第3話 記憶 ※暴力表現あり
「ま、待って!降参!降参よ!!」
哀れな赤毛の少女の悲鳴を聞いているのかいないのか、対戦相手の目の前の少女はキラキラした目で魔術詠唱を終えてしまった。
雷を纏った大きな猪が、悲鳴を上げた少女に突進してくる。
「い!いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
防御魔法があるとはいえ、少女は電気を全身に浴びてしまう。
想像を絶する痛みに耐えられず、気絶して倒れてしまった。
これが、カラント=アルグランが学園に入学して、すぐの記憶。
そして、今はオーク集落で過ごす、ただのカラントが無くした記憶。
ーーー
カラントは名門アルグラン伯爵家の令嬢であった。
古い家系ながらも、真面目に魔術の練習を行い、同じ年の令嬢と比べると魔術には自信を持っていた。
しかし、この学園の生徒として入学して早々、試験で組まされた平民出身の特待生に魔術勝負に負けてしまう。
ここで、カラントの貴族としての名誉は傷つく。何せ平民相手に手も足も出なかった。名門アルグランももはや古いだけの一族だ、やれ田舎の港町の統治で魔術の腕は衰えたかと陰口を言われるようにもなる。
特待生はカラントに謝罪に来ることはなかった。
曰く、試験だから仕方がない。敗者に謝罪するなんて逆に失礼でしょうからという考えらしいことを風の噂で聞いた。
この国でも特に貴重とされる召喚術の使い手、その特待生の名前は、フリジア。
召喚の奇跡をもつ少女、フリジア。
淡い桃色の髪を絹のリボンで飾り、宝石のような緑色の瞳をもつ美少女だ。
聖獣を呼び出す召喚術はこの国にも滅多におらず、さらに彼女ほど多くの召喚獣を呼べる者はいない。
カラントを黒焦げにした召喚獣を呼んだ時も、それはそれは国の魔術師が大騒ぎしたらしい。
そしてカラントは、彼女の実力の踏み台だった。
踏み台で終われば、まだ良かった。
ーーー彼女に、実に不名誉な仕事が舞い込んできたのはその数日後だ。
「は、はぁ!?特別訓練相手!?」
ある日、呼び出されたのはこの学園の応接室だ。目の前の最上級生の男はこういう部屋を利用する権限を持つ爵位の家の生徒らしい。
礼儀も何もないカラントの態度に、仕事を持ち込んできた男は眉を顰める。
「そうだ」
短く返事をして、男はつらつらと『要求』だけを簡潔に伝えてくる。
一日一回、フリジアの訓練相手となること。
もちろん訓練後には上位の治癒師を用意するし、実家にも礼金が出るという。
「なんで私なんですか?」
カラントの動揺に『面倒だな』という態度を崩さず、その男はなおも説明をする。
張り付いたような笑顔の男が語るには、フリジアは召喚獣を呼び出した後、『経験値』というものを得るらしい。
それは召喚獣をどう使役したかで得られる数値が違うらしく、その数値を得れば得るほど強力な召喚獣や一度に召喚できる数が増えるのだという。
そして、カラントを召喚獣で戦闘不能にした時が……現在一番高い数値らしい。
「召喚師の訓練は最も優先されるべきもの。かと言って貴重な能力持ちを武者修行に出すわけにはいかない」
つまり、フリジアにとって安心安全な場所での訓練。そして
カラントは訓練の人形役、という仕事を命じられたのだ。
「い、嫌です!」
自分に向かってくる獣の恐怖を思いだし、カラントは血の気の引いた顔で拒否する。
「それこそ農村の害獣退治とかで『経験値』とやら入んないんですか?」
「フリジアに確認したところ、君一人倒す方が、危険な魔獣三体より多く入る、らしい。」
「らしいって!?『経験値』を誰か他の人が確認してないんですか!?」
「『経験値』というのは選ばれたものにしか確認できない。ただ、かつて貴重な能力をもったものも同じようなことを言っていたから、嘘というわけでもないだろう」
そんなあやふやな理由で、一日一回あの女と訓練しろという。
しかも話を聞く限り、聖女は攻撃の加減ができるとは思えない。
「お断りします」
電撃魔法が直撃したことを思い出し、カラントは胃がひっくり返るような痛みを感じる。
「……ある程度、聖女殿の能力が成長するまででいいんだ。君には優秀な治癒師をつけるし、アルグラン家にも多額の礼金が入る」
男はまたも貼り付けたような笑みを浮かべる。
「一日一回、ある期間でいいんだ。少し訓練してもらって嫌ならいつでもやめてくれていい」
ーーー嘘つきでした。
彼らはみんな、嘘つきでした。
一日目
フリジアの召喚した狼型の召喚獣に喉元を食いちぎられた。
すぐに意識を失った。目を覚ました治療室で喉を何度も撫でながら泣いた。
二日目
私は嫌だって言ったのに、若い男の先生に強い力で掴まれて訓練室に入れられた。
フリジアの召喚した鳥型の召喚獣に、風の刃で体がちぎれるぐらい切り刻まれた。
痛みで絶叫している横で、先生は笑っていた。
後から知ったが、元々王宮騎士の偉い人で、怪我で剣が持てなくなって。
ーーー私を殺して剣を再び、いやそれ以上に振るえるようになった。
三日目
昨日の先生が、私を突き刺して殺した。
後ろでフリジアが両手でその顔を覆っていたけど、笑っていたのを私は見た。
四日目
薬草学の先生が庇ってくれた。
その先生は、フリジアと剣の先生を顔が真っ赤になるまで罵っていた。
すぐさま私の父に手紙を書いてくれると言った。
先生は泣いていた。しわしわの手で、私の手を握ってくれた。
こんなのはおかしい、すぐにここを出るように手配してくれると。
五日目
薬草学の先生が事故で亡くなった。実験用の毒薬で誤って亡くなったと。
私が学園を逃げ出そうとすると、知らない生徒たちが私を捕まえた。
六日目
フリジアが王子様を連れてきた。
私は泣いて謝った。許してください。もう嫌ですって叫んだ。
「一緒にいるだけで、殿下も『レベルアップ』します」
彼女に言葉に、王子が私を見ないで、頷いた。
大きな熊型の何かに切り裂かれて、天井を見ている時に聞こえたのは、嬉しそうで、とっても楽しそうな声。
七日目
全員殺してやろうと、攻撃の魔術を使った。
全部、全部全部防がれた。
笑いながら、フリジアと、王子と、誰かたちに殺された。
たまにはこういう実戦形式もいいなと、王子が笑っていた。
しね
×日目
部屋に閉じこもってやり過ごしていた。助けの手紙を父に送ろうとした。
ある日、部屋の中に私がいた。
私の形の召喚獣だった。私はその獣たちに殺されて、運ばれた。
知らない場所で、私は閉じ込められた。
彼女が、私を、ころす。いつも、いつまでも
×日目
どうせ死なないって、わたしはばけものだからって
指をおられた。治癒の練習だって、泣いたら殴られました。
×日目
どうせしなないからって、だれかが、だれかたちが
わたしをおさえて、ふりじあが、いないうちにって
だれかが、わたしにすきだといえと、きもちいいですといえと、いった。
どうせなら、いたみも、かんじないように
かみさまに、つくってほしかった。
×日目
そとがとってもさわがしくて、目がさめたら森の中にいました。
周囲がキラキラキラと淡いみどりの光で満ちていました。
昔、お父様に教えてもらった蛍の光のようでした。
「あいつらは追ってきてない。大丈夫だよカラント!」
それは、木でできた巨人に私を運ばせながら言いました。
「逃げよう!逃げよう!遠くまで!」
それは、私を励ましてくれました。小さな緑の手で私の手を握ってくれました。
『私たちはこれから、手伝えないけど』
それ以外の、誰かたちの声がします。
「僕がいるから!大丈夫!僕は君の味方だから!」
『人が、どうするか、まだわからないけど』
「もう、君を利用させたりしないから!」
『わたしたちは、見ているよ』
ーーーカラントは泣く。
体の傷は治っているのに、傷跡ばかりの自分の体が憎らしかった。
自分を助けようとして、亡くなったあの先生に謝っても謝りきれなかった。
復讐したくても、怯えてそんなことできないと震えている自分が、悍ましかった。
逃げれたことだけに、安堵している自分が、大嫌いだった。
ーーーこれは、オークの集落で楽しく過ごしている、ただのカラントが無くした記憶。
無くしているけど、心の奥底に潜んでいる記憶。
ーーーそして、ドリアードたちが見てきた記憶。
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