第12話 渡すのは親愛

奇妙な三人組が冒険者ギルドに度々顔を出すようになってから、数週間。

元々フリーのオーク戦士というだけというのも珍しいのだが、彼の仕事ぶりも酒の話題には登るぐらいにはなっていた。

新人が請け負うような安い仕事をするかと思えば、熟練の戦士と共に大物退治のクエストで寡黙に仕事をこなす。

怖いもの知らずの新人が、仕事を選ぶ基準は何かと問うと、くすんだ金貨色の瞳のオークは答えた。

『カラントの元にどれくらいで戻れるか』『カラントを連れていけるか』『街を離れる仕事であれば、その間、安全な場所でカラントを預かってもらえるか』

特に、三番目の条件が厳しい。彼が信頼しているオークの一団がおらず、彼らが『カラントの護衛』ができない場合は、彼は仕事を断った。


「牧場主の話じゃあ、柵を直している時に、偶然暴れ猪が飛び出たのを止めて、そのまま首をへし折ったそうだ」

「野盗の一味が道を塞いでたろ?そこを通った方が早く帰れるからって、一人で向かったそうだ。その街道?そりゃあ今は安全快適な道よ」

「私、オークってもっと猪か大猿みたいな感じかと思ってたけど、彼、結構素敵よね。鼻筋も通ってるし、わりと穏やかだし」


冒険者ギルドの待合テーブルで、グロークロが話題になっているのを小耳に挟み、カラントはニコニコと笑顔だ。

「やっぱり、グロークロはすごいんだ」

まるで自分のことのように喜ぶカラントに、抱き抱えられたリグもそうですねぇと穏やかに答える。


「おぅ、嬢ちゃん、調子はどうだ?」

「サベッジさん」

オークの一団の頭目、サベッジは上機嫌だ。何せ、偉そうな人間の冒険者たちがわざわざ自分達に『カラント』の護衛を頼みにくることが増えたのだから。

人間の娘をちょっと面倒見てやるだけで、収入が入り、グロークロにも恩が売れる。あの恐ろしいイナヅにも間接的に恩を売れている。

そして仕事をこなせば、自然とサベッジたちの信用度も上がっていく。

以前は荒事の仕事しか来なかったが、商団の護衛や、グロークロが丁寧な仕事をしているせいか、少しだけ、他の労働仕事も増えてきているほどだ。

「テーブル、一緒にいいかい?」

もちろん、と少女もブロッコリーも答える。

上機嫌なオークなど珍しいのか、周囲がこちらをチラチラと見てくるが、サベッジもカラントも気にしない。

スッと、リグが笑顔で自分の頭の一房をもぎ取ってサベッジに渡してくるが、彼は丁重に断る。

世にも珍しいドリアードから贈り物をされたオークを、遠くから、ギルドマスターが、ハンカチを噛みながらすごい羨ましそうに見てくる。怖い。

「頼まれてた話だがな。いくつか見つけたぜ。ただ、真偽不明の御伽噺もある。あんまり当てにすんな」

グロークロ達はサベッジに『呪いを解く』話があれば教えて欲しいと頼んでいた。

もちろん、カラントの『奇跡』は伏せている。

「まず一つが『大釜の魔女』ヴァネッサ。まぁ、これはおとぎ話みてぇなもんだ。自由気ままに大釜で空を飛ぶ世界一の魔女。王侯貴族の前にフラッと現れて忠告をするとか何とか。まぁ、王族に伝手があれば会えるかもな」

「あー……」

ソレは難しいですねぇ、と、リグがなんとも言えない苦々しい顔になる。

それを見て、かわいいとニコニコ笑顔で近寄ろうとするギルドマスターを「仕事!しろ!」と別のギルド職員が羽交締めして、リグ達に近寄らせないようにする。

「あとは魔神が出たっていう古代遺跡があるな。それほどの遺跡なら何らかの魔法道具があるかもしれないし、魔術師連中は魔神と取引しようと何人か向かったそうだ」

まぁ、帰って来れたやつは一握りだが、とサベッジは付け加える。

「それに、ここらなら水晶洞窟だな。こいつも御伽噺だがその昔、願いを叶える精霊がいたらしい。まぁ、今は新人が腕試しに向かう場所だ。運が良ければ精霊が出てくるかもな。グロークロと行ってみたらどうだ?」

ニヤニヤとサベッジが笑う。

「ありがとう!準備して行ってみる!」

「ありがとうございます」

またも諦めずに、スッと、頭の一房を差し出すリグ、無言で断るサベッジ。

それ売って!金なら出すから!とテーブルに向かいそうなギルドマスター。それを鉄山靠てつざんこうで止める動く鎧の受付嬢。


「カラント」


一仕事終えたグロークロとタムラ、そして彼らを雇っていた女魔術師が戻ってきていた。

「おかえり!怪我してない?」

帰ってきた嬉しさ半分心配半分という具合で、カラントがグロークロを迎える。

「ただの雑草刈りだ。問題ない」

グロークロの言葉に、仕事に付き合わされたタムラは乾いた笑い声を少し漏らす。

正しくは、魔術師が昔使っていた洞窟の実験場で、食人植物と大型甲虫が大量発生しているから助けてください!というクエストだったのだが。

なお、雑草刈りと聞いていたタムラはそれはそれは『話違うよねぇ。え、なんか違うよねぇ?』という顔で仕事を行なっていた。

「助かったわ。地下では爆破呪文や火焔魔法はあまり使えないから」

頭を下げる魔術師に、構わん、それより頼むとグロークロは魔術師を急かす。

「解呪の研究や、魔力増幅の研究もしてたみたいで、格安で仕事受ける代わりにお嬢さんを診てもらうようお願いしたんですよ」

「なんだ人間、お前も知ってたのか」

自分だけを頼りにされたのではないかと、サベッジは拗ねたような顔になったのを見て、ははは、とタムラが笑う。

「じゃ手を出して。魔力の流れを見るわ」

オーク二人と強面の男、そして謎のドリアード(ブロッコリー)に見守られ、魔術師は緊張した面持ちでカラントの隣に座り、その手をとる。

すう、と息を吐き。目を閉じる。


数分だったが、女の額には汗が滲み出す。

一方のカラントは自分の体に全く何も感じず、ただ時折チラリとグロークロをみる。


数分後、女は目を開く。

「ごめんなさい。私には手が出せない領域みたい」

震える声で答えると、オークたちは「そうか」と落胆した様子を隠さない。

「何か、わかりましたか?」

魔術師を責めないように、タムラが穏やかな声で問う。

「おそらく、呪いではない。もっと大きな存在から与えられたモノ。でも他にも何か力が介入しているような。どんな影響なのか私には読み取れなかったわ」

「つまり、誰かが、カラントさんに『何か』を与えているけど、その『何か』はわからない。ということですかな?」

タムラの言葉に、魔術師は頷く。

「あ、でも、魔力の減衰は少しは治せるわ。完璧に戻すには多分、時間がかかるけど」

「そうですか、ありがとうございます」

タムラがグロークロに目配せして、礼を言えと伝える。

「それがわかっただけでも助かった、感謝する」

魔術師は謙遜し、むしろあまり役立てなかったことを謝罪する。

そして、リグが微笑みながら感謝の気持ちで一房のブロッコリーを渡してきたので、魔術師はすごく戸惑いながらも受け取る。

「こ、これ食べてもいいモノ?」という困惑する魔術師の目に、オークも商人も目を逸らした。



*****


「では、俺たちは宿に戻るぞ」

「はーい!じゃ、またね!」

グロークロの言葉に、カラントがリグを抱き抱え、子犬のように彼の後をついていき出ていく。


冒険者ギルドの待合テーブルには、サベッジとタムラ、魔術師の女が残る。

「聞きましたよ。水晶洞窟を教えるなんて」

ニヤニヤとするタムラに、まぁ、と女も顔を笑みに緩める。

水晶洞窟はここらの冒険者には、有名なデートスポットの一つであった。

「いやぁ、冗談のつもりだったんだがな」

「嘘つきぃ」

ニタニタ笑うおっさん二人。なかなかに気持ち悪い。

「その昔、精霊が出て亡国の姫と騎士の祝福をしたという場所でしょう。いいなぁ」

ロマンチックな逸話に頬を赤らめる魔術師。この後あの実験場の後片付けをしないといけないという事からの現実逃避でもある。


「で、あの嬢ちゃん、何なんだろうな。話してる限り呪いだかなんだかはなさそうだが」

「それは私も知りたいわ」


サベッジの話を聞いていた治癒術師が、話に入ってくる。


「あの『呪い』とやらをグロークロに頼まれて私も見たのだけれども、皆目、見当もつかなくて。だが『ない』訳ではなかったのは皆同じ見解よ」

ここのギルドに通う魔術師や治癒師は皆おなじだという。

「後、気になるのは傷跡よね。カラントちゃんがあんまり見せたがらないから私たちも言えないけど。呪いと関係あるのかしら」

「呪い云々はわからんが、海の近い場所での育ちじゃねぇか?あのお嬢ちゃん」

鮮やかな青の肌をした蜥蜴人が話に加わる。

「俺、この間白鎧虫しろよろいむしを食ってたら『え!どこで売ってたの!?』ってすげぇ聞いてきた」

白鎧虫とは、海辺で取れる大きな白いダンゴムシのような生き物だ。

ワタを抜き、香草で焼いて食べる、海育ちには定番のつまみで、味はえびに近い。

ただ、その外見は、見慣れてない者から見ると、かなりのゲテモノである。

「あ!お前売ってる場所教えただろ!この前、うちの団員とグロークロが食わされてたぞ!」

サベッジが非難の声を上げる。たじろぐオークに、笑顔で白鎧虫を振る舞う少女の姿を想像し、蜥蜴人はヒヒッと笑い声を漏らす。

「あいつ意外と怖いもの知らずだよな」

「あらそう?普通の女の子よ?あぁ、それにしては所作が結構綺麗なのよね」

「一番わからないのはあのドリアードですよねぇ」

好き勝手に話をしだす冒険者たち。


「楽しそうな話をしているね、僕も混ぜて、ちょ、なんで席立つのみんな!我、ギルドマスターぞ!?ギルマスぞ!?やだー!お話に混ぜてよー!」


今日も冒険者ギルドにはセオドアの悲しい声が響いた。

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