第11話 ドリアードに興奮できますか?

「マスター!!!今度やったら地下にぶち込みますっていいましたよね!?せっかくフォローしてたのに!最低!この豚野郎!」

「シャディア!ドリアードだよ!しかも会話可能!こんなの興奮するなってのが無理でしょうがよ!?」

よく見れば、変質者の年の位は30も半ばだろうか?長い金髪に銀縁メガネをかけた美丈夫だが、その頬はリビングメイルのシャディアに平手打ちされて、赤い模様がついている。

不審者に捕まり、なんか頭部を吸われ、ぐったりとするリグ。それを抱き抱え、すんすんと鼻を啜るカラント。二人に他のギルド職員が謝罪し、慰める。

「お!こんにちは!オークだね!うんうん元々は狩猟担当かな!?いい体をしている!まだ若いし逞しい体だね!まるで牡鹿のようなしなやかさもある!族長から腕試しに旅に出るよう言われたかい!?それとも独立!?うん、弓も剣も拳闘も得意と見た!!」

矢継ぎはやに喋り出す変質者が、今度はズンズンとグロークロに近寄る。

「お久しぶりです。ギルドマスター」

グロークロ『に』変なことをされてはたまらないと、タムラが前に出て笑顔で牽制する。

「タムラか!はははは!久しぶりだな!で、そこのオークとあのドリアードは君の知り合いかい?いやすまない!あんなドリアードは珍しくてね!?仕事を探してる!?うちで働くかい!?特にあのドリアード!ぜひ食事でもどうだろうか!?いや、話だけでいいんだ!いやもちろんオークの君とも話をしたい!オークたちは慎み深いのか私の誘いにまったく乗ってくれなくてね!?そこも彼らの魅力なのだけれども!私としては君たちの文化をより知りたいのだが!私はセオドア!ここのギルドマスターさ!」

すごいのは、リビングメイルのシャディアに頭を鷲掴みにされて、ミシミシ音がしているのにここまで喋り尽くすところだろう。

「本当に、申し訳ございません。我がギルドの長がご迷惑をおかけして。お詫びとして、この変質者が数日分の宿代を全額負担いたしますわ」

「はは!私に交渉権がない!あと、このままでは本当に卵のように潰れてしまいそうだ。ヨォシ!タムラ、真面目な話をしよう!ちょっと一緒に奥の部屋に来てくれ!あ、私このまま運ばれる感じかいシャディア!?」

リビングメイルに頭部を鷲掴みされたまま、奥の応接室に連れて行かれる人間の男。明らかに事件なのだが、周囲の目は生ぬるい。

「それじゃあ、仕事の話をしてきます。お嬢さんはグロークロさんから離れないでください。他のギルド職員もいるから大丈夫でしょうが」

タムラの言葉に、うん、とグロークロの服の裾を掴んでカラントは頷いた。

カラントを守るように、グロークロは少女の肩を抱き寄せる。

「おい、大丈夫なのかあの男」

グロークロの当然の言葉に大丈夫とは即答できず、タムラは苦々しい顔をする。

「言っておきますが、彼は人間でもかなり特殊でして、竜も鬼も口説きに行きます。成人していれば男も女も関係なしです。でも戦闘も交渉も目利きも、ギルドの仕事もできますし、あれでも有名な魔術師です」

僕、こんな目にあってますけど、とリグが悲しそうな顔でタムラを見上げてくる。

「リグさん、お気になさらず。ここに来た珍しい種族は同じような目にあってます。あそこまで吸われるのは稀ですが。」

「そんな慰め方はドリアードでもどうかと思いますけどぉ!」

リグの言葉に、ギルド職員も冒険者たちも静かに頷くのであった。


*****


「ドリアード、ノーム、ウンディーネ、シルフ、呼び出す魔術は多々あれど、あんなものは見たことがない」

ギルドの応接間で、セオドアがソファに座り、優雅に語る。

「精霊というのは基本的に、あまり我々に関心がない、興味を持たない。彼らにとって我々は皆全て等しく巡るただの命だからだ。エルフや魔術師の言葉に力を貸すこともあるが、常に味方ではない。誰の味方でもなるし、敵にもなる。」

セオドアの言葉に、対面のソファに座ったタムラはそうですか、としか言いようがない。

二人の間のローテーブルにシャディアがお茶を置く。

「で、なんだあの三人組は」

興味津々とばかりに、前のめりに聞いてくるセオドア。

「ドリアードだと自称したが、あの魔力はまるで古い神々の領域に手足が生えて歩いているようなものだぞ。エルフの古株どもが見たら目を回して倒れるな。それにあの少女。アルグラン家の令嬢じゃないか。フードで隠しているが髪をバッサリ切られてる。てっきりあのオークの番になってるのかと思ったが。あと、あの娘の衣服の刺繍は部族の女達が旅の無事と成功を願って若人に送るものだったはず。そうそう、あの若いオークも何らかの祝福を受けていたな。見たことのないタイプだ。いや、昔、泥土の竜の加護を受けた者がいたな。それに近いか?」

一気に捲し立てるセオドアに、待て、待ってくれと、見る見るうちに顔色を変えて、困惑するタムラ。

「今なんていった。どこの令嬢だって」

そこが気になるのか?とセオドアはつまらなそうな顔をする。

「アルグラン家。伯爵家だったかな」

大問題じゃないか、とタムラは顎が外れそうなほど大口をあける。

「なんで伯爵家の令嬢が!オークと!ブロッコリーと旅をしてるんだ!?」

「知らん」

そこは大して興味をそそられる部分ではないらしい。タムラの悲鳴に、セオドアはつまらなそうにする。

「まぁ、心配ならそれとなくアルグラン家に使いを出そう。うんうん、伯爵家に恩が売れるな」

「待て待て待て待て」

タムラとて、そう鈍い方ではない。カラントとグロークロが男女の仲ではないにしろ、お互い大事に思い合っているのはわかっている。

伯爵家にバレたら、特にオークのグロークロは大変な目にあうだろう。

「なぁ、頼むよ、俺はあのオークに助けてもらってんだ。あんまり悪いようにしないでくれ」

穏便にオーク相手に商売ができたのはグロークロのおかげだし、カラントがうまい具合にオークたちの相手をしてくれたから、売り上げを大きく上げることができたのだ。

「もちろんだとも」

満面の笑顔のセオドアに、逆にタムラは不安を隠さない表情になる。

「そんな些末な事はいい。話を聞いていたか?タムラ。ドリアードが、わざわざ、一人の少女についているのだぞ?」

先ほどまで大きなブロッコリーの花芽に顔を埋めていた変態は、したり顔で言葉を続ける。

「精霊というのは、滅多に特定の何かに肩入れしないんだ。それがアルグラン家の令嬢にピッタリとついているじゃないか。明らかにおかしい。となればあの令嬢を『守らねばいけない理由』があると考えた方がいい。そう、ドリアードが特定の命をわざわざ見守る理由とはなんだ?」

ふぅむ、とセオドアは少し考える。

「まさか、私と同じ『異種族カップルの生活を見守りたい』性癖なのか!?」

閃いた!とばかりのセオドアの頭を再び掴み、潰しかねん勢いで力を入れるシャディア。

「というわけで、あの三人の動向を定期的に連絡してくれ」

楽しそうなセオドアの言葉にタムラはその髪のない頭を再度抱えて、大きなため息をついた。

「そういえばタムラ。王都は寄れたか?」

「いいや、今回は寄ってない」

「そうか、残念だな。ドリアードで思い出したが、王都の貴族学園で少し前にドリアードが大量発生したらしい。向こうは隠したがっているがね。ついでに周辺の村でも『ある夜、森に巨人が出た』といくつも報告が上がっている」

ぐ、とタムラは眉を顰めて目の前の美丈夫を睨みつける。

「アルグランの伯爵令嬢ともあれば、学園にいるはずだろうになぁ。それにドリアード?偶然かなぁ?いやぁタムラ!お前は本当に運がいい!!そんな面白い彼らを『見守れる』なんて」

ーーー彼らこの騒ぎに、何か関係があるから、見張っていろ。うまい具合に情報を仕入れろよ。という意味だろう。

「なんなら僕もついて行こうか!?ほら、僕有能だよ!?」

これ、ただの好奇心だな。キラキラと少年のような目でこちらを見てくるギルドの長を、鋼鉄の受付嬢が再び万力で頭を掴んだ。


*****


タムラがセオドアと商談、もとい密談を終えて表に戻ると、耳に入ったのは楽しそうな声だった。

「可愛い。ドリアードをこうして見るの初めて」

「やーん、お目目くりくりしてる」

冒険者の魔術師や治癒術師だろうか、大きなブロッコリーを抱き抱えてきゃあきゃあと女達は黄色い声を上げている。

綺麗な女たちに囲まれ、肝心のブロッコリーは緊張で固まっているのが見えた。

「終わったか。何かいい仕事はもらえそうだったか?」

グロークロはリグを助けることもせずに仕事を探していたようで、いくつか仕事内容が書かれた紙をタムラに見せてくる。

「長期移動の仕事は避けたい。明日にもできそうな柵の補修と荷運びの仕事を見つけたから、俺はこれを受けようと思う」

「補修ですか」

オークというのは戦闘を好む部族だ。嬉々として魔獣やらの討伐に向かうと思ったのだが、目の前のオークはそうではないらしい。

「なんだ?何か問題かあるか?」

「いえ、じゃあ、私もそこに入りましょうかね」

「商人のお前がか」

タムラは肩をすくめて見せる。

「体が動くうちにちょっとでも金を稼がなくてはね」

同じく、仕事を探していたカラントが声を上げる。

「あ、野菜の仕分けの手伝いだって!これなら私ができるよ!」

「ダメだ」

グロークロはカラントに一人で力仕事や危険な仕事をさせたくないようだった。

それにカラントが拗ねたり、説得したりしようとするが、彼の意思は変わらないようだった。

先ほどのセオドアの話をタムラは思い出す。

『もしかして貴族令嬢だと知ってるのか?』

だから彼女をあまり人前に出さないようにして、髪を切らせたのも変装の一つなのかもしれない。

「お前は、俺と一緒に受けられる仕事にしろ。それはこっちの仕事と日程が合わん」

「一緒がいいの?もう、しょうがないなぁ」

そう言いつつも、カラントは顔をにやけさせている。

グロークロと一緒だというのが嬉しいのだろう。

タムラは背後から、こちらを見て笑顔のギルドマスターの気配を感じていた。たぶんかなり気持ち悪い笑顔だろう。

「タムラ、知り合いの宿に話をしてくるけど、どうする?大部屋も頼めると思うが」

ギルド職員の山羊獣人が、声をかけてくる。本当に宿代を負担してくれるらしい。ただの謝罪ではなく、この奇妙な三人組の居場所を把握しておきたいというセオドアの考えもあるのだろう。

「めちゃくちゃグレードの高い大部屋で」

笑顔のタムラ。

「そういうと思った。風呂つきのいい部屋がある。一週間ぐらい連泊でいいな?」

笑顔で返すギルド職員。

「はっはっはっ!タムラ!お前!この野郎!!」

セオドアの財布を利用する商人に、背後からギルドの長が笑いとも怒りとも取れない声を上げるのであった。

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