第13話「あ、ロールキャベツでしたね」


「魔女さんは、今までどうやって生きてきたんだ」


 突拍子もないことを、キャベツを切りながら口にする狼さん。あ、今日の晩御飯です。ロールキャベツです。

 ここ、作画の魅せどころですよ。


「失礼な質問ではないと思いたいのですが。それは、私の生活能力が皆無だと判断しての発言ですか?」


 魔女さんは狼さんが戸棚に隠していたジャーキーを、これまた大胆にもエナメル質な突起物で噛みながら、問いかけます。そんな、品のない行動はどうかと思いますけど、本人にとって楽なら仕方の無いことなのでしょうか。

 ……だとしても、ふかふかソファーへ身を預け、寝そべる姿は怠惰そのものと言わざるをえないでしょう。


「だって、魔女さんの家に来た時。足の踏み場なんてなかった。キッチンだって、洗面台だって、使わない物に溢れてたし、実際使ってなかっただろ?」


「はい。使ってないですね。そこら辺はブラブが来て、磨きあげるまではただの原石でしたから」


 物は言いようなのでしょうか。

 埋めていて、価値を見出さなかった人の台詞とは思えないわけでしたが、狼さんにとっては今更な話でございます。

 魔女さんが掃除もしない。料理もしない。ぐうたらして、魔法薬の生成に一日の大半を費やすなど、狼さんにとっては周知の事実であります。ですので、流れ作業の中でも狼さんは安心感を得るのです。


「問題は食事だ。キッチンを使ってないのなら、今までどうやって……村の人に聞いても魔女さんが来たことは魔法薬を売りに来た時だけって」


「はい。そのように村の人は


 あー、意味深です。不可思議です。

 これには思わず、狼さんの耳がピクピクと天を向きます。


「というと、魔女さんは魔法薬以外の用事で村へ行っていたのか」


「はい。村人さんは気づかないでしょうけど、一日一食程度であるなら、気分転換ついでに村へ寄ることはできますから」


「……いや、一日一食なのも問題だが。それより」


 狼さんの作業はいつの間にか止まってしまいます。

 それが事の重大さを表しているわけではありませんが、基本的に狼さんはシングルタスクなのです。

 脊髄反射での返答を望まれているのなら作業をしながらでもできます。しかし、いざ思考したものを音にするためには一度手を止めてしまわないといけないのです。

 悲しい性です。


「なんで村人は魔女さんのことを知らないんだよ。食料買うにしても、石鹸を買うにしても店の人が知らないのはおかしいだろ」


「あら、お店の人はてっきり知っていてそうだと思ったのですが、そうですか」


 魔女さんの感想は非常に淡白です。真っ白なほどの味付けです。まぁ、魔女さんにとってはさほど問題でないのでしょう。

 結果的として、魔女さんの姿は知られています。魔法薬のことについてもそうですが、魔女さんという存在が認知されているのなら、問題ないのです。

 野菜を買って、結局調理するのが面倒で丸かじりするような姿が知られていないのならいいのです。


「魔女さんは、あれか。魔法でバレないようにしていたのかと思っていたけど……」


「そんな面倒なことはしません」


「だよな……」


 そうですね。魔女さんは面倒事が嫌いです。知的好奇心を除いて、大変そうな物事からは逃れたいのです。

 わざわざ、魔法薬の薬効以上に信用されている魔女さんが、その身を魔法で隠すなんて無意味です。意義もないのです。


「魔女という存在は、そもそも村人や近隣の人と信頼関係を築かなければいけません。聖域の守護もそうですけど、信用出来ない人間の言葉を聞いてくれる人はいませんから」


「それもそうだ。俺だって……」


 そこで狼さんは口をつぐみます。紡ぎ出すのを止めます。思考です。

 思い出を辿るのです。

 しかし、狼さんのそんな様子が魔女さんは気になってしまったのですから、ちょっと反省するべきかもしれません。

 悪いことじゃないのですから。


「俺だって? その続きはなんですか?」


「あぁ、いや。悪いことじゃない。村の人に狼男になってしまったことを言ったら、色々世話を焼かれたってだけだ」


 まぁ、狼さんにとって――初めて訪れた人間にとっては戸惑いに近しいのでしょう。


「世話、ですか?」


「魔女さんはいつも魔法薬を届けに来るのは、満月の次の日だろ?」


「はい。満月は一番魔力が高まりますから。その間に仕上げて、ついでに妖精から悪戯を施してもらってます。その方が魔法薬の薬効もいいですから」


 魔女さんにとって、魔力はありふれた存在ではあります。地球だろうと、本だろうがなんだろうが。

 しかし、それを身近に感じない人にとっては、いつ頃に魔力が昂り、なりを潜めるのか、分からないものです。

 であるなら、魔女さんのしたことは習慣化させることにしたのです。村人にとっても分かりやすいように。満月の次の日にしたのです。その方が都合もいいのです。


「満月の次の日に魔女さんがやって来るから、それまでは村に泊まるといい。て村長さんから言われてさ」


「村長さんは優しい方ですからね。いつも薬のお礼として、たくさんのお菓子をくれます。そのどれもが美味しくて、とろけるようで……」


「……」


 魔女さんはキラキラとした瞳で、自慢げに答えます。そこまで喜んでくれるのなら、村長さんも嬉しい限りでしょう。

 ……まぁ、狼さんにとっては日頃のお菓子をちょっと気合いを入れてもいいのかもしれないと、ちょっとした対抗心を燃やしています。


「で、ブラブは満月の次の日まで待ったのですか?」


「…………待ったけど、魔女さん来なかっただろ」


 そこで狼さんはジーーーーーーットとした目で睨みます。さながら、拗ねた子犬のようです。可愛いですね。愛くるしいですね。

 しかし、そんな目で見られても、魔女さんはキョトンとしてしまいます。


「……あれ、行きませんでしたっけ?」


「来なかったよ。何日経っても来なかっただろ」


「んー、そんな日もあるかもしれませんね」


 今となっては、狼さんも予想ができるのです。

 魔女さんが自堕落なのも、面倒だなと思ったらソファーと自分の体をがんじがらめにするような人です。だから、きっとその日はすこぶる面倒だった。出掛けるのも億劫だったのでしょう。

 しかし、魔女さんと会ったことの無い狼さんがそこまで理解できるわけはありません。


「村の人は皆、魔女さんは真面目だから。一生懸命だから、いつも魔法薬に勤しんでいて大変そうだから、それでもちゃんと薬を届けてくれる人だからって、教えて貰ってたから。その時も村長さんからは『きっと、体調でも優れないのでしょう。たまに来ない日もありますが、それでも薬だけは私の家のポストには、村人の分も含めてしっかり置いていてくれるのです』て……」


「そういえば、そんな感じでしたね」


「だから、村にはいつまでもいていい、て。言ってくれたけど、申し訳ないじゃないか。だから、聖域に行ったわけだよ。そしたら、あんな惨状だし、魔女さんはぐうたらだし」


「幻滅しましたか?」


 魔女さんは少しだけ不安になります。

 それが、狼さんの優れた耳にも変化として聞こえてくるのです。そわそわした声音で、問い掛けてくるので、狼さんはわざとらしく鼻で笑ったように言います。


「幻滅してたら、ここにいない」


「…………」


「……そこはなんか言ってくれよ。恥ずかしいだろ」


「……ふふ、いいえ。ブラブは優しいですね」


 くすくすとした微笑みの中に、魔女さんの安堵が多分に含まれていることを狼さんは気づくことはできません。まぁ、目がそこまでいいかと言われたら、人並みですし、鼻や耳程度が良くなっているくらいです。

 ここら辺は、慣れるべきか慣れないべきか、悩ましいところですけど、魔女さんはそんなことより、通り過ぎた思い出を呼び止めるのです。


「そうですか……そのお陰でブラブが、私の家の雑用をしてくれるようになったと思えば、私のものぐさも捨てたものじゃないですね」


「誇らないでくれよ……自立していても損は無いんだから」


「そんなことをしたら、ブラブは『俺も何か手伝えることはないか』とか聞いてくるでしょ? うるうるとした目で、懇願してくるでしょ?」


「…………懇願することはないはずだ」


 強く否定できないのは、自分の性分と見つめ直した時にきっとそうなるだろうな、と予想できるからでしょう。きっと……どころか、絶対そうなるのでしょう。

 だから、魔女さんもニマニマと口の端へ、愛を蓄えます。


「まぁ、そのうち自立します」


「そのうちって、いつだよ」


「……んー、ブラブとアデレードさんのことが解決して、聖域の守護を誰かに任せることができて、余生の謳歌が充分すぎるほど終わった後でしょうか」


「…………長すぎるだろ」


「大変ですね、ブラブも」


「そう思うなら、毎日でもいいから掃除とかしてくれよ……」


 狼さんの溜め息は、空気に消えていきます。

 えぇ、きっと、消えたものは未来まで届くことでしょう。

 そういうものです。

 そうやって、思い出すのでしょうから。

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