第10話 オークと商人と変質者

「お嬢さん、積荷から酒を出してください」

「はい!」

野営の準備中、タムラに言われて少女はえっちらおっちら酒瓶をリグと一緒に運び出す。

「おいおい、俺たちは人間の商品は買わないぞ」

売りつけられると思った一人のオークが苦々しい顔をしてタムラを見てくるが、タムラは飄々として酒瓶の蓋を開けるだけだ。

「売りませんよ。これは私なりの感謝の気持ちです」

人間の言葉は信じられないのか、オークたちが怪訝な顔をしてくる。

「オークの一団に護衛してもらえるなら、これぐらいは振る舞わせて下さい。酒が嫌なら他の物を融通しますよ。まぁ、芋ぐらいしかありませんが」

ここらである程度在庫を減らしてもいいかもしれない。という考えもある。

それなら、と一人のオークが品物を見て値段を聞く。

「おい、塩を売ってもらえるか?いくらだ」

タムラが値段を告げると、オークたちは顔を見合わせる。

「その値段なら量はどれくらいだ?」

「どれくらいって、このカップでの一杯分ですね」

量り売りに使うカップを見せると、他のオークも興味を持ったようだ。

「おい、普通の値段だよな?」

「『人間と同じぐらい』の値段だ」

その言葉を耳にしたカラントが、どういうこと?とグロークロを見上げる。

「……人間の商人は同族以外には2倍の値段で売ることが多くてな」

特に塩、砂糖、胡椒などは人間が一番流通させているものだから、オークたちには高級品である。

「おい、本当に塩だろうな。小石とか砂とか、変なまぜもんは無しか?」

「他にもあるのか?見せろ」

オークたちの言動は山賊であるが、ちゃんとしたお買い物である。

タムラとカラントは予想外の仕事に、大慌てで馬車から商品を出す羽目になるのだった。


*****


すでに日も落ち、すっかり暗くなった夜空の下、野営地ではオークの一団が休んでいる。

「で、お前らどういう関係だ?」

オークの一団の長、サベッジが濁り酒を飲みながら、焚き火を共に囲む人間に問う。

「たまたま出会って一緒に街に向かうところですよ」

オークに譲ってもらった兎肉を火で炙りながら、タムラが困った顔のまま正直に答える。

「オークを雇うとは、オメェ、なかなか肝が座ってるな」

「成り行きですよ」

人間の行商人が雇うのはほとんどが人間の護衛だ。オークや蜥蜴人などはその粗暴さから避けられやすい。

サベッジは、タムラがグロークロを雇っていることに素直に感心しているようだった。こうなると騙されただけだとタムラも言えなくなる。

「オメェ、元々はどっかの衛兵だろ?ただの商人にしちゃあ俺らの扱いに慣れてやがるな」

「まぁ、そうですけど」

「ガハハハ!オークからもらった肉を疑いもせず、かぶりつくなんて普通は無理だからな!」

そうなの?と話を聞いていたカラントが不思議そうな顔をする。

「でも、オークの戦士は誓いは破らないもの。疑う方が変じゃないの?」

カラントの言葉に、周囲のオークは逆に目を丸くするだけだ。

「え、だって、イナヅ様が言ってたし……」

何か変なことを言ったかしらと、カラントは顔を赤らめて俯く。

「おぅ、そうだ。俺たちは戦士の誓いは破らない。約束を違えることはない。」

「正々堂々と『ノクタ』で親方が負けた。だったら約束通り死んでも守る」

「嬢ちゃんの言ったことは、間違いじゃねぇ。ただ、嬢ちゃんが俺たちの事をわかってたのに驚いただけだ。ははは!」

何か間違えたかと恥じるカラントに、オークたちは彼女を慰めるように豪快に笑い飛ばす。

「おい、待て、イナヅと言ったか?あの頭蓋埋めのイナヅか?」

サベッジの言葉に、グロークロが頷く。

「あのイナヅの知り合いかよ。ふざけるなよ、一歩間違えたら俺たち全員埋まってたぞ。あいつは情も執念も深い女でなぁ……特に執念がなぁ……」

「うちの族長を化け物のようにいうな」

「馬鹿野郎、お前のところの族長は間違いなくバケモンなんだよ……あれはイナヅの小間使いか何か?」

「娘にする予定の人間だ」

グロークロの言葉に、サベッジは目に見えて慌てる。

「お前……早く言えよ!ほんとによぉ!あの雷女のお気に入りじゃねぇか!」

カラントに近づく何も知らない部下たちを、大急ぎで追い払うサベッジ。

カラントに下手な事をしたら、いつ、あの女オークが集落を飛び出て、笑顔で鉄鎚を持って走ってくるか。

「で、シルドウッズに行くんだったよな。俺たちもどうせそこまで行くから最後まで付き合ってやるよ」

「それはありがたいですな」

冒険者崩れや野盗がいないわけではない。オークの護衛集団などタムラに取ってはこの上なくありがたい話だ。

「はっ、人間主義者だったら嫌がりそうだが、あっさり受けやがる」

「ははは、私は別に人間が善なる者だなんて信じてませんよ。」

タムラは笑いながら断言する。

「外道というものはね、人間もオークも関係ないですよ」

自分の想像を絶するクズどもを見て来た元衛兵は、遠い目で焚き火を眺めるのであった。


*****


ーーーシルドウッズは貿易と、冒険者の街である。

煉瓦造りの建物が立ち並び、馬車のために舗装された街。

そこを人間、蜥蜴人に、獣人などが商売をしたり、冒険のための下準備、またはその疲れを癒すためにと様々な施設を行き来する。

サベッジの一団とはここで別れ、グロークロもタムラとはここまでのつもりだったが。

「しばらくここに滞在するなら、またあなた方を雇いたいのですが」

タムラの言葉に、カラントとリグは願ってもないと喜びで目をキラキラさせるが、グロークロはまだ少し警戒して理由を問う。

「なぜだ」

「まずは看板が欲しい。ドリアードが客引きする商人なんて面白いでしょう?それにオーク相手の交渉役も欲しい、今回の件で味をしめたといいますか。オークの集落に伝手ができるならありがたいです。それに、あなた方、面白そうですもん」

おどけてタムラは一つ、二つと理由を挙げてみせる。

「そちらにも益はあるでしょう?宿を取るにもオークと人間の娘だけでは断られるのでは?」

ぐ、とグロークロは反論する余地がない。

オークが人間での街での社会的信用が低いのは常識である。まだ街に入れるだけ、ここはいいほうだ。

「ではでは。今日も元気に働きますよ」

子供を引率する教師のようにおどけて見せるタムラ。

それに、はーい!とカラントとリグが能天気に返事をする。


馬車を宿屋に預け、配達物や商品をこの街の商会に卸しに行く。

「さて、幸いにも商品が粗方売れたので仕入れの商談ですが、これがまだ時間がかかりそうです」

「では、その間俺は金を稼ぐ。流れ者でもできる仕事斡旋の場所があったろう」

「冒険者ギルドですね。私も用がありますのでご一緒に行きましょうか」

グロークロとタムラの会話を聞いて、冒険者ギルド!とカラントとリグは目をキラキラさせる。

ーーー

「あら。お久しぶりー」

仕事を斡旋する窓口にいるモノに、グロークロはかすかに眉を上げる。

声こそ若い女だが、その声を発しているのは艶消しをした黒鉄の鎧だ。動いていて、親しげに手を振っている。

「やぁ、シャディア。しばらく滞在することにしてね。仕事があるかい?」

「ちょっと待ってね」

金属鎧の音をガチャガチャとさせながら、その大角の兜を揺らして依頼書を捲る。

「ちょうど前衛を探してる冒険者が数組。急ぎで、牧場の柵の補修。商会の荷運びと……」

シャディアは自分をまじまじと見るグロークロに、ふふふと笑い声を漏らす。

がぱっ、とその兜を上に上げれば、そのには『何もない』

目を見開いて驚くオークに、その鎧はまた兜を元の位置に戻す。

動く鎧リビングメイルは初めてかしら?」

うむ、と素直に頷くオークに、鈴のような笑い声を上げる黒鎧の淑女。

「ここはいろんな種族がくるからね。人間の女だけだと、手に余るのよ」

ついでに、とタムラが小さくグロークロに警告する。

「あと、ここのギルドの長は人間なんだが、大変愛が広いかたで……」

あぁ、とグロークロはそのタムラの言葉で察する。

この世界では、同種族で番うことが多いが、異種族での婚姻もないわけではない。だが、人間だけは、別格だった。奴らは他の種族と比べると『見境がない』

「ま、失礼しちゃう。ギルド長は器の大きい人なのよ」

ぷんぷんと怒るシャディアに、苦笑いするタムラ。


その時、後ろで待っていたカラントの小さな悲鳴が上がった。

すぐさま後ろを振り返るタムラとグロークロ。シャディアも立ち上がる。


「いやあぁぁぁ!助けてーーー!カラント!カラントーーー!」

「ドリアーーーーーード!!!ドリアァァァァァド!!!!喋る!触れる!匂い!いい匂い!濃縮された森じゃないかこんなのぉぉぉぉぉ!!!!」

「いやあああ!!!なんか!なんか僕吸われてるぅぅぅぅ!!!」


変質者が、リグを抱えて、その緑の花芽に顔を埋めていた。


ドリアードが短い手足をジタバタして抵抗し、「返して!返して!」とカラントが涙目でその変質者の服を引っ張る。

その様子を見たオーク、ギルドの受付嬢が瞬く間に、その変質者を取り押さえた。


その変質者こそ、この冒険者ギルドの最高責任者。

セオドア=アールジュオクト子爵なのだが。


カラントとリグの前に立ち塞がり、子を守る熊の如く威嚇するグロークロ。

不審者を床に押さえつけるギルド職員。

「ご覧ください、あれがここのギルマスですよははは」

乾いた声で笑う商人と、なかなかにカオスな空間となっていた。

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