王都に向かってちょうだい」

偉そうに命令するキャンディに、一人の男がジロリと睨む。

「その前に、例の話の証拠を見せろ」

楽しい気分に水を差されたのか、キャンディはつまらないと言った表情で、はいはい、とカラントの前から外れる。


「本当に、こいつを殺せば『強く』なるのか?」

「そうよ、剣術でも、頑強になりたいでも、あの魔術が使えるようにとか。曖昧よりも具体的に考えた方がいいわよ」

「よし」


ひた、と冷たい金属が首元に当てられる


「やめて……」


そう懇願してやめてもらえたことなかったな、とどこか冷静にカラントは考える。

そして、カラントは喉をかっ切られた。


ーーー


「……確かに。昔の古傷が痛まなくなったな」

カラントを殺してレベルアップ。もとい『願い』を叶えた男はグルグルと片腕を回す。昔怪我をして、動きが鈍くなっていたがそれが全盛期のころに戻っている。

「仲間のことも考えて殺せば、まとめて仲間も強くなるみたいよ。まぁ、とどめを刺した人が一番恩恵を受けるらしいわ」

フリジアから聞き齧った知識を語りながら、キャンディは、事切れたカラントを愛おしそうに見つめる。

王都につくまでたっぷり楽しめそうだ。


「お前も、『これ』で強くなったのか」


男たちがキャンディを見る。

「そうよ」

男たちは目配せするが、リーダー格の男が命令を出す。

「おい、馬車をだせ」

その言葉に、キャンディは満足そうに笑う。


ーーーやっぱり私は運がいい。


どこかの遺跡調査に失敗した、わけありな一団に、キャンディは声をかけた。

資金の支援、王都からの聖女の依頼、何より一発逆転のチャンスがあるとちらつかせれば、彼らは警戒しながらもこの話に乗ってきた。

何かあれば、使い捨てすればいい。バカな仲間よりも使い勝手がいい。

そうそう、バカな仲間といえばイキがって水晶洞窟まで追いかけたあいつら。

おそらくカラントとあのオークだけが能天気に街を歩いていたのを考えると、返り討ちにあったのだろう。

特に心配も怒りもせず、ただキャンディは『本当に役に立たなかったわね』と思うだけだった。


『カラントをあのオークから引き離すのに失敗したら、こいつらをぶつけるつもりだったけど。うまく行ってよかったわ』


フリジアから借りた召喚獣の一体の蛇で、うまくあのオークを足止めできたようだ。

その隙にカラントに麻痺毒の魔術を打ち込み、こいつらに手伝わせた。

街中で成功した大胆な犯行に、我ながら運がいいとキャンディが自画自賛する。


「ねぇ、今のうちにその子の装備剥いじゃって」

裸にした方が、万が一の時に逃げ出せないじゃない?とキャンディは楽しそうに笑う。男たちは黙って、カラントの装備を外し始めた。


この馬車を引く二頭の馬も、フリジアの召喚獣である。

一見普通の白馬だが、並みの魔獣は容易く倒せるし、替え馬も必要なしで王都まで早馬とほぼ同じ速度で駆ける。

単体ならもっと早いとフリジアは言っていたが、あまり早すぎると馬車が壊れる可能性があるので、全速力は出せない。

まぁ、つまり、街から出て仕舞えば、キャンディの仕事は完璧に終えるのだ。


*****


少し、前に。街で待ちあわせをする男女を見た。

食事にでもいくのだろうか。

すでに待ち合わせ場所に来ている女性、その姿を見て早歩きで向かう男性。

二人は互いの目が合うと嬉しそうに笑いある。二、三、言葉を交わして二人は仲睦まじく歩き出した。


あぁ、いいなぁ


そう思ったのを、カラントを思い出す。


「何を笑っているの?」

カラントの微笑みが、心底理解できない、それどころは不快だと言わんばかりにキャンディがカラントを見つめる。

『生き返った』カラントは衣服を全て剥かれ、裸にされていた。手足だけが荒縄で縛られ、動けそうにない。揺れる感じから、馬車が出てしまったらしい。

ぐちぐちと、喉を掻っ切られたカラントの傷が治るのを見て、男の一人が少しえづいたのがわかった。

「麻痺毒のせいで痛みを感じないのかしら?」

キャンディは、カラントの装備の一つの短剣を手に取ると、刃をカラントの胸元の肌に走らせる。

ぷつ、と赤い雫が出て赤い線となる。

しかし、もうカラントは泣くことも叫ぶこともしない。黙って目を閉じた。

予想していた態度と違い、キャンディは力任せにカラントの顔を殴りつけた。


カラントは、キャンディを見ない。


「ねぇ、あなたって首を切り離しても生き返るのかしら?」

学園にいる時、カラントの殺し方をクイズ代わりに仲間と話し合ったものだ。

樽に詰めて水を注ぎ続ける溺死に、生きたまま棺に入れて地中深くに埋める。

全身をバラバラにして遠くに埋めるなど。

どこまで不死の機能が確認するかは、まだしていなかった。

さぁ、怯えろとばかりの言葉に、カラントの反応は薄かった。


これは『待ち合わせ』


カラントは自分に言い聞かせる。


キャンディは、自分を見ないカラントに苛立ち、またも殴りつけた。

「その態度、何回まで保てるかしらねぇ!?」

カラントの持ち物の、異国の短刀で、キャンディはカラントの胸を突き刺した。

激痛で叫び出しそうになるのを絶える。


きっと、グロークロと、リグたちが、助けてくれるはず。

だから、待とう。


ごぷ、と、気道に満ちた血液を口から吐き、カラントは数回荒く呼吸をして、静かに息絶えた。


「おい、勝手に殺すな。俺たちの順番もある」

「そんなの、王都に着いたらいくらでもできるわよ!」


傷だらけの体のカラントを、キャンディは睨め付ける。

「本当に、気持ち悪い」

吐き捨てるような言葉と共に、キャンディは愛しい少女の唇をその血でなぞってやった。

カラントが生き返るのを今か今かと待つキャンディをよそ目に、男たちはヒソヒソと話をする。


「本当に良かったのか?聖女云々なんてデマじゃねぇのか?」

「だとしても、もう前金は貰ってる。小娘二人を送るだけの仕事だ、割り切れ」

一人の男がカタカタと震えながら剣を抱きしめる。

「俺はもうごめんだ。さっさと王都に逃げ込もう」

失敗した調査を思い出して震える仲間の恐怖に、リーダー格の男は無言で頷く。


少し前に、高名な魔術師の依頼で、遺跡調査の護衛に向かった。

途中までは順調だった。遺跡にいるのは猿型の魔獣ばかりだったが、彼らの敵ではなかった。

この程度の気味の悪い依頼ならいくらでもあった。


石造りの遺跡の奥、魔術師はぶつぶつと『陵墓に近い作りだが、違う……』

と独り言がうるさかったが、依頼自体には問題なかった。

そう、あそこの、奥の部屋にさえ、入らなければ……


男はそこで死んだ仲間達を思い、己の采配ミスを呪った。


「なぁ、本当に、俺たち、逃げ切れたんだよな。あの魔神から」

震え続ける男の言葉に、男たちは返事をしない。

その仲間の態度に、ぶつぶつと何かを呟きながら男は床をぼうっと見つめ続ける。


*****


ーーーー

ーーーーーーーー


この世界の死んだ魂は全て、淡い光の空間『世界の裏側』の『命の流れ』に戻る。

そうして、その流れに身を任せている間に生きていた頃の記憶や感情が削がれていく。

永遠にも思える時間かと思えば、わずかな一瞬で、また流れから外れて地上を回す命として生まれる。

これがこの世界の理である。


その流れを、見守るモノたちの一つ。

『世界樹』は、あぁ、またかと思う。


死んだ魂は多かれ少なかれ、恨みや悲しみの色を持つ。

その色は、世界の命の流れに混ざれば薄くなるのだが、稀にその色だけの命が流れから外れ、地上に出る時もある。


だが、ここ最近、一つだけ、あまりにも『異質な魂』が流れに混ざる。


稀にだが、魂には流れに一度触れるものの、混ざらずに世界に戻るものもある。

いわゆる、表の世界で言う『臨死体験』や『蘇生術』というものだ。


だが、あれは違う。ここに来るたび、大きく、激しく、嘆いて、呪って。

その魂の怒り嘆き苦しみの色に、命の流れが、侵食されていく。

そうして、影響だけ与えて、命の流れに戻らずにまた魂は地上に戻る。

それについていくように、嘆き怒り苦しみの魂が地上に出て、魔獣になるのだが、それもこの世界の理だ。


「君は、戻ってくるたびに、ここを変えていくね」


別に悪いことではない。ただあまりにも、その色は濃くなってきておりし、ここと行き来するたびにその魂は今にも壊れそうだった。


それが、哀れ、と言うよりは、正常な『世界の命の流れ』の妨げになると、『世界樹』は判断した。

『世界樹』は自らの分身を作って、その魂がなるべすこちらに来ないよう地上に送り出した。


なのに、またあの『異質な魂』が落ちてきてしまった。

どうなっているかなと、『世界樹』は分身と意識を繋げる。


あぁ、私の分身は『怒っている、泣いている、悔しがっている』


まだ、業務の遂行を諦めていないとだけ判断して、『世界樹』は分身と繋げた意識を切断する。


「また、殺されたのかい?しばらくきてなかったのに」

『世界樹』はなんとなしに声をかけたが『異質な魂』は言葉を持たない、ただ、揺蕩うばかりだ。

これが地上に戻るたびに、世界のバランスが大きく揺れるので地上は大変な事になるのだが、そんなこと『異質な魂』は知る術もない。

「地上に戻る、わずかな間だけだけど、ここでその魂を休ませなさい。カラント」


『世界樹』は『命の流れ』を乱すカラントを追い出したり、消したりはしない。


たとえ、彼女の悲哀と憎悪で染まってしまった命が幾つか地上に出ようとも。

それが魔獣や、魔神の糧になろうとも。


ただ、静かにその流れを、見守るだけだった。


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