第9話 『ノクタ』

タムラ=サカノは旅商人だ。年季の入った幌馬車に、さまざまな商品を載せて街から街へと荷物を運ぶ。

人の良さそうな垂れ目に、剃髪した頭に、綺麗に整えられた髭。旅人用のローブはそろそろ買い換えようかと思う程度には古いものだ。

世話になった貴族様達に各地の情報を収集するよう依頼を受けたが、特に大きな収穫はなく、冒険者の集まるシルドウッズに向かっている途中だった。

街道の途中で、可愛らしい1人の赤毛の少女が声をかけてきた。

「ねぇ、護衛はいらない?」

毛皮のフードに、珍しい刺繍の入った布の服、籠手や脚半は革の物だ。腰には異国作りの短刀を指している。

「代わりにシルドウッズまで乗せてもらえませんか?こっちは私の使い魔、ドリアードのリグ!」

少女が両手に抱えているのはぬいぐるみかとみまごう、巨大なブロッコリーだ。

いや、そんなドリアードがいるわけはないとタムラは真顔になるが、ドリアードは「こんにちは!」と元気よく短い手……枝?茎?を振って挨拶してくる。

「ねぇ、どう?」

少女に問われ、タムラは考える。馬車の荷物には余裕がだいぶあるし、駆け出しの冒険者見習いかなと、親切心で了承することにした。

「いいですよ。ただ、こちらもあまり手持ちがありません。護衛料金は払えませんよ?」

少女はいいよ!と即決する。

「では、シルドウッズまでですが、積荷の護衛をお願いしましょうか」


「ありがとう!グロークロ!一緒に行けるってーーー!!」


少女の声に、物陰からいかめしいオークが1人出てくる。

筋骨隆々の体に、剣と手斧を腰に指し、オーク部族伝統の革鎧をきている。錫色の髪の戦士だ。タムラも体格はいいほうではあるが、それでもこのオークは頭ひとつ大きい。

「よろしく頼む」

「ハイ……」

鋭い目でそう言われてしまえば、何も言えない。

話、違くない???なんかぁ、違くなぁい????とタムラは、少女を見る。

少女は笑顔のままで、騙したというつもりは毛頭ないようだ。

「お前は馬車に乗せてもらえ」

「え、大丈夫だよ」

「乗せてもらえ」

オークの言葉に、渋々と少女は馬車に乗り込む。

いや、馬車の主人は私ですけど?みたいな顔をするタムラに、スッとドリアードはにっこり笑って自分の頭の一部を渡してくる。

「どうぞ、お礼です。」

なんか緑の花芽の塊を受け取るも、タムラはこれ食べて大丈夫なの?とオークに目で問う。肝心のオークはここでは目を逸らした。


「皆さん、どこからきたんですか?」

「そこのオークの集落!」

「はぁ、なるほど……」


馬車の御者台に座りながら、タムラは三人を見る。

オークに人間の少女だけなら、駆け落ちなのかと、邪推するが……

鼻歌まじりにタムラの隣に座るブロッコリー、もといドリアード。


「ねぇねぇ、商人さんは何を売りに行くの?」

荷台から呑気にカラントが声をかける。

「酒と油、それと布、糸、縫い針などですねぇ。芋とか塩もありますよ」

「いけません、商人さんではなくてきちんとお名前を聞かなくては」

まるで親のように嗜めるブロッコリー。

「ははは、私はタムラ=サカノと言います。退役衛兵で今はこんな商人ごっこで金を稼いでいるだけですよ」

「タムラさん。この度はありがとうございます。みんな、グロークロさんの姿を見てすぐさま逃げてしまって」

ぺこりと頭を下げるブロッコリーと少女。

まぁ、そうだろう。野良のオークの護衛なんて何をされるかわかったものではない。

ゆっくりと進む馬車、その後ろについてくるオークを、タムラは御者台から声をかける。

「オークどの、荷物を乗せても構いませんよ」

タムラの申し出に、短く「いやいい」とオークは断る。

ふむ、この2人と違って普通の警戒心は持っているようだ。

「シルドウッズには何しに?観光?仕事探し?」

タムラの問いに、ドリアードを自称するブロッコリーは嬉しそうに微笑む。

「うふふ、全部ですかねぇ。楽しみです」

ニコニコとご機嫌なドリアードに、逆にシルドウッズの話をタムラに聞いてくる少女。寡黙に護衛の仕事をするオーク。


ーーーシルドウッズにつくまで、この速度なら丸一日はかかる。

タムラは自分1人ならばどこかで野宿をするか。不眠で馬車を走らせるかと迷ってたところだったが。

「おい、商人」

だいぶシルドウッズに近づいているところで、オークが馬の横まで来て御者台のタムラに話かけてくる。

「野営か?このまま進むか?」

「そうですね、馬を休ませたいのでどこか野営できる場所があれば」

「そうか、ここらでもいいか?」

「えぇ、助かります」

野営できるような場所を探しに、周囲を見てきてくれるのかなと思ったタムラだったが、グロークロは幌馬車を止めるように言って来た。

「あちらから、オークの一団がくる。話をしてくるから待て」

え?とタムラが思う間も無く、グロークロが街道を外れて、獣道のほうへ進んでいってしまう。

確かに、遠くを見れば革鎧を着たオークの一団が歩いていた。方向からするに同じシルドウッズに向かう傭兵か、冒険者の一団だろう。

「何を話に行くんでしょうねぇ」

「『ノクタ』して来るって言ってたよ」

後ろからカラントがタムラに声をかける。

「『ノクタ』?」

「そう、オーク同士の勝負!こうね、地面に円を描いて、二人が入って倒れたり円から出たら負け。なんかそれが一番早いからって」

うふふ、グロークロも『ノクタヤクタ』するんだ。なんだかかわいいね。というカラントの感想が聞こえてくる。


おそらく、一団の長とグロークロが話している。人間であるタムラからすれば睨み合っているようなものにしか見えない。怖い。

お互い、話が終わったようで、グロークロと相手のオークが武器をおろし、上半身裸になる。周囲のオークたちが浮き足立って離れてる。


グロークロも大きいオークだろうが、相手のオークも負けていない。

腕の筋肉は丸太のように太く、巨木のようだった。


「こうね、手で押し合ってね!」

「ホ、ホゥ?」


カラントの解説とは裏腹に、タムラとリグの目に映るのは、激しい咆哮と共に、ほぼ同時に殴り合いを始めた二人のオークだった。

カラントの微笑ましい解説とは真逆の激しい拳闘である。

オオオオオ!!と野太い歓声が上がり『ノクタ!ノクタ!ノクタ!』と周りのオークが掛け声を上げる。

「あれ?『ノクタヤクタ』じゃないんだ。オークによって違うのかな」

グロークロの様子を見ようとするカラントの視線を、咄嗟にリグが彼女の前に飛び出て、その視界を緑の頭で邪魔をする。

「ちょ、ちょっとカラントには刺激が強いかも!」

「あ!今相手のオーク肘入れましたよ!ありなんですか!?あれ!?」

「ちょ、ちょっと僕もオーク文化は不勉強でしてぇ!!」


数分後、殴り合っていたと思ったオーク達だが、相手のオークが膝をついたらしい。

周りのオークがグロークロを讃えるのが遠目でもよくわかる。

『ノクタ』したオークとグロークロは互いの胸をこづき合う。親愛の表現のではあるようだ。

そして、その一団を引き連れて、グロークロが幌馬車に向かってきた。

正直、その姿は今にも馬車を襲わんとするオークの盗賊団にしかみえず、ちょっとタムラはこのまま馬車を走らせて逃げようかなと思うほどだった。


「そこに冒険者がよく使う野営地跡があるらしい。そこへ向かって一晩過ごそう。彼らも一晩一緒に過ごしてくれることになった。」

「話が見えないんですけどぉ!?なんで?なんで殴り合ってたのぉ!?」

タムラの聞きたいことを全部言ってくれるブロッコリー。

というか、向こうのオークもこのでかいブロッコリーに驚いている。


「夜は危ない。戦えるのは俺と商人だけだ。だから、オークの一団と一緒に過ごす。『ノクタ』で俺で勝った」

「そいつが勝てば俺たちは一晩お前らの護衛。負けたら俺らはそいつから金をもらうって『ノクタ』したんだよ」

グロークロと殴り合っていたオークが豪快に笑う。

「まぁ、一晩ぐらいなら問題ねぇ!こっちには勝っても負けても損はなかったしな!」

商人としてはこれほど心強い護衛はいない。

普通にこれだけのオーク傭兵を雇えば、どれだけの金がかかるか。

「でも、もうちょい説明してから言ってください!!」

「すまん」

「びっくりしたんですからね!!!」

ぴょんぴょん飛び跳ねるブロッコリーに叱られるオーク。こんな珍しい風景はなかなかないだろう。

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